裁判員制度の正体 (講談社現代新書)西野 喜一講談社このアイテムの詳細を見る |
いよいよ来年5月に施行が迫った裁判員制度ですが、ここに来て辞退の申し出が激増しているのだそうです。また、裁判員候補予定者として認定されたら、家族など自分のごく身近な人以外には、一切その事実を口外してはいけない事になっているにも関わらず、そんな通達など何処吹く風で、裁判所からの呼出状がネットに流出しまくっているのだそうです。それだけを見ても、如何にこの制度が国民から支持されていないかが、よく分かります。
プロの裁判官・検察官・弁護士以外に、無作為抽出(くじ引き)で国民の中から選ばれたアマチュアの裁判員が、裁判に加わる事で、裁判に市民感覚や社会常識を反映させる。片や市民の方でも、今までの「お上にお任せ」意識を払拭して、裁判員として参加意識を持ってもらう。劃して、市民(国民)主権の確立や司法の民主化が実現に向かう。―それが、この制度の狙いなのだそうです。
しかし、そんなに上手く行く筈がありません。何故ならば、上記著書「裁判員制度の正体」にも在る様に、裁判員に期待されているのは、せいぜい「裁判官の手助け」「お飾り」としての役割でしかなく、到底「市民主権」と呼べる様な代物ではないからです。逆に「現代の徴兵制」として、有無を言わさず裁判に協力させられる恐れすら在ります。それは下記の理由からも明らかです。
まず第一に、若し国が本心から「市民主権の実現」や「司法の民主化」を望んでいるのであれば、こんな制度の導入よりも、もっと先にすべき事が他に幾らでもあります。例えば、労災認定・労働裁判の場や、「日の丸・君が代」訴訟、公害調停、原爆被爆者認定などの場に、労働者・教員・被爆者の代表を参加させて、もっと実態に即した判決や認定を出させるとか。今の形骸化した最高裁裁判官国民審査の手続きを、もっと国民にとって分かりやすい形にする等。その方が、裁判員制度の導入よりも、よっぽど緊急で焦眉の課題の筈です。それを何故しないのか。
そもそも何故、裁判員制度の対象を、禁固・無期懲役・死刑相当の刑事事件だけに限るのか。「市民感覚や社会常識を取り入れた判決を」というのであれば、尚更の事、先の労災認定以下の場や、痴漢冤罪事件、行政裁判についても、制度で捕捉しないのか。
そして第二に、裁判員候補予定者を「くじ引き」で勝手に選んでおきながら、辞退の自由も認めないとは、国や裁判所は一体何様のつもりか。裁判員制度擁護論者の中には、恰もこの裁判員制度を、投票・納税・教育と同じ様なものと、軽く考える向きも在るやに聞きますが、何をか況やです。
投票や教育は、国民側からすれば、れっきとした権利(主権)の行使です。義務は主権者が国に対して負うべきものではなく、国が主権者に対して負うべきものです。その上で、選挙で意中の候補者がいない場合には棄権も認められており、税金を払えない低所得者には減免措置が認められているのです。翻って裁判員制度の方はと言うと、「くじ引き」なぞという、いい加減な方法で裁判員を選任しておきながら、拒否権には高いハードルで、違反には刑事罰まで加えるとは、一体どういう了見なのか。
これでは、裁判員制度は「市民参加を装った徴兵制」そのものではないか。何故こんな制度に、与党だけでなく日弁連や共産党までが賛成してしまっているのか。共産党は今頃になって保留・延期に態度を変えてしまっていますが、その一方で「お上任せではいけない」と、まるで橋下徹みたいな事も未だに言っている。しかし、仮にも左翼であるなら、国家権力の本質がどういうものであるか位は、知っている筈。知っていたら、こんな能天気な言説など吐けない筈です。
戦前の陪審員制度が結局立ち消えになったのも、第二次大戦でのドサクサ以前の問題として、偏に主権在君・絶対天皇制の明治憲法体制には一切手をつけないまま、上辺だけ国民参加を取り繕ったからではないでしょうか。
しかし、その一方で、右翼の城内実みたいな「和を以って貴しとする我が国情には合わない」なんて立場からの裁判員制度反対論にも、ちょっと組する気にはなれません。我々が目指しているのは、あくまでも民主主義の実現であって、封建時代への懐古なんかではありません。実際、右翼の中にも裁判員制度に反対する意見が少なくないと言います。しかも、その理由が「左よりの判決が出るから反対」と言うのを聞くと、無碍に反対する気になれないのも事実です。
また、識者によっては、「構造改革・年次改革要望書」絡みの、米国からの圧力を指摘する向きもあります。そう言えば確かに、米国からの年次改革要望書には、裁判員制度についての言及こそ無いものの、司法分野についても規制緩和や効率化の要求が、矢継ぎ早に突きつけられています。電車内での弁護士業務の中吊り広告解禁なども、その流れの中から出てきたものです。
裁判員制度導入の本当の狙いも、公判期日の短縮などの効率化や規制緩和にあるのではないか。それで仮に手抜き裁判が横行しても、裁判員という形で市民を巻き添えにする事で、裁判への批判を封じ込める意図があるのではないか。
それで、この前NHKで放送していた裁判員制度特集番組「日本の、これから」も、後半部分は視る時間が出来たのでじっくり見せて貰いましたが、どうしてもこの手の番組は、せいぜい双方の意見を通り一遍に紹介するだけで、それで終わってしまう。その時もそんな感じで、制度に対する不信感だけが依然として残りました。
当該番組でも、裁判員反対論者がそれぞれ具体的に論拠を挙げて反対していたのに対して、賛成論者の方は総じて「逃げてはいけない」と根性論だけに終始していたのが、印象に残っています。中には「被告の人権ばかり守られている」とばかりに橋下徹みたいな言説を振り向くバカウヨオヤジまで出てきたりして、はっきり言って、もう見ていられなかった。
裁判の目的は真相の究明にあり、それに沿って被告の有罪・無罪の別や量刑を決めるのが、法治主義の下での裁判の在り方です。そうであるにも関わらず、刑事訴訟と民事訴訟の区別もつかず、裁判をまるで「江戸時代の仇討ち」かなんかと勘違いしている様な人たちが、くじ引きで裁判員に選ばれたりしようものなら、裁判が「ワイドショー、2ちゃんねる、北朝鮮の公開処刑」のレベルに堕してしまいます。実際、産経新聞などの三面記事レベルの法廷取材記事を見ると、それが現実に起こり得るのではないかと危惧します。
そもそも、裁判員制度の根底にある「国民に統治主体意識を持たせる」という発想自体が、「市民主権」の建前に相反するものです。「統治主体意識」というのは、「お上任せや傍観者ではなく当事者意識を持って参加しろ」とか、「国に何かして貰うのではなく自分自身が国にどう貢献できるか考えろ」という事の様ですが、「笑わせるな」と言いたい。
そんな意識を国民持ってもらいたければ、裁判員制度で国民を締め付けるより先に、麻生を初めとした為政者自身が襟を正すのが筋でしょうが。それが、碌に漢字も読めず、行く先々で人の神経を逆なでする発言ばかり繰り返した挙句に、誕生してからまだ数ヶ月しか経っていないのに、早や支持率20数パーセントの体たらくの麻生自民党政権の面々から、こんな事言われる筋合いなぞ無い。
「市民感覚の反映」で以って「国民主権や民主化」が実現されなければならないのは、麻生・自民党政権自身です。それを等閑にしたまま、小手先で裁判の仕組みだけをいじくっても、何も変わりません。そんなに「くじ引き」で国民を総動員したければ、国会議員や閣僚の何人かを無作為で選んで、裁判員と同様に「最低限プロから1名とアマチュアから1名の賛成」が無ければ、閣議決定も一切出来ない様にすればどうか。
(参考記事:但し未読も含む)
・NHK「裁判員制度がはじまる 今夜とことん考えます」を観て、改めて馬鹿馬鹿しい制度だと思った件について(創難駄クリキンディーズ2004福岡)
http://osa3.blog.ocn.ne.jp/project/2008/12/post_de57.html
・裁判員制度 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%93%A1%E5%88%B6%E5%BA%A6
・日本の司法制度 - 陪審制・参審制
http://ms-t.jp/Law/Court-system/Participation.html
・よろしく裁判員(法務省)
http://www.moj.go.jp/SAIBANIN/
・はじまります。裁判員制度(日弁連)
http://www.nichibenren.or.jp/ja/citizen_judge/
・司法制度改革推進計画(首相官邸)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/keikaku/020319keikaku.html
・「司法改革」解説版パンフレット(同上)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/others/pamphlet_h16.pdf
・裁判員制度はいらない!大運動
http://no-saiban-in.org/index.html
・高野善通のブログアネックス
http://antisaibanin.arekao.jp/
・裁判員制度導入は誰が決めたのか。(KSTK)
http://kiyosakari.blog105.fc2.com/blog-entry-102.html
・裁判員に選ばれたブログ(牧村しのぶのブログ)
http://d.hatena.ne.jp/pinsuke/20081203/1228406421
・裁判員制度と司法改革(城内みのるの「とことん信念」ブログ)
http://www.m-kiuchi.com/2008/04/11/saibaninseido/
・日本共産党と裁判員制度(アルバイシンの丘)
http://papillon99.exblog.jp/7634136
・09年5月実施にNO!の訴え 国民動員システムはごめんだ(週刊かけはし)
http://www.jrcl.net/frame081208c.html
・市民の裁判員制度・つくろう会
http://www.saiban.org/index.html
・【法廷から】「父の手術代を稼ぐため」裏DVD店経営男のあきれた言い訳(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/topics/affairs/6961/afr6961-t.htm
・富山強姦冤罪服役事件の研究 - ウェブテレビ
http://www.webtelevi.com/toyama.htm
・高知「白バイ事件」の闇(JANJAN)
http://www.news.janjan.jp/living/0801/0712318233/1.php