菅官房長官が12月7日に、視察先の熊本地震の被災地で、「復興と地域経済の活性化を図る為に、今後各地に世界レベルのホテルを50か所ぐらい建設する」と述べたそうです(NHKニュースより)。インバウンド(外国人観光客)需要を当て込んでの大風呂敷発言で、「桜を見る会」疑惑の矛先逸らしの意図が透けて見えるような発言ですが、私は「そんな事をしても無駄だ」と思います。
その理由は、まず第一に、幾らそんな事をして外国人観光客を呼び込んでも、潤うのはホテル資本だけで、地域にはほとんど還元されないからです。その典型が大阪・西成のあいりん地区です。あいりん地区でも、この数年来、インバウンド需要を当て込んでのホテルの建設ラッシュが続いていますが、賑やかなのはJR新今宮駅や地下鉄動物園前駅周辺のホテルだけで、あいりん地区の中の方は依然として寂れたままです。
あいりん地区では、今年の10月末から11月にかけて、簡易宿泊所組合や行政が中心になって、「新今宮フェスティバル」や「フリンジフェスティバル」等のイベントが行われました。しかし、そのイベントの内容は、外国人目当てのタコスやたこ焼きの屋台、高級生ハムやワインの展示即売、ジャズやビートルズナンバーのコンサート、ネイルアート、英語落語などといったものでした。いずれも、昔からそこに住んでいる日雇い労働者やホームレスの人たちとは無縁の内容です。ホームレスの人にとっては、1本50円の激安自販機の飲料すら高根の花なのです。そんな人たちが、ネイルアートや一盛り600円もするタコスなどに手が出る訳ないでしょう。確かに、外国人観光客が来るようになって町の雰囲気は明るくなりましたが、逆にそのおかげで物価や地価が上昇し、かえって住み難くなりました。
左上が新今宮フェスティバルのチラシ。右上がその会場案内図。会場として賑わったのは、あいりん地区の中でも駅周辺の限られた一角に過ぎない事が分かる。
同じ事が他の地域でも起こっています。例えば、京都の下町でも、今まで寂れる一方だった商店街が、空き家を民泊に活用する事で、かつての賑わいを取り戻しつつあると言われました。しかし、実際に潤っているのは、民泊を経営しているホテル資本だけで、商店街への波及効果はほとんどありませんでした。それどころか、住民は観光客の出す騒音公害やゴミ公害に振り回され、物価や地価の上昇で逆に出ていく人が増え、かえって空き家が増えているのが現状です。
第二に、近年のインバウンド需要は、別に外国人観光客が日本の良さを認識したからではありません。他の先進国・新興国がインフレで物価がどんどん上がっている中で、日本だけがデフレから脱却できずに、物価が下がっているからです。その結果、安宿を求めて外国人観光客が殺到しているだけです。他の国は物価も賃金も上昇しているのに、日本では物価が下落し、賃金はそれをさらに上回って下落しています。「東京や大阪では最低賃金が時給千円を超えた」と言って喜んでいる人がいますが、台湾や韓国では既に全国一律でそのレベルに到達しています。日本の百均で売っている商品も、米国では162円、ブラジルでは215円、タイでは214円、生産地の中国でも153円で売られているのです。他国ではそんな値段で売られている商品が、日本では百円まで値下げしないと売れない。だから、かつて世界中のヒッピーがネパール・カトマンズの安宿に押し寄せたように、外国人観光客が日本に押し寄せてきているだけなのです。
左上は一人当たり名目GDP(国内総生産)、右上は労働者時給の推移。いずれも1987年を100とした場合の2018年の数値。全体通して数値が停滞・低下しているのは日本だけ。資料の原典は日経新聞の記事ですが、画像は「逝きし世の面影」さんのブログから拝借させてもらいました。
だから、本来なら国民も、インバウンド需要のバブルに浮かれている政府や企業に、「肝心の自国民の暮らしが安定してこそ、初めて外国人を気持ちよくもてなす事も出来るのだ。そうする事が出来るように、もっと国民の暮らしを顧みろ」と要求すべきなのです。消費税増税なぞ、もってのほかです。ところが、政府や企業は、福島原発事故の収束も進まず、台風被災者がいまだに仮設住宅で困難な暮らしを強いられているのに、オリンピックやカジノにうつつを抜かし、中小企業の低賃金やブラックな労働環境は放置したまま、人手不足の穴埋めを外国人労働者で埋めようとするだけです。その外国人労働者も、所詮は日本の派遣労働者と同じように使い捨てされるだけです。
第三に、その頼みのインバウンド需要も、日本政府の韓国・中国敵視政策のせいで、いつ何時、雲散霧消してしまうか分かりません。現に、それまで韓国人観光客で潤っていた長崎・対馬のホテルも、徴用工裁判をめぐるトラブルで韓国との関係が冷え込み、韓国からの観光客が激減してしまってからは、火が消えたように寂れてしまいました。来日観光客の大半が中国・韓国・台湾・東南アジアからの観光客です。ところが、肝心の日本政府の外交方針は、韓国・中国敵視政策で日本人のナショナリズムにおもねろうとするばかり。
そのナショナリズムも、目先のあぶく銭に汲々とする「ニセ・ナショナリズム」に過ぎません。本当に国を愛するなら、福島原発事故や台風の被災地を見捨てたまま、オリンピックやカジノにうつつを抜かしたりはしません。自国民の困窮をよそに、インバウンド需要にうつつを抜かしたりはしません。竹島や尖閣の問題だけでなく、沖縄・辺野古の米軍基地建設反対や北方四島返還についても、筋を通すはずです。今まで友好国だったイラクやイランを見捨てて、米国の言いなりになったりはしません。「香港の民主主義を守れ」と言いながら、肝心のおひざ元で、公文書破棄やデータ改ざんなぞで民主主義をないがしろにするような事なぞしたりしません。
今の「桜を見る会」の疑惑についても、世界の常識では、安倍首相はとっくに退陣していなければおかしいのです。政府主催で功労者を招待するはずだった観桜会が、いつのまにか安倍首相のお友達慰労会に変質してしまっていた。そこに税金が野放図に使われ、政治資金報告書にも使途が記載されなくなってしまっていた。「招待者名簿や会計報告を開示しろ」と迫っても、公文書であるにも関わらず「破棄した」の一点張り。それどころか、マルチ商法やヤクザの元締めと安倍政権との繋がりすら、指摘される始末です。普通なら、とっくに政権が倒れていなければならないはずです。
ところが日本では、この期に及んでもまだ、内閣支持率が若干下がっただけです。それどころか、「いつまでこの問題をやっているんだ」と、暗に幕引きをそそのかす勢力まで出てくる始末です。事は民主主義の根幹に関わる問題なのに。この問題をそのまま放置していると、最後には安倍首相だけでなく、日本国民も世界の人々から信用されなくなってしまいます。最大の景気回復策は、一刻も早く消費税を廃止し、安倍政権を退陣に追い込む事です。そうしてこそ初めて、日本も再び世界から信頼を回復し、私たちも気持ちよく外国人観光客をもてなす事が出来るようになるのです。