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ドレイ並みの避難所生活と住環境

2019年10月16日 09時29分25秒 | 当ブログと私の生い立ち
 
台風19号で避難した体育館での避難生活が難民並みであると、国会で問題になっています。
我々が今まで当たり前の様に思っていた、体育館での雑魚寝が、実はドレイ並みの待遇であった事が明らかになりつつあります。

例えば、イタリアも日本と同じ地震・火山大国ですが、避難民に対する扱いは天地ほども違います。イタリアでは48~72時間以内に電化設備の備わったテントが国から世帯毎に支給され、テント村には共同のキッチンやトイレ、バスも設置されます。

だから、日本の避難生活で問題になる熱中症やプライバシー侵害、震災関連死なぞ、イタリアではおよそ考えられないのだそうです。

これは何もイタリアだけに限りません。他の先進国も同じです。
先進国では、「避難は権利である」と捉えられています。だから、避難所も人権保障の観点で設置されます。
 
ところが日本では、「避難は自己責任で行うもの」とされています。
だから、ニュースでやかましく「避難しろ」という割には、肝心の避難所が劣悪で、避難所がハザードマップの浸水域にあり何度も避難を余儀なくされたり、避難所で溺れ死んだり、避難所でレイプされたりといった事が起こるのです。
 
そして、最も災害弱者であるホームレスが、避難所から追い出されたりするのです。東京都の世田谷区では、河川敷に住むホームレスの人にもチラシをまいて避難所への誘導が行われた一方で、同じ都内の台東区では、住所不定という理由だけで、ホームレスの人が避難所から排除されました。
 
台東区も、山谷(さんや)と言うドヤ街(簡易宿泊所が立ち並ぶスラム街)を抱えています。そういう意味では、あいりん地区(通称:釜ヶ崎)のドヤ街を抱える大阪市の西成区と同じです。むしろ他区の模範になるような貧困対策が行われなければならない地域であるはずです。実際、台東区のホームレス支援団体でも、所有する会館を避難所として無料開放する措置が取られました。
 
ところが、世論の反応はと言うと、「税金を払わないホームレスは避難所から排除されて当然」と、台東区の行政当局を擁護する意見も決して少なくありません。
納税しているか否かで人間の値打ちが決まる訳でなし。そんな事言いだせば、生活保護受給者や失業者も避難所には入れなくなってしまいます。そうして、当の自分達も「避難の権利」が侵害されている事に気付かず、難民やドレイの待遇に甘んじながら、ホームレス叩きに興じているのです。正に「貧すれば鈍す」という他ありません。

台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える(大西連 BLOGOS)
台東区ホームレス排除で跋扈する差別にウーマン村本が反論(LITERA)

災害や紛争時の避難所について国際赤十字が提唱する最低基準(スフィア基準)は、次のように定めています。

・世帯ごとに十分に覆いのある生活空間を確保する。
・1人あたり3.5平方メートルの広さで、覆いのある空間を確保する。
・最適な快適温度、換気と保護を提供する。
・1人1日15リットルの水を提供する。
・トイレは20人に1つ以上。男女別で使える事。
・女性には生理があり、トイレに行く回数も多いので、トイレは男女比1:3の割合で設置する事。
 
スフィア基準について、もっと詳しく知りたい方は、下記の記事を参照して下さい。
 
 
 
 
そもそも「スフィア基準」は、単なる建築基準ではありません。1994年に東アフリカのルワンダで起こった民族大虐殺の後、国連が国家再建の支援に入ったのに、支援がてんでばらばらに行われた為に、8万人もの災害関連死を生み出してしまった。そこから、被災者には支援を受ける権利があり、行政や支援者はそれを行う義務がある事を明確にして、上記の基準が定められたのです。スフィア基準と言うと、とかくトイレの設置基準ばかり注目されますが、そんな数よりも、被災者には支援を受ける権利があると、明確に打ち出した点こそが大事なのです。今や欧米先進国では、この基準に沿って被災者支援が行われています。真っ先に自己責任が問われ、何でも自治体任せのボランティア頼みで、最後にようやく国が出てくる日本とは大違いです。
 
そのスフィア基準を見て今更ながら驚きました。あいりん地区内にある私の今のホテル暮らしも、スフィア基準スレスレか、それ以下の水準でしかなかったのですから。
私の部屋も三畳一間です。畳1畳が最も小さい京間サイズで約1.82平方メートルだから、3畳では5.46平方メートル。広さについては基準をクリアしています。しかし、トイレも19室ある各階毎に男女セパレートのトイレが1個だけ。バスもキッチンも1階にしか無い。その共同浴場も、カラン(水道の蛇口)は3つしかなく、浴槽も3人入れば一杯。以前いたホテルには各階39室もあったのに、トイレの数は今と同じでした。全体で見ると完全にスフィア基準以下です。

「今住んでいるホテルは、家賃も安く、敷金も保証金も不要で、西成ではトップクラスの観光客向けの高級ドヤwだ」「家賃支払いに追われて社畜に甘んじるくらいなら、今の方がまだマシだ」と言って、今まで自分を慰めて来ました。しかし、国際基準(他国の常識)に照らせば、無料でテントが支給される避難民以下の難民生活でしか無かったのです!

その難民以下の住居に、毎月4万円以上、給料の4分の1近くも家賃を払わなければならないのです。もっとましな物件に住もうとすれば、最低でも月6万円ぐらい払わなければならなくなります。その上に水光熱費も払わなければなりません。たかだか月10数万円や、多くても20万円前後しかない非正規労働者の給与で、それだけも家賃に払える訳がありません。
 
  
 
それよりも安い家賃の物件もあるにはありますが、そういう物件は大抵、事故物件やゼロ・ゼロ物件です。敷金も保証金も要らない(ゼロ・ゼロ)代わりに、家賃を1日でも滞納すれば、荷物も無理やり放り出されて、有無を言わさず追い出される。それが「ゼロ・ゼロ物件」です。あるいは、最低でも2年間は住まなければならない。途中で長期入院しなければならない羽目になっても、その間は空家賃を払い続けなければならない。そんな物件ばかりです。
 
「健康で文化的な最低限度の生活を国民に保障する」という憲法25条の規定は一体どこに行ったでしょうか?安倍首相は、二言目には「憲法の規定は浮世離れしている」と改憲を煽りますが、そもそも憲法の規定を踏みにじっているのは一体誰なのでしょうか?これは他の社会保障や平和の問題でも全てにおいて言える事ですが、安倍政権は、自分たちが憲法を守らず、国民にドレイ並みの暮らしを強いているくせに、その責任を憲法に擦り付けているのです。盗人猛々しいにも程があります。
 
避難だけでなく住まいも、自己責任ではなく基本的人権であり、行政が政治の責任で保障すべきものである事を、この台風被害を機に、改めて思い知らされました。
 
森ゆうこ 議員 予算委員会 質疑(2019/10/15)

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