自分史 物怖じしない国際人を育てるヒント集

近現代史に触れつつ自分の生涯を追体験的に語ることによって環境、体験、教育がいかに一個人の自己形成に影響したか跡付ける。

終活、79歳で始めた/傘寿80歳になった!

2018-10-16 | 体験>知識

80歳!  他人様は聞いて高齢に驚くが当人はさしたる感慨がない。いや、頻繁に訃報を耳にするから自分もいつ逝っても不思議でない歳になったんだなあと感じる。実は79歳で初めて終活をした。その経緯を記そう。昨年の今頃から右隣りのご主人が元気に車で動き回っていたのに立て続けに3人亡くなった。正月明けに3人目の隣家のご主人が亡くなって隣近所で改めて弔問に行くことになっていた日、私は午前中の記憶が飛んですぐさま脳外科の精密検査を受けた。どうもなかったが死の不安が隠れていたことに気付かされた。
「男の陣痛」と言ってしまうほどもがき苦しんだ前立腺肥大悪化では、手術には狭心症の常用血液サラサラ薬を制限しなければならず、そのせいで血栓梗塞で死ぬのではないか、あるいは手術中の出血過多で死ぬのではないか、の不安に悩んだ。
古い銀行通帳の整理のため何度も銀行に通った。終活というほどのことではないかもしれないが、終活を続けねば、という気持ちになったのは確かだ。

近現代史のBLOGを綴っているが、これが良い脳トレになっていてボケを遅らせる作用をしている。最高の終活だと思っている。80歳代では自分史の中に戦中戦後の体験した史実を織り込む程度に、これまでやってきた歴史叙述をおさえて、BLOGを楽しもうと考えている。
狭い庭先で野菜の鉢植えを楽しんでいる。よい運動にもなる。
BLOGが一段落したら近現代史の古書をヤフーの通販か競売に出品するつもりだ。たまに古書を求めてオークションを利用するがこの年になってこどものようにわくわくさせてくれることはほかに知らない。売れ残ったものを一括始末するのが終活だと思うがそこまで自分がやれるだろうか?
結局わたしの終活とは趣味の言い替えにすぎないようだ。死ぬまで自己本位の生き方しかできない、と家族はあきらめているににちがいない。



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