THE SAPPORO TRANSIT AUTHORITY (S.T.A)

札幌で活動しているブラスロックバンド、STA(The Sapporo Transit Authority)です。

ENCORE( chicago)

2017-12-09 18:49:19 | CHICAGO

フランス語encore (もう一度、といった意)に由来する言葉であるが、現在これを再演の要求に用いるのは英語圏の住人がほとんどで、フランスではもっぱらbis (ビス)が用いられている。

英語圏にあってもいつからこの言葉が再演の要求に用いられたのは定かではないが、1711年 - 12年にイングランドで発行されていた日刊紙「スペクテイター」(The Spectator )の1712年2月のある号に

「聴衆がある歌に特に喜んだ場合、彼らはいつでもencore またはaltro volto と叫び、演奏者は親切にもそれを最初から繰り返すことが習慣となっていると記者は発見した」

とあるので、18世紀初めのこの頃の流行ではないかとされている。

なおドイツ語ではツーガーベ(Zugabe)として使われている。イタリア語ではアンコーラ(Ancora)だが、ダ・カーポ(Da capo)「頭から」とねだる聴衆もいる。

〜ウィキペディアより〜

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AFTER EARTH(DVD)

2017-12-09 18:41:32 | free form space

インド系アメリカ人のMナイトシャマラン監督の名前を世界的に知らしめたのは大ヒットホラー映画「シックスセンス」
私はダイハード以来のブルースウィリスファンなのでこの作品にも注目していたのですが、「決して内容を他人に話さないでください」との注釈も話題となり、その斬新な内容と共に引き込まれてしまいました。まあ、私は途中でオチがわかってしまいましたが、それでも楽しめました(衝撃度では「アザーズ」の方が優ってるのでは⁈)
天才子役ハーレイジョエルオスメント君の演技力は必見です!(彼のその後の落ちぶれ方にはガッカリですが…もったいないね)
そしてシャマラン監督それ以降の作品にも期待していたのですが…。
しかしどれもこれもイマイチ「⁇…」マークで、シックスセンスに匹敵する作品にはとんとお目にかかれない。でも我慢強く応援していました。
そんな中、シャマラン初のデジタル作品「アフターアース」を観ました。
これ、言われなかったらシャマラン作品とは気づかないのでは?
物語は地球から脱出した1000年後の未来の話。
他の星に移住した人々の中でも選りすぐりの戦士達が、任務のため宇宙船に搭乗して旅立つのですが、小惑星嵐に遭遇。
大破した宇宙船から脱出して奇跡的に助かったのが主演戦士のウィルスミス親子なのです!
と言ってもウィルは事故の際に重傷を負ってしまい、実質的に大活躍するのは愛息ジェイデンのみであります。
ウィルは役柄上もですが、ひたすら息子の引き立て役に回って抑え気味の台詞回し。いつものバイタリティ溢れる元気いっぱいのウィルからしたら、意外にもなまら渋い。こういうのもイカしてますね。で、ジェイデンの肩にのみ助かるチャンスがかかっている。
それは100キロ離れた場所にある緊急発信器を、一刻も早く見つけ出すこと。しかし墜落した惑星は1000年の時を経て人類を殺すように進化した恐ろしい地球だった!
次々とジェイデンに襲いかかってくる恐怖の敵達を倒して、果たして生き残ることができるのか?
とにかくジェイデンの成長にはビックリです。
親子初共演「幸せのちから」での可愛い坊やが、なんとあの傑作「ベストキッド」のリメイクでジャッキーチェンと共演した時にも迫力のアクションを披露していましたが、今回はスラリと背も伸びて、引き締まった青年戦士として苦難と苦悩という難しい役に挑戦。
シャマラン監督もこの作品で新たな分野に開眼したのでは?
絶対絶命のSFアクション超大作!

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chicago presents the innovative guitar of terry kath(CD&LP)

2017-12-09 14:57:13 | CHICAGO

inninnovate

いまだに日本未発売の「テリー・キャス、トリビュートCD&2枚組みLP」を紹介します。
タイトルは…chicago presents the innovative guitar of terry kath
まずはCDが1996年にシカゴの自主レーベルより発売されます。
そしてつい最近になっていきなり、豪華2枚組ズッシリ180gビニールとしてジャケットデザインも一新、発売されました。RHINOさん、マニアックで丁寧な仕事でアンタは偉い!^ ^
この勢いで、次なるシカゴ企画もよろしくお願いしたいものです。楽しみ。

シカゴ市でのバンド、ミッシング・リンクスにおいて若きテリー&ウォルター、そしてダニーが理想を胸に合流した時点でシカゴのスーパー・ヒストリーがスタートします。

テリーは貧しい農家の子として生まれながらも、家族全員が音楽好きという環境の中、ありとあらゆる楽器を独学でマスター。

下積み時代はセッション・ベーシストとして数度のアメリカ・ツアーを経験したのちにギタリストに転向。ワイルドでテクニカル、その超個性的なギター・プレイスタイルはベンチャーズからの影響が1番大きいというのも頷けます。

J・Wガルシオの援助を受けシカゴ(C・T・A)でデビュー、ギター以外にも作詞、作曲、ボーカル、ベースなどを担当。彼はどうも豪快そのものというイメージでとらえられがちですが、アルバム収録曲にはアコースティック系の美しくも切ないバラードやゴスペル風楽曲、繊細でグッと渋めのブルースなど意外にも多方面のジャンルに精通しています。もちろんジミヘンばりのハードで弾きまくる強烈なナンバーもいっぱいありますよ。ひじょうに残念なことに、彼くらい才能に溢れているのに過小評価されているギタリストはいないのでしょう。

シカゴのメンバーの誰からも愛され尊敬されていたテリーでしたが、1978年1月23日、拳銃の暴発事故で31歳の生涯を終えました・・・。

CDとLPの曲目は同じで、
全14曲入り。もちろんテリーの作品や、彼のボーカル、ギターがフューチャーされているものを中心にセレクト。

「長い夜」「ミシシッピー」はライブ・イン・ジャパンからの音源。

びっくりしたのは、ここでしか聞けないテリーのジングルが収められていること。

「ダイアログ パート1,2」「リッスン」「サウス・カリフォルニア・パープルス」「シャワーの時間:組曲」の4曲でイントロ前のシーンとかが確認できます。これは貴重だあ!!

曲目もめちゃレアというか、よくぞ選んでくれました!と唸りたいくらいの感涙もの。ラストが「フリー・フォーム・ギター」ですからね!!

ヒット曲はライブ含めての2曲のみ(厳密に言えばアイム・ア・マンを入れて3曲ですが)。

他はアルバムのみでしか聞けない(もしくはシングルB面)ものばかり。よく考えてみたらテリーの作品やボーカルはシカゴのヒット曲のなかでも少ないのです。EPのB面は多いですが。

私が若い時にはロック・フィーリングにばかり気をとらわれてばかりで、核となる魂の部分がよく理解できなかったテリーの楽曲、歌声も年齢を経て今改めて聞きこむとグッとこみあげてくるものがあって感動しまくり、鳥肌ものです。やっぱりテリーは別格ですね。素晴らしい!

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Corolla( chicago)

2017-12-09 06:06:49 | CHICAGO

花冠(かかん、corolla)とは、複数の花弁(花瓣、かべん、petal、いわゆる「花びら」)からなる、器官のことである。花冠は花弁の集まりであるが、花として花粉媒介者の標的になるだけではなく、と同じく、雄しべ雌しべを保護する役割をもっている。

また、花被のうち、内花被も花冠である。

 masa's art  chicago logo respect gallery

〜ウィキペディアより〜

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DAVID BYRON/TAKE NO PRISONERS(CD)

2017-12-09 06:02:58 | free form space

黄金の70年代ブリティッシュハードロックバンド四天王の一つ、ユーライアヒープのオリジナルボーカリスト、デビッドバイロン!
7色の華麗なる歌声を縦横無尽に駆使。バンドのイニシアチブを一手に握るケンヘンズレーと共に全盛期のフロントマンとして大活躍しました。
伝説の来日公演では、張り切り過ぎたバイロンがマイクを放り投げて破損してしまうというトラブルがあったと私はラジオで耳にしました。
バンドにおけるステージングには賛否飛び交い、その後バンドの人気は下降線の一途を辿る事となります。
ケンを欠いた後に、度々勃発するメンバーチェンジもその理由の一つかも…。しかしバンドは唯一のオリジナルメンバーでもあるギタリストのミックボックスを中心にコンスタントにアルバムを発表しながらツアーをこなしてゆきます。
後にも先にも一回きりの札幌公演は、私にとって一生忘れる事のない強烈なるインパクトを与えてくれました。ベテランならではの貫禄たっぷりのライブはもちろん、サービス精神旺盛なミックボックスには深く感銘を抱きました。
特にここ日本にはコアなヒープファンがゴマンと存在するのですよ。

さて、話を戻して、デビッドバイロン!
ちょび髭にエラのはったおじさん顔ではありますが、本人はイケメン気取りだったようで(あの多少ナルシスト気味の堂々たるパフォーマンスからして納得)スーパースターとして上昇気流に乗り始めていたロッドスチュワートに対してライバル心をメラメラと燃やしていたらしいです。
ロッド御用達の服屋にデビッドバイロンも通っていたとのこと。しかしデビッドの長年にわたるアルコール中毒にメンバーらも辟易。遂にはデビッドに解雇処分をくだします。
いくら人気低迷気味のヒープでも、このニュースには世界中のロックファン達が衝撃を受けました。
デビッドバイロンはその後ソロ、そしてクレムクレムソンらと組んだスーパーバンド「ラフダイアモンド」を経て自らの名を冠した「デビッドバイロンバンド」を結成するも、亡くなってしまいます…。
写真はヒープ脱退直後1975年に発表されたバイロン第1弾「テイクノープリズナーズ」
10曲入り。
なんとヒープの盟友ミックとリーカースレイクも全編にわかって友情参加しているところが嬉しいねー。
お得意のドラマティックに展開する様式美ロックをバックに歌い紡がれるバイロンのボーカルはお見事。
ミックもリーもさすが長年同じ釜の飯を食った仲だけに自然に当たり前のように溶け込み良い仕事をしてます。
ヒープほどには仰々しい構成の曲は多くないですが、その分バイロンのルーツを垣間見れるようで興味深い内容で網羅されています(音質がちょっと残念だけど…)
当時のヒープでは決して実現できなかったであろうポップ路線やストレートなナンバー、そしてもろビートルズの「オーダーリン」風なミディアムブギ。それらをバイロンは全く違和感なく楽しげに歌っています。本来この路線でもやりたかったのではと勘ぐっちゃうほど。まあ当たりはしないでしょうが。
ヒープがライブ後半で演奏していた違和感満点のロックンロールメドレーは散々浮いていてファンが失望…ヒープは批難されましたが、ツェッペリンも同じ手法を導入していたし、サバスだって「ブルースェードシューズ」、ジューダスプリーストも「ジョニーBグッド」をカバーしてましたね。

兎にも角にもバイロン亡き後もユーライアヒープは今も元気いっぱいの現役で頑張っていますよ^ ^‼︎

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