令和6年度から順次淘汰される西鉄貝塚線のモ600形
それが当たり前のように
毎朝の日常風景に溶け込むモ600
本線からの移籍に当たっては狭軌に台車変えて
パンタを載せ替えて
やがて日常の朝の風景は変わろうとしている
貝塚線の主役は間もなく本線から7000形がやってくるが
この通勤・通学の日常風景は
これからも変わらない
2023年11月 西鉄貝塚線千早駅 Nikon Df 24-120㎜
令和6年度から順次淘汰される西鉄貝塚線のモ600形
それが当たり前のように
毎朝の日常風景に溶け込むモ600
本線からの移籍に当たっては狭軌に台車変えて
パンタを載せ替えて
やがて日常の朝の風景は変わろうとしている
貝塚線の主役は間もなく本線から7000形がやってくるが
この通勤・通学の日常風景は
これからも変わらない
2023年11月 西鉄貝塚線千早駅 Nikon Df 24-120㎜
11月最後の朝
父親の菩提に挨拶をして多々良川の畔に立つ
折からの冬将軍は容赦なく川を伝って厳しい風を吹き付けてくる
小一時間 幼馴染の乗った鹿児島本線下り電車の接近までの一番勝負
瀞火の朝陽がジャーマンイエローの躯体を優しく染める
2023年11月 西鉄貝塚線 名島橋 Nikon Df + PS Element
鉄道愛好家諸君へ
食べかすのゴミは放置せずに、お家へもって帰ろう!
実家の家族を見舞う帰省の寸暇を惜しんで
父の墓参の駄賃で名島橋界隈を訪れてみた
幼少時 遠足目的地定番の香椎花園への道中
多々良川河口に架かる名島橋には西鉄貝塚線 JR九州鹿児島本線
それに福岡ターミナルに伸びる貨物線が縦横に絡む
まだ現像前なので写真庫から蔵出しの一枚
大正生まれの連続アーチには冬空がよく似合う
1979年2?月 西鉄宮地嶽(現貝塚)線 名島 OM-1 YOフィルタ TX
まこべえさんのブログで 西鉄貝塚線からも2025年度までに600形が順次撤退の報を知る
西鉄本線(現天神大牟田線)に汎用型新性能車として川崎重工業(現川車)で産声を上げ
還暦過ぎるまで走り続けてきた600形もいよいよ終焉が見えた
その最終ロットとしてMsc+Tscユニットの631Fは異端児701F4連とともに6連を組んで
その実態は昭和40年代終盤にデビューする6連固定編成の2000形の試作車だった
昭和56年春 2000形1編成が井尻付近で事故を起こし戦線離脱
その代走として久々に特急運用に就く701F+631F6連
1976年3月 西鉄大牟田線(現天神大牟田線)白木原~春日原
NO WAR NO VIOLENCE
世界の空気が第3次世界大戦に傾きかけてはいませんか?
ブログや先輩の写真展でお知り合いになったまこべえさんの記事にオマージュで
電関人の青春時代と共にあった西鉄600F
電関人は生粋の博多っ子(広い意味であって実は南郊外出身)である
その電関人に実家は某〇日原駅から大人の足で走って約1分
電関人が上京後に急行停車駅になり福岡(天神)まで9分の所要
いまでもUターンしたいぐらいである
まそれはさておきまこべえさんがカラシイエローにボンレッドを纏ったお写真だったので
まずは元祖600Fのお顔を二日市車庫(いまは無くなって駐車場になっている)で
デビュー当初は回転式行先幕は無くのちの改造
全検上がりみたいだ
そしてさらに遡って630+680ユニットの冷改前
このグループは生まれたてからおでこに2灯のSB(シールドビーム:シールドビームは小糸製作所の特許)
そして最後の1枚は時代は下がってアイスブルーにボンレッドという今の天神大牟田線の標準色を纏い
お中にライトボックスを下ろしておでこに行先幕の出で立ち上がりたてを再び二日市工場にて
後ろに若干見えているのはオリジナル色
本線からは引退してしまったが元気で貝塚線で活躍しているのがうれしい
そうだ今度の里帰りはこっそりデジイチバックに潜ませて・・・
1976年、1977年、1978年すべて西鉄二日市(工場内は許可をいただいて入場)OLYMPUS PEN F/OM-1