名前のインパクトに惹かれて訪れた駅、美馬牛。
もちろん、アイヌ語に当て字しているので漢字の意味通りではないし、
かなり昔に貨物扱いを止めていて取扱品目を詳細に知ることもできないが、
広い駅前広場に、堅牢な煉瓦造りの大きな倉庫を見ると、
多くの道産品を出荷していたのだと、その賑わいを想像する。
2018年 水無月 D5
何とも言えない偶然というか、
拙ブログにて北海道旅行記の最終章を迎える日の未明に、
甚大な震災が北海道を襲ったのである。
被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。
狩勝峠の展望台からの眺望を感慨深げに眺めた後、
天気予報通りに石狩地方側は所々で驟雨に見舞われた。
その雨の中を旭川目指して富良野線沿いを北上。
急いだ理由は、もう一度美瑛に寄って写真家故前田真三さんの
アトリエだった拓真館を覗きたく・・・。
前田さんが撮り綴った清らかな丘の風景ではないが、
富良野線を撮った前々日に見つけた丘の上からの風景。
沿線の人々の生活を撮り込んだ富良野線の風景を最後のカットに選んだ。
緩やかな丘の斜面に点在する農家。
まさしく長年思い描いてきた北海道の田園風景がそこに広がっていた。
2018年 水無月 千代ヶ丘 D5
D5195号機を撮影していた際、同じ駐車場に居合わせた地元の方から教えていただき旧新内駅へと向かう。
D51の保存場所から旧線伝いに、「狩勝ぽっぽの道」が遊歩道として整備されているようだ。
38号線で峠道を少し登りゴルフ場の入り口を入るとすぐ、キューロクの保存機が見える。
旧駅のホームに据え付けられた機関車に連なる20系は、かつてもてはやされた列車ホテルだが、
その傷みは年数の経過を物語る。
しかし、国内屈指の峠路線が手厚く保存維持されていることに感動すら覚えた。
自然に帰りつつある峠の森の中で、
かつて北海道の鉄道を走り回っていたニ大英雄たちの面影に益々峠へのロマンを膨らませつつ、
いよいよ北の旅のラストスパートへ。
2018年 水無月 旧新内駅 D5
もちろん旧線で越えていた落合~新得27.9㎞の話である。
鉄道三大車窓ともうたわれた大展望に憧れ、少しでもその気分に浸りたく38号線経由のルートで帰りのコースを選ぶ。
新線は新得駅を出て間もなく大きく左に弧を描きトンネルへと向かう。
ちょうど、D5195号機を撮り終えた頃石勝線経由で新線を越えてきた4003Dスーパーおおぞらがやってきた。
この辺りから旧線は38号線に沿うように山へ分け入り、旧新内駅を目指す。
狩勝峠の展望台から十勝平野方面を望む。
新線の方は右手前の斜面後方を走るのに対して、
旧線は中央に見える一本の尾根の裏側を回り込んでいたようだ。
高度はここまでは無いまでも、その迫力ある大パノラマを暫し想像した。
2018年 水無月 新得(上の写真)
尺別から車を進め、新得までやってきた。
当初、現在の線区を走る列車を撮影予定だったが不勉強もあり、
時間の関係からも早々に諦め、駅に向かおうとしたらこの保存機が目に飛び込んできた。
65年から3年ほど新得に居た最終所属機のようだ。
重油併燃装置こそ撤去されているが、峠の罐らしい風情は其処彼処に見てとれる。
旧国鉄OB氏らによる保存会「新得機友会」の手により手厚く保存され、
一部の欠損はあるもののコンディションは素晴らしい。
機の佇まいは新線に付け替わっても、
駅に向かって静かにその運行を見守っているかのようだ。
2018年 水無月 新得 D5