お子さんに、同じことをやっているなら、とことんやらせてあげて欲しい。
予備校講師。電車はそれが一番早く動けるとわかった時。ハンドクリームはいつも持っている。手が映るので。
このゲストをお呼びするなあ「今日でしょう」。
レギュラー4~5本。予備校講師も続けている。
1965年生まれ。48歳の時、東進ハイスクールCMで「いつやるか、いまでしょう」で一躍人気。借金は2,000万円。失敗から学んだ法則。
2013年からなので、5年目。予備校の講師を辞めようとは思わなかった。講師だったらトップだと。TVに出てて勝てないなと思うことがある。塾で教えているのと、TV出るのとあまり変わらない。プロデューサーと初めて会うと、その人が過去担当したTV番組を見て、どういうものをしたいかを知るようにした。予習するのと同じ。
1曲目は松田聖子さんの「風は秋色」。
高校生の時、松田聖子ファンと河合奈保子ファンで二分していた。
運動神経がだめで、徒競走でびり。雲梯だと途中で落ちた。運動は向いていないと思った。何で運動会には参加しないといけないのかと考えていた。母から、この口は何でこんなに屁理屈を言うのが多いのかと言われた。
好きな科目は、歴史ものが好き。祖父が日本画家林雲風。いろいろ話をしてくれた。源氏について徹底的に調べて自分の源氏の本を造りたいと思った。小2から始めて小6で完成させた。頼朝の子、孫。兄弟が多かった。小6の夏休み課題で「源氏総覧」をまとめて出した。先生より自分のまとめの方が良いと思った。何度もまとめる訓練をした。それをやると勉強する方法論がわかる。中学受験した。理由は、「お前が林だな。お前態度が大きいな。中学に入ったらかわいがってやる」と恐い人が脅した。だれかがちくったようだ。これはまずいと思って、中学受験をした。10月から始めた。模試を受けたらひどかった。塾は行っていなかった。参考書を見て、こうやればよいと思った。あっという間に、勉強のやり方がわかった。直前の模試では成績もよく私立中学に入った。
東大受験は苦労しなかった。合コンは山ほどした。15日連続合コンしたことがあった。オール空振り。しょうがないなと思った。愛知県出身の寮に入った。明治大学の先輩が表参道をあるいたらスカウトから名刺をたくさんもらった。その人はハンサムだった。そこで自分で試してみたが名刺貰えなかった。知性派を好きな少しの女性がいる。そこを狙うしかない。それが分かった3年生の時に初めて彼女ができた。銀行に入って、これはつぶれるなと思った。皆浮かれていた。家庭教師の時給が破格に高かった。8人/週家庭教師をやっていた。20万円の月収でどうやって生活しようかと思った。家庭教師ではもっと貰っていた。20万円を一週間で使ってしまった。事業を始めるも借金まみれ。ビジネスに向いているかを確認するためにチャレンジした。借金は2,000万円までなった。予備校講師をして40歳くらいで返した。借金がなかなか減らない。お金を使い続けたから。教えることが向いていた。予備講師は天職。何でも教えられた。この科目はこう教えたら良いとわかっていた。
自分の言いたいことを言うのではなく、相手が分かる言葉で伝える。東大の問題は2つの話が出ていた。それを大阪で話すなら、阪急と阪神の電車が走っている。JRも走っているからとオチを言うが。
お子さんが同じことばかりやっているなら、とことんやらせてあげて欲しい。同じことをやり続けると変わってくる。知の整理になる。途中で止めさせると中途半端になる。親は同じことをやっているとは言わなかった。やり続けさせてくれた。それが良かった。
2曲目は、「ホテルカルフォルニア」。実は嫌いだった曲。2人で6畳一部屋。相手が夜にギターでその曲をよく弾いていた。嫌だった。最近それを聞いて懐かしく思った。人は過去を今の色に染める。今が良いと過去も良いようにする。だから人間は今でしょう。なんてうまくまとめて(サワコ)。青春の思い出。
やはり本を書きたい。小説。恋愛小説を出したい。前から書いている。ところが時代が変わったらすれ違いシーンを書き直さないといけない。電波が通じなかったと書いた。今はそんなことはない。書き直すかと思うと憂鬱。もっと前に出しておくのだった。
感想;
やってみたいことをとことんやってみる。
当然、失敗もしますが、そこから学ぶことが大きいのでしょう。
初めての番組ディレクターだと、その人が担当した番組を見るとのこと。
予習など準備をしっかりされていることがうかがえました。
相手に伝わる言葉を探して話す。
相手の立場でものごとを考えておられるのでしょう。
予備校講師。電車はそれが一番早く動けるとわかった時。ハンドクリームはいつも持っている。手が映るので。
このゲストをお呼びするなあ「今日でしょう」。
レギュラー4~5本。予備校講師も続けている。
1965年生まれ。48歳の時、東進ハイスクールCMで「いつやるか、いまでしょう」で一躍人気。借金は2,000万円。失敗から学んだ法則。
2013年からなので、5年目。予備校の講師を辞めようとは思わなかった。講師だったらトップだと。TVに出てて勝てないなと思うことがある。塾で教えているのと、TV出るのとあまり変わらない。プロデューサーと初めて会うと、その人が過去担当したTV番組を見て、どういうものをしたいかを知るようにした。予習するのと同じ。
1曲目は松田聖子さんの「風は秋色」。
高校生の時、松田聖子ファンと河合奈保子ファンで二分していた。
運動神経がだめで、徒競走でびり。雲梯だと途中で落ちた。運動は向いていないと思った。何で運動会には参加しないといけないのかと考えていた。母から、この口は何でこんなに屁理屈を言うのが多いのかと言われた。
好きな科目は、歴史ものが好き。祖父が日本画家林雲風。いろいろ話をしてくれた。源氏について徹底的に調べて自分の源氏の本を造りたいと思った。小2から始めて小6で完成させた。頼朝の子、孫。兄弟が多かった。小6の夏休み課題で「源氏総覧」をまとめて出した。先生より自分のまとめの方が良いと思った。何度もまとめる訓練をした。それをやると勉強する方法論がわかる。中学受験した。理由は、「お前が林だな。お前態度が大きいな。中学に入ったらかわいがってやる」と恐い人が脅した。だれかがちくったようだ。これはまずいと思って、中学受験をした。10月から始めた。模試を受けたらひどかった。塾は行っていなかった。参考書を見て、こうやればよいと思った。あっという間に、勉強のやり方がわかった。直前の模試では成績もよく私立中学に入った。
東大受験は苦労しなかった。合コンは山ほどした。15日連続合コンしたことがあった。オール空振り。しょうがないなと思った。愛知県出身の寮に入った。明治大学の先輩が表参道をあるいたらスカウトから名刺をたくさんもらった。その人はハンサムだった。そこで自分で試してみたが名刺貰えなかった。知性派を好きな少しの女性がいる。そこを狙うしかない。それが分かった3年生の時に初めて彼女ができた。銀行に入って、これはつぶれるなと思った。皆浮かれていた。家庭教師の時給が破格に高かった。8人/週家庭教師をやっていた。20万円の月収でどうやって生活しようかと思った。家庭教師ではもっと貰っていた。20万円を一週間で使ってしまった。事業を始めるも借金まみれ。ビジネスに向いているかを確認するためにチャレンジした。借金は2,000万円までなった。予備校講師をして40歳くらいで返した。借金がなかなか減らない。お金を使い続けたから。教えることが向いていた。予備講師は天職。何でも教えられた。この科目はこう教えたら良いとわかっていた。
自分の言いたいことを言うのではなく、相手が分かる言葉で伝える。東大の問題は2つの話が出ていた。それを大阪で話すなら、阪急と阪神の電車が走っている。JRも走っているからとオチを言うが。
お子さんが同じことばかりやっているなら、とことんやらせてあげて欲しい。同じことをやり続けると変わってくる。知の整理になる。途中で止めさせると中途半端になる。親は同じことをやっているとは言わなかった。やり続けさせてくれた。それが良かった。
2曲目は、「ホテルカルフォルニア」。実は嫌いだった曲。2人で6畳一部屋。相手が夜にギターでその曲をよく弾いていた。嫌だった。最近それを聞いて懐かしく思った。人は過去を今の色に染める。今が良いと過去も良いようにする。だから人間は今でしょう。なんてうまくまとめて(サワコ)。青春の思い出。
やはり本を書きたい。小説。恋愛小説を出したい。前から書いている。ところが時代が変わったらすれ違いシーンを書き直さないといけない。電波が通じなかったと書いた。今はそんなことはない。書き直すかと思うと憂鬱。もっと前に出しておくのだった。
感想;
やってみたいことをとことんやってみる。
当然、失敗もしますが、そこから学ぶことが大きいのでしょう。
初めての番組ディレクターだと、その人が担当した番組を見るとのこと。
予習など準備をしっかりされていることがうかがえました。
相手に伝わる言葉を探して話す。
相手の立場でものごとを考えておられるのでしょう。