幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

阿川佐和子さん「サワコの朝 高橋一生さん」 ”芸歴30年!”

2019-07-13 08:02:18 | 生き方/考え方
芸歴30年。1980年生まれ。8歳の時子役劇団に。
「池袋ウエストゲートパーク」出演
TBS「カルテット」出演
いろいろなタレントランキングに上位に。

主演が多くなってきた。主演をやって気づくことがある。
台本がきれいだと言われている。
会話のある部分がわかるとその後の言葉がわかってくる。
映画が好きだった。
母が昔子役をやっていた。
外であまり遊ばない子どもだったら。
祖母が劇を見て喜んでくれて、それが子役をやってみよと思い、原動力になっている。

1曲目 松任谷由実「水の影」
小学校4年生まであまり音楽は聞いていなかった。
母の部屋にカセットテープを見つけたら、それが歌えた。
初めてなのに歌えた。胎教だったようで、怖くなって「お母さん!」と呼んでしまった。
母のことを思い出す。4年前に母が亡くなった。
母がユーミンをよく聞いていた。
母と一緒にドライブしたときに、ユーミンの曲をかけていた。
かけていると母は喜んでいた。
とてもアグレッシブな母だった。
兄弟5人。18歳の時に一番下の子が生まれた。
自分だけ「兄」と呼ぶ。他は名前で呼び合っている。
今まで通りの関係。

「一生」は三宅一生さんから。
気に入っている。すがすがしい。

「ほしをつぐもの」が映画初めてだった。小学校3年生の時。たけしさんが出ている映画。
将来俳優でやるとは思っていなかった。
劇団に所属していたがしばらく仕事をしていなかった。そんな時に事務所から母に電話があり、ジブリ映画の声優を中学生の時にオーディションで受かった。
声優やり演技もしてみたいと思った。
堀越学園に行った。岡田准一さんがサワコの朝で一生さんのことを話している。
青春時代を共に過ごした。
女子から「仲が良すぎて、できているんじゃない?」と言われたことがあった。
1年間は声をお互いかけなかった。あるとき一緒に試験勉強をすることになった。
泊っていいかと。屋上に上がって星空見たり、CD聞いたり。
それから岡田さんがよく泊まりに来た。
その時点ですでに岡田君は人気が出ていた。一緒に旅行に行くとファンに囲まれていた。
羨望している部分があった。
岡田君が「天才!」と言ってくれたからできたのかもしれない。
オーディションに落ちたのは1回だけとか。
ほとんどオーディションはほぼほぼ受かっていた。
メールは今でもときどきやり取りしている。
食事の約束をうっかりすっぽかしたことがある。
「カルテット」ではからあげに拘る言葉。
坂本さんの脚本のち密さがあった。
4人との相性が心地よかった。それまで体験できなかった。
脚本家と役者は“文通”しているみたい。
脚本家は台本を送ってくれたら、自分は演技で返している。

一人で外で食べることはしない。
周りの友人から「料理が上手い!」と言われるようになった。
昨日作ったのは豚汁。
友達が来た時に、その中の女性から「お嫁さんにしたい」と言われて、その晩は寝られなかった。
ある人が岡田准一に二人の関係を知らないで、「料理上手いから一生のところへ行こう」と言われたとか。
結婚はしたい。子どもは欲しい。
弟をそれまで育てていたので、自分の子どもを育てたいと思う。

2曲目 ピチカート・ファイブ「陽の当たる大通り」
人生のテーマソング。母と一緒に聞いていた。
最高の構図の歌。
一回でいいからやってみたい。

黒木華さん「夙のお暇」に出演する。

感想
人はいつ脚光を浴びるかわかりません。
女神が自分に微笑みかけてきたとき、それに応えるだけの力をつけているかが重要になるのでしょう。
NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」での出演が人気がでるきっかけだったと思います。
そして多くのCMや映画やTVの主演に出るようになりました。
まさに実力をつけていたからこそ、女神の微笑みを生かされたのでしょう。