上司との関係に悩む話についてです。
4つの視点からみることができるように思いました。
1)自分が出来ることをする
人を動かそうとするのではなく、自分ができることをする。
まさに、自分が変わると、自分の周りが変わって行くのです。
自分(部下)が上司へ接し方を変えたことにより、上司の自分への態度が変わって来ることがあります。
上司と部下もエコーの関係です。
2)自分はどういう人間でいたいか
相手により、自分の生活態度を変える人か、相手に関係なく発言・行動する人であるか。
嫌な相手には挨拶をしないということで、嫌な上司に挨拶をしない人があります。
上司から挨拶が無いと部下も挨拶をしないかと思います。
ここで、自分はどんな人間かということです。
嫌な人には挨拶しない人間かどうか。
相手に関係なく、挨拶をする人間でいたいかどうか。
3)職場のトラブルは上司の責任
自分が困っているということは、本来上司も困っているのです。
事象を多面的に見られるかとうか。
部下が悩んでいます。
立場を考えると、上司からみても部下にトラブルが起きると、組織の問題にもなり、上司も困るのです。
開き直って考えると、自分がそのままでも上司が困って対応する可能性もあります。
4)周りがどう見ているか
上司と部下(自分)の二人の関係だけでなく、それを見ている周りの目もある。
上司と自分の関係だけでなく、それを身近に見ている周りの目もあります。
周りの目が、二人をどう見ているか。
①どっちもどっち。
②上司が悪い。
③部下が悪い。
つい上司だけの関係で見てしまいますが、周りの目も意識するとよいかもしれません。
四知(天知ル地知る我知ル人知ル)という言葉があります。
天地の視野も入れて考えるとやるべき行動が出てくるかもしれません。
カウンセラーに相談しても、上手く行かないケースもあります。
それはカウンセラーの力量不足の場合もあるでしょう。
会社が契約しているカウンセラー会社の講師の方の説明を受けたことがありますが、
こんな人には相談したくないなと思いました。
ナチス強制収容所に入れられたヴィクトール・フランクル(体験記「夜と霧」)について、「アウシュヴィッツ収容でなかったから、それほど厳しくなかった」と発言され、驚きとがっかりしたことがあります。
フランクルはアウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所に数日滞在し死の選択のリスクがありました。
またフランクルがいた他の収容所でも多くの人が亡くなっています。
間違った知識で独自の判断をされ、ナチスの強制収容所の体験が”それほど厳しくなかった”と勝手に思われていました。
確かに、多少の差は所長によりあったようですが、600万人が殺されたのです。
発言がひどかったので、嫌味な質問をしました。
講師の方が「落ち込んだ時、ポジティブな言葉を選ぶとかして、前向きな気持ちに持っていくようにする。・・・」と言われました。
そこで「無理に気持ちを高めなくても、落ち込んだ時は、その気持ち大切にして、その落ち込んでいる状態を大切にすることも必要ではないですか?」と質問しました。
返ってきた言葉が「えらく悟られていますね」でした。
カウンセラーの力量以上に大きいのは、自分が気づくことではないでしょうか。
またアドバイスを受け入れる柔軟さがないといくらカウンセラーが優秀でも難しいと思います。
人に話す、カウンセラーに相談する、でも自らの気づきがないとよくならないように思います。
あるエッセイで、自分が小さな子どもの時家族と米国に行き、言葉が通じなくて閉じこもってしまった時、鳥の鳴き声を聞いて、鳥は日本語だと思って、それから気持ちが楽なったと。
周りの事象は変わっていなくても、自分の気持ちが変わる(気づき)と、
周りの世界が違って見えて来るのだと思います。
米国では動物の鳴き声も擬音にすると違うのですが。
余談ですが犬は確かワンワンではなく、バウバウ。豚はブーブーではなく、オインクとの擬音でした。
自分の心をカンセリングする知識と技術を身につけられたらと思います。
そのためには、生きるとは、人生とはを考え続けることが、結論はでませんが、重要だと思います。
それに役立つのがヴィクトール・フランクルが確立した”ロゴセラピー”です。
人生を豊かにする療法だと思います。
-ロゴセラピー(ヴィクトール・フランクル「夜と霧」)-
http://inorinohinshitu.sakura.ne.jp/logo.html
4つの視点からみることができるように思いました。
1)自分が出来ることをする
人を動かそうとするのではなく、自分ができることをする。
まさに、自分が変わると、自分の周りが変わって行くのです。
自分(部下)が上司へ接し方を変えたことにより、上司の自分への態度が変わって来ることがあります。
上司と部下もエコーの関係です。
2)自分はどういう人間でいたいか
相手により、自分の生活態度を変える人か、相手に関係なく発言・行動する人であるか。
嫌な相手には挨拶をしないということで、嫌な上司に挨拶をしない人があります。
上司から挨拶が無いと部下も挨拶をしないかと思います。
ここで、自分はどんな人間かということです。
嫌な人には挨拶しない人間かどうか。
相手に関係なく、挨拶をする人間でいたいかどうか。
3)職場のトラブルは上司の責任
自分が困っているということは、本来上司も困っているのです。
事象を多面的に見られるかとうか。
部下が悩んでいます。
立場を考えると、上司からみても部下にトラブルが起きると、組織の問題にもなり、上司も困るのです。
開き直って考えると、自分がそのままでも上司が困って対応する可能性もあります。
4)周りがどう見ているか
上司と部下(自分)の二人の関係だけでなく、それを見ている周りの目もある。
上司と自分の関係だけでなく、それを身近に見ている周りの目もあります。
周りの目が、二人をどう見ているか。
①どっちもどっち。
②上司が悪い。
③部下が悪い。
つい上司だけの関係で見てしまいますが、周りの目も意識するとよいかもしれません。
四知(天知ル地知る我知ル人知ル)という言葉があります。
天地の視野も入れて考えるとやるべき行動が出てくるかもしれません。
カウンセラーに相談しても、上手く行かないケースもあります。
それはカウンセラーの力量不足の場合もあるでしょう。
会社が契約しているカウンセラー会社の講師の方の説明を受けたことがありますが、
こんな人には相談したくないなと思いました。
ナチス強制収容所に入れられたヴィクトール・フランクル(体験記「夜と霧」)について、「アウシュヴィッツ収容でなかったから、それほど厳しくなかった」と発言され、驚きとがっかりしたことがあります。
フランクルはアウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所に数日滞在し死の選択のリスクがありました。
またフランクルがいた他の収容所でも多くの人が亡くなっています。
間違った知識で独自の判断をされ、ナチスの強制収容所の体験が”それほど厳しくなかった”と勝手に思われていました。
確かに、多少の差は所長によりあったようですが、600万人が殺されたのです。
発言がひどかったので、嫌味な質問をしました。
講師の方が「落ち込んだ時、ポジティブな言葉を選ぶとかして、前向きな気持ちに持っていくようにする。・・・」と言われました。
そこで「無理に気持ちを高めなくても、落ち込んだ時は、その気持ち大切にして、その落ち込んでいる状態を大切にすることも必要ではないですか?」と質問しました。
返ってきた言葉が「えらく悟られていますね」でした。
カウンセラーの力量以上に大きいのは、自分が気づくことではないでしょうか。
またアドバイスを受け入れる柔軟さがないといくらカウンセラーが優秀でも難しいと思います。
人に話す、カウンセラーに相談する、でも自らの気づきがないとよくならないように思います。
あるエッセイで、自分が小さな子どもの時家族と米国に行き、言葉が通じなくて閉じこもってしまった時、鳥の鳴き声を聞いて、鳥は日本語だと思って、それから気持ちが楽なったと。
周りの事象は変わっていなくても、自分の気持ちが変わる(気づき)と、
周りの世界が違って見えて来るのだと思います。
米国では動物の鳴き声も擬音にすると違うのですが。
余談ですが犬は確かワンワンではなく、バウバウ。豚はブーブーではなく、オインクとの擬音でした。
自分の心をカンセリングする知識と技術を身につけられたらと思います。
そのためには、生きるとは、人生とはを考え続けることが、結論はでませんが、重要だと思います。
それに役立つのがヴィクトール・フランクルが確立した”ロゴセラピー”です。
人生を豊かにする療法だと思います。
-ロゴセラピー(ヴィクトール・フランクル「夜と霧」)-
http://inorinohinshitu.sakura.ne.jp/logo.html