幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「荘子 古代中国の実存主義」福永光司著 ”今を精一杯に生きる!”

2020-09-25 09:02:28 | 本の紹介
・荘子の哲学は人間がどのようにしたら不自由な現実の中で、囚われることのない自由な自己をもちうるかを明らかにしたものである。

・自由とは荘子にとって、それぞれの自己として、それぞれの自己の直面する極限状況の中で、なおかつ生きてゆくことであった。

・人間はただ理由づけることのできない必然によってこの世に投げ出された自己の存在に対してだけ責任をもてばよい。

・荘子にとって人間存在は初めから孤独であり-すがるべき神をもたず、不安にさらされた絶望的な存在であった。しかし、人間はそれにもかかわらず、その孤独と不安に耐えて生きてゆかなければならない。生きてゆくことが荘子の決意のすべてであった。

・理性的であり合理的であることは何よりも望ましいことではあるが、現実の人間生活は余りにも非合理的であり反理性的でありるぎる。

・荘子の生きたのは凶暴な権力が横行し、迷妄と死と悲惨がうずまいた最も非合理的な歴史的現実であった。彼はその歴史的な現実の中で人間とは本来何であるのかを問い、価値とは何か、理に適った生き方とはいかにすることがであるのかを問うた。

・荘子はいつわりのないもの、飾りのないもの、純粋なものを熱愛する。彼は命を害うもの、真実を歪めるもの、自由を束縛するものを何よりも激しく憎む。

・たしかに人間の心ほど不可解なものはない。強いといえばこれほど強いものはなく、弱いといえばこれほど弱いものはない。温かいといえばこれほど温かいものはなく、冷たいといえばこれほど冷たいものはない。

・まことに人間の欲望は無限である。一つの欲望が充たされれば他の新しい欲望はまた、さらに新しい欲望をうむ。それはあたかも、汲めども汲めども尽きることのない魔法の泉の限りない深さを思わせる。人間とは所詮、欲望に生きる存在なのである。人間はこの限りない欲望に支えられて勤勉となり聡明となり、人類を他の動物と分かつ輝かしい文明を築きあげてきた。

・人生の第一義は限られた自己の人生の全体を、安らかに、また満ち足りたものとして生きることにある。

・人間の知は現在を未来と、あるいは過去と結びつけることを教える。しかし、人間の不安は時として未来に向けられた瞳の中から湧きあがり、悲哀は時として過去をふり返るまなざしの底からこみあげてくる。未来は人間にとってバラ色の幸福を期待させる希望であるとともに、灰色の不幸を予測させる絶頂でもある。過去もまた人間を慰めはげますとともに辱かしめ失望させる。
人間の精神において期待と絶望、慰めと失望とは同じものの表裏である。

・人生の幸福は遠い空の彼方にあるのではなくして、身近な自己自身の生活の中にある。その幸福は地に落ちている鳥の羽を拾いあげることよりも容易であるのに、今の世の人間はそれを拾いとるすべをしらない。人生の幸福とは安らかな自己を生きることの謂いではないのか。

・事象の表面に釘づけされるのではなくして鋭く本質的なるものを見ぬき、事態の局面的な面だけを見るのではなくして広く全体を見わたしてゆく叡智である。有限なるものを無限の中に位置づけ、対立するものw対立の根源に還元し、変化するものの中に変化しないものを、相対の中に絶対を観る叡智といいかえてもよい。

・物はそれを見る角度なり立場なりによって「然ルモノ」ともなり、「然ラザルモノ」ともなる。

・物それ自体に「然」と「不然」の限定があるのではなく、それを「然」と「不然」の限定があるのではなくて、それを「然」として「不然」とする人減の角度や立場に限定があるのである。

・この世界において、もし不変の真理があるとすれば、それは一切が不変でない-一切が変化するという真理だけである。

・かけがえのない自己の人生をかけがえのない自己の人生として見つめ、この自己の人生を豊かにし深め、会得し愉しんでゆくのが彼の人生態度である。

・至人は「外物によって己を易(か)えず」「人に順って己を失うことがない」

・予言や宗教の名を借りたいかがわしい迷信が社会に横行するのは、人間が実存世界の真相に対して無知だからである。

・人間の自由とは、自己に与えられた必然に自己が従ってゆくことの自由である。一つの必然として与えられた自己の生を自己が自己の生として生きてゆき、一つの必然としてあたえられる自己の死を自己が自己の死として死んでゆくことの自由である。もしくは、与えられた自己の原罪を自己の現在として、精一杯に逞しく生きてゆくことの自由である。この自己にとってただ一つ確かなことは、この自己が今ここに生きて在るということである。過去は過ぎ去ったものであってもはや現在しない。未来はまだ現在しないものであって確かなものではない。今日ここに生きて在る事故が明日もまた生きて在るという保証はどこにもなく、人生は常無きものである。人間は一瞬一瞬に断絶の深淵の上をふまえながら、その断絶を一つの連続として自己の一生を生きてゆく、絶えず死の前にたたされているのが人間の生である。
だから、至人は自己に与えられた現在を自己に与えられた現在として精一杯に生きてゆく。人生の常無きことを知るが故に自己の現在をかけがえのないものとし、自己の現在をかけがえのないものとするが故に現在を精一杯に生きる。

感想
自由とは何でもできる自由なのではなく、その環境で何をするかの選択の自由があるのです。
しなくてもよい選択もあります。

あるものは今ここの自分です。
過去を悔い、未来を心配する時間があれば、その時間を今に使うことなのでしょう。
過去の悔いを今に生かし、未来の不安のためにいまできることをする。
精一杯生きていく。
自問することは、今自分は精一杯生きているだろうか?
失敗してもできなくても精一杯やっていればそれで十分なのでしょう。
かけがえのない人生にするために。

まずはどんな状況においても、生きていくことなのでしょう。
そしてそれ自体が価値があるのでしょう。

荘子(ウイキペディア)

「面倒くさい女たち」河合薫著 ”女性の占める割合が40%にならないと差別は分け隔てが消え、正当に評価される”

2020-09-24 07:53:53 | 本の紹介
・「面倒くさい女性」は、社会的地位や組織的地位や組織のポジション、ましてや権力など持っていなくても存在し、男性のみならず同性の女性からも面倒くさがられます。

・本「ベスト・パートナーになるために」
「男は火星から、女は金星からやってきた」

・多数派(=男性)は目に見えない結束力を持ち、少数派(=女性)を特別視します。多数派は常に強者で、少数派は弱者となる。そして、多数派には多数派の規範があり、それを逸脱する少数派の言動は「面倒くさい」。この瞬間こそが「ババアの壁」です。

・“女王蜂”は育児も仕事も完璧に両立するスーパーウーマン。「女性カースト最上階」に属する女性エリートです。

・「ガラスの天井」は最上階にあるのではなく、階層組織のすべての階層に蜘蛛の巣のごとく張り巡らされているのです。その蜘蛛の巣をくぐり抜け、なんとか「男性カースト最上階」の下にたどり着いたのが女王蜂です。

・女性が男性と同等に評価され研究助成金を得るには、「最高ランクの学術誌に男性の2.6倍もの論文を発表する必要がある」としました。(スウェーデン医学研究評議会による研究助成金の審査過程の検証より)

・シェリル・サンドバーグ「リーン・イン 女性、仕事、リーダーへの意欲」
 ・ハーバード大学経済学部主席卒業
 ・マッキンゼー
 ・財務長官ラリー・サマーズの下で働き
 ・Google
 ・Facebook初の女性役員
「女性ならではの自信のなさやしり込みを捨て、勇気を出して身を乗り出そう」
私にはサンドバーク氏が」働く女性たちの行動に問題がある」とはなから決めつけているようで、残念でたまらないのです。

・問題は女性の行動にあるのではなく、昇進を決める上司にあった。女性に対する偏った見方が、女性たちの生とな評価を妨げていることをセンサーが暴きだしたのです

・問題は男性議員だけにあるわけではありません。本当に残念な話ですが、女性議員の中には、飲み会に必ず付いて行って親しくなることで地位を得ようとする人がいます。そうした女性議員が役職を得ていくので、よりタチが悪くなっています。彼女たちは、男性議員が喜ぶことが何かを、本能的にわかっている。意見する女性議員を嫌う傾向も強い。

・男女平等の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」(2017年)「政治参加」
フランス9位、オランダ25位、オーストラリア54位、イタリア46位、144か国中、堂々114位の日本とは大違いです。

・サッチャー氏(元英国女性首相)の「女を武器」にするやり方に、嫌悪感を抱く女性もいるかもしれません。しかし、偏見のまさざしに屈するのと、巧みに使うのは別。前者は自己を捨てることで、後者は自己の応援団を増やすための行為です。

・(上司からの誘いに対して)「NOと言えなかった」のではなく、「NOと言わなかった」。NOと言わない選択をした自分が、そきに存在したのです。

・「妊娠等を理由とする不利益取り扱い及びセクシャルハラスメントに関する実態調査結果」(2016年)
 ・セクハラ経験者が多い職場トップ3
 1) 職場の特定の人や係に仕事量が集中している
 2) 職場の特定の人しかできない業務が多い
 3) 恒常的に残業や休日出勤が多い
 ・セクハラ経験者が少ない職場トップ3
 1) 職場には小田井助け合おうという風土がある
 2) 職場は意見が言いやすく風通しがいい
 3) 職場のリーダーは社員間の業務分担等を良くマネイジメントしている

・コミュニケーションの決定権は受け手にあります。男であれ女であれ、上司(=送り手)のメッセージの意味を決めるのは部下(=受け手)。

・男性は他者と「する(do)」ことで、女性はその他者とともに「いる(be)」ことで、「自分の存在」を確立しているのです。

・「我思う、ゆえに我あり」(フランス哲学者ルネ・デカルト)
「我々思う、ゆえに我あり」(米国の社会学者チャールズ・ホートン・クーリー博士)
「我々は自分の容姿や身ごなしや、目的や行為や性格や友達その他についての何らかの考えを、他人の心の中に想像し、その考えのいかんによってさまざまな影響を受ける」

・「若者たちの社会への反発は、彼らが社会との距離をつかんでいく葛藤のプロセスであり、『これが私だ!』という確信を得るための必要不可欠な行為」(エリクソン博士)

・社会的動物である人間は、常に他者との関係性の中で社会的役割を演じています。真に健康な人間とは、一方において「個」を確立し、それが他者との分離を促進することなく、逆につながりを強化する。これが「成熟した人間」の姿なのです。

・帰宅が22時を大幅に過ぎる夫の中に妻と良い関係を保っている人たちがいました。事前に自宅に電話を入れたり、出張先から自宅に電話したりすると、夫婦家庭関係が良好で、妻から「うちの夫は家族も家庭も大切にしています」と評価されていたのです。(東京都立労働研究所「中壮年男性の職業生活と疲労・ストレス」1993年)

・父親が天才を育てる?
1) 父親に絵本の読み聞かせをしてもらった子どもは、言語表現が豊かになる(ハーバード大学の研究)
2) 積極的に話しかける父親の元で育った子どもは、あまり話しかけない父親の元で育った子どもに比べ、3歳時点での言語能力が高い(米ノースカロライナ大学の研究結果)
3) イギリス国立児童発達研究所が、7歳・11歳・16歳の児童1万7千名を対象にした30年間の追跡データを、英オックスフォード大学の研究チームが分析した結果、子供の成長にお父さんとの会話の重要性が示唆された。

・「もの言う女を嫌う空気」の圧力はすごい。

・ボストン大学による研究結果
 1)「チーム力を向上させるアイデアを発言する人」(前向き)は高く評価され、グループ内でのステータスが上がり、リーダーになる可能性が高まる。
 2)「チームの問題点を指摘し、それを止めるように求める人」(否定的)は評価されず、リーダーシップを期待されることもない。

・阿部玲子さん(インドの建設コンサルタント会社のトップ)
 ・山口大学工学
 ・神戸大学大学院トンネル工学
 ・土木エンジニアとしてゼネコン入社
 ・「女性が建設中のトンネルに入ると嫉妬深い山の女神の怒りを招き、労働者に事故が起きる」という神道の迷信が労働基準法に反映され、女性のトンネル建設へに従事など坑内労働が全面的に禁じられていたのです(旧64条2項)
 ・現状を打破するために、独学で1年間必死で英語を勉強し、社内の海外留学制度に応募。応募者数4千人の中から、見事海外留学の切符をゲットしました。「女を留学させて意味があるのか?」と、社内で反対の声が相次いで留学に暗雲が立ち込めてきたのです。「絶対に損はさせません!」と必死でアピール。1995年ノルウェー工科大学に留学しました。

・でも、不思議なもので、目の前のことをちゃんとやり続ければ、必ず「認めてくれる人」にも出会う。

・職場で男だの女だの区別されなくなる比率は「6:4」。男社会で女性が占める割合が40%になって初めて男女の分け隔てが消え、個人の資質や能力が正当に評価されます。

感想
男女差別は女性だけの努力では難しく、社会や政治が女性進出に積極的ならないとなくならないようです。
”女王蜂”の全て完璧に達成する女性がいるから、努力すればできるというのは当てはまらないとのことです。
女性が政治にも4割占めないと、森友学園や加計学園、桜を見る会などの問題はなくならないのではと思いました。

「聞く耳持たずで有言不実」海外メディアが報じた菅新政権への厳しすぎる評価 ”聞く耳持たない菅首相を支持する国民の不思議さ!”

2020-09-24 07:37:27 | 社会
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E8%81%9E%E3%81%8F%E8%80%B3%E6%8C%81%E3%81%9F%E3%81%9A%E3%81%A7%E6%9C%89%E8%A8%80%E4%B8%8D%E5%AE%9F-%E6%B5%B7%E5%A4%96%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%8C%E5%A0%B1%E3%81%98%E3%81%9F%E8%8F%85%E6%96%B0%E6%94%BF%E6%A8%A9%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%B3%E3%81%97%E3%81%99%E3%81%8E%E3%82%8B%E8%A9%95%E4%BE%A1/ar-BB19kGKK?ocid=msedgdhp ハーバー・ビジネス・オンライン 2020/09/23

 歴代最長となった安倍政権を引き継いだ菅義偉総理大臣。日本国内では「苦労人」か、はたまた「金持ちの道楽息子」かと議論がなされているが、海外ではどのように報じられているのだろう?

報道規制を進めた張本人

 まず注目したいのは、安倍政権の「レガシー」を継ぐ首相として、さっそく「国境なき記者団」(RSF)から釘を刺されている点だ。(参照:RSF)

 RSFは「先日指名された菅義偉首相に対し、2012年には22位でありながら、現在は『報道の自由度ランキング』で180か国中66位の位置にいる日本が、再び報道の自由の模範になるよう要請」している。

 この発表は予想どおりというか、これまで幾度となく記者会見で記者の質問に答えない、質問を制限していることからも、容易に想像できる反応だ。

「しばしば安倍の右腕と称される菅は、ジャーナリストに対する憎悪やメディアへ介入しようとする環境が生まれたことに対して責任を負っている。

 2019年の記者会見の際、菅は『あなたに答える必要はありません』と、繰り返し『東京新聞』の記者の質問に答えることを拒否し、ジャーナリストたちの抗議を巻き起こした。また、菅はコロナウイルスによるパンデミック下での政府の記者会見の制限にも関わっている」

 歴代最長政権下では、「教育への公的支出」は38か国中37位、「相対的貧困率」はG7で2番目などなど、さまざまな記録が打ち立てられてきたが、これらは「前政権が残した負の遺産」ではなく、菅首相が積極的に後押ししてきたものとして見られている。

「日本は基本的に報道の自由やメディアの多元主義が尊重されているが、しばしば伝統や経済的影響が、ジャーナリストたちが民主主義の番犬として完璧に機能することを阻んでいる。ソーシャルメディアでは、極端な国家主義者たちが福島の原子力災害や沖縄の在日米軍基地など国にとって“恥ずかしい”とみなされる内容を追うジャーナリストたちに嫌がらせをしている」

 こういった状況を生み出した張本人と目される菅新首相は、はたして汚名返上できるのだろうか。

さっそく指摘されたチグハグさ

 続いては「AP通信」。菅首相が外交や経済政策などを安倍政権から引き継ぎ、デジタル化を推し進めることを紹介したうえで、次のように報じている。(参照:AP通信)

「彼(菅首相)は規則改革を徹底し、既得権益を打ち倒すと述べた。しかし、新たな党内人事では、主要なポストに各派閥から均等に人員を配置しており、これは総裁選での助力に報いる動きであると見られている」

 日本国内では実際に「やったこと」よりも、「言ったこと」ばかりが右から左に報道されがちだが、海外メディアからは就任したそばから、そのチグハグさが指摘されている。

 また、日本でも注目されている外交についても、懐疑的なトーンがにじみ出ている。

「国内での政治手腕と比べ、菅はほとんど外遊をしておらず、その外交力は未知数だが、概ね安倍政権の優先事項を踏襲するのではないかと考えられている」

お先真っ暗な「女性躍進」

 菅新政権を5つのポイントにまとめて報じたのは「ブルームバーグ」だ。各ポイントは次のとおり。(参照:Bloomberg)

 1・「アベノミクス」は続く
 2・「ウーマノミクス」は失速
 3・官僚よ用心しろ
 4・外交はお預け
 5・台湾コネクション

 「アベノミクス」の継承と外交手腕については説明するまでもないだろう。

 「ウーマノミクス」については、安倍政権が掲げた女性を主要ポストの30%に就ける、「SHINE」させるという謳い文句とは裏腹に、その数値が10%にまで低下したことが報じられている。さらに閣僚の平均年齢が約61歳で、うち3人は70代。その一人が菅首相自身であることも指摘されている。

 官僚との関係については、菅首相がたびたび官僚主義を打破すると発言してきたことと併せ、河野太郎氏が行政改革・規制改革担当相、平井卓也氏がデジタル改革担当相に就任したことが取り上げられている。

 そして、台湾コネクションについては、菅首相が安倍前首相の弟、岸信夫氏を防衛大臣に就けたことが紹介されている。岸氏が台湾と密接な関係にあり、これが中国への牽制であるとの見方だ。

ミスを待ち構える若手議員たち

 最後はアメリカ「CNN」とイギリス「BBC」の英米2大メディア。CNNは菅首相が「前日本首脳の右腕」であるため、総理大臣就任は驚くべきことではないとしている。(参照:CNN、BBC)

「8月、日本は世界的パンデミックの影響で記録的なGDPの下降が報じられ、2020年4〜6月期、経済は7.8%縮小した。東京ではいまだに延期された2020年夏季五輪を2021年に開催する予定だが、そのころまでに世界的なパンデミックが収まっているかには疑問がつきまとう。

 また、日本は巨額の公債や高齢化といった長期的な経済、社会的問題に直面している。安倍が社会に呼びかけた職場での男女平等とは反対に、評論家は彼の政権時に十分な進捗はなかったと語る」

 一方、BBCは「菅義偉:予想外の日本国新首相の台頭」という見出しで、上智大学の中野晃一教授のコメントを引用しつつ、次のように報じている。

「『彼はどの派閥にも属していません。彼が権力に登りつめたのは安倍氏のお気に入りだったからです。緊急時には彼の背後にいる党の重鎮たちが奔走するでしょう。しかし、ひとたび危機が去り、重鎮たちが求めているものが手に入らないとわかれば、間違いなく権力争いが起きるはずです』(中略)

 多くの“王位を狙う若き者たち”は菅氏がミスを犯すのを待っている。そして、多くの問題が悪しき方向に向かいかねない。安倍首相が辞任を発表する前、主にコロナ対策への不満から支持率は30%まで落ち込んだ」

 就任してからまだ何も行なっていないにも関わらず、高い支持率を集めている菅新政権だが、相変わらずコロナウイルスは猛威を振るい続け、経済は低調なままだ。

 たいした要因もないまま上下高を繰り返す支持率については、おそらく本人もそれほど気にしていないだろうが、記事中でも紹介した数値(もしかしたら国内では破棄・改ざんすればすむのかもしれないが)、そして国民が肌で感じる生活苦は誤魔化しの効かないものだ。

 唯一変えられるとすれば、それは菅首相の「行動」にかかっている。海外メディアに指摘されるような「聞く耳持たず」な姿勢ではなく、総理大臣の職に恥じないような活躍を期待したい。
<取材・文・訳/林 泰人>
【林泰人】
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン

感想
海外メディアの方が、的確に菅首相を評価されているようです。

森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会、厚労省のデータ廃棄などを正当化してこられたのが菅官房長官でした。
再調査する考えもないとのことです。
その菅首相を支持ししていることは、それらの問題を適切と判断したことになるのですが・・・。

アビガン、治療薬申請へ=コロナ症状改善確認―富士フイルム "中国で効果が認めれていたアビガンをもっと早く承認していれば、どれだけ多くの人を救えたか!”

2020-09-23 14:33:00 | 社会
https://news.goo.ne.jp/article/jiji/business/jiji-200923X069.html 2020/09/23時事通信

 富士フイルム富山化学(東京)は23日、新型コロナウイルスの治療薬候補「アビガン」について、10月中にも厚生労働省に治療薬としての使用承認を申請すると発表した。国内で進めている臨床試験(治験)で患者の症状の改善に一定の効果があることを確認した。承認されれば、日本で開発された薬としては初めてとなる。

 アビガンは同社が開発し、国内では新型インフルエンザウイルス向けの医薬品として承認されている。新型コロナへの有効性や安全性を確認するため、3月に治験を開始していた。
 同社は富士フイルムホールディングスのグループ企業。 

感想
中国ではアビガンは新型コロナウイルス感染者に一定の効果があることが証明されていました。
しかし、安倍政権は承認をせずに、通常の申請にさせ時間が遅くなりました。

石田純一さん、赤江珠緒さんはアビガンを大量投与したとか。
すでに承認されているお薬で副作用もわかっています。

志村けんさん、岡江久美子さんも早くにPCR検査され、アビガン投与されていたら助かったかもしれません。

何もしなかったことによる機会損失、それは多くの死亡者を救えなかったことでもあります。
目の前に苦しんでいる人がいたら、アビガンは効果があることがわかっていれば、使うのが医療ではないでしょうか?
もし、当時安倍首相の大切な人が新型コロナウイルスにかかったら、きっとアビガン投与をお願いされるでしょう。
もちろん、自分たちはアビガン投与できる病院にかかり、多くの人はアビガン投与されない病院にかかります。

早く承認されることを願います。

「行き抜いて、息抜いて、生き抜いて」しみずたいき著 ”言葉の力”

2020-09-23 04:00:00 | 本の紹介
・忘れたくないのは
 正解探しをやめて 今を正解として生きること。
 喜びの大きさと 悲しみの深さはつながっているということ。
 癒しの大きさと 悲しみの深さは表裏一体であるということ。
 執着してはいけないと執着するより 終着するまで味わい生きること。
 競争するためではなく 協奏するために人は出逢うということ。
 そして、競争も協奏の一部だということ。
 両想いなんて存在せず 片思いがふたつあるだけだということ。
 傷ついたのではなく 気づいたんだということ。
 ふたりでいないと安心できない人になるより ひとりでもふたりでも楽しく生きられること。
 「愛されていない」という思いも 愛から生まれてくるということ。
 生き抜くことも大事だが、息抜くことも忘れないということ。

・価値観が同じ人は相性のいい人。
 でも、価値観の違いを許し合える人は愛性のいい人。

・認められたい男 愛されたい女
 根拠を大事にする男 気持ちを大事にする女
 口論すると黙り込む男 口論すると口数が増える女
 落ち込んだ時ひとりになりたい男 落ち込んだ時ふたりで話したい女
 考えが整理されたら話す男 考えが整理されないから話す女
 (女の)察してほしいところを察してあげない男
 (男の)察してほしくないところを察してしまう女
 弱さを見せたくない男 弱さを見せてほしい女
 ひとりの時間(自由)を奪われたくない男 ふたりの時間(関係)を奪われたくない女
 自分を守ろうとして関係を見失う男 関係を守ろうとして自分を見失う女
 別れた相手(思い出)を美化する男 別れた相手(思い出)を風化させる女
 男の着ぐるみが剥がれると女々しい乙女になる男 女の着ぐるみが剥がれるとたくましいオッサンになる女
 問題を解決(Doing)すればいいいと思う男 自分を理解(Being)してほしいと思う女

・素直な人を求めるより、素直な自分でいられる相手を手放してはいけない。
 自然体な人を求めるより、自然体な自分でいられる相手を手放してはいけない。
 優しい相手を求めるより、優しい自分でいられる相手を手放してはいけない。
 大事なのは、あれもこれも欲しがることではなく、本当に欲しいものがわかること。
 「うまくやる」よりも「熱くやる」こと。
 「何をするか」よりも「どんな自分でそれをするか」がカギ。

・人を癒すという行為は、本当は自分を癒しているのかもしれない。
 人を育てるという行為は、本当は自分を育てているのかもしれない。
 人を励ますという行為は、本当は自分を励ましているのかもしれない。
 人を笑わせるという行為は、本当は自分を笑わせているのかもしれない。
 人を愛するという行為は、本当は自分を愛しているのかもしれない。
 人にアドバイスしたはずの言葉が、本当は自分に言ってほしかった言葉かもしれない。
 誰かのためにと思っている行為は、本当は自分に向けられたものかもしれない。
 そう考えるとこの世界のものはすべて、
 「ひとつのいのち(本当の自分)」につながっているのかもしれない。

・「悩み」はいずれ「思い出」に変わり、「涙」はいずれ「経験」に変わる。
 「傷」はいずれ「気づき」に変わり、「出逢い」はいずれ「絆」に変わる。
 「育児」はいずれ「育自」に変わり、「苦労」はいずれ「感謝」に変わる。
 「試練」はいずれ「宝物」に変わり、「哀」はいずれ「愛」に返る。

・意識が目を覚ます時、
 「人生で自分が何をやりたいか」よりも、
 「人生が自分に何をさせようとしているのか」
 ということに気づきます。

・幸せの流れに乗る人の考え方
 ・抵抗しない、無理をしない。
 ・比べない、決めつけない。
 ・休みと動きのメリハリがある。
 ・「まっいいか」と受け入れる。
 ・自分や相手をコントロールしない。
 ・タイミングが悪かったと考え、誰のせいにもしない。
 ・他人に頼み事ができる。

・運命の扉が開かれる前には、
 必ず「ハプニング(happening)」があり、
 その後誰かとの「出逢い」がきっかけとなり、道が開かれていく。
 「Happening」は、「Happy」の予告編。

感想
「Happening」と「Happy」は語源が同じだそうです。
運を現象とみるとハプニング。
運を幸せにできたらハピー。

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/4003199.html
3.hapは古代ノルゥエー語からの借用語で、原義は「運」「つき」といった意味があります。
4.そこからhappenは「偶然起こる」という動詞になり、happyは「運のある」「幸運な」としてluckyと同意で使われるようになったものです。

そう考えると運とは縁なのかもしれません。
悪運/良運はその後の対応の仕方に左右されるかもしれません。

好きな言葉「有縁を度すべし」があります。
縁をどう生かすかは、まさに自分の選択肢なのでしょう。
やりたいことがあればやってみる。
好きな人がいれば声をかけてみる。
結果を気にせずにチャレンジすることなのでしょう。
聖書「山上の垂訓」に「門を叩け、さらば開かれん!」があります。
門が開くかどうかは叩いてみないとわかりません。
その前に自分で、この門は開かないものだからと諦めていると開くことはありません。
自分の心をイソップ「すっぱい葡萄」の例えのように納得させるのでしょう。

もう一つ好きな言葉に”人惑”があります。
https://www.engakuji.or.jp/blog/30164/
”人惑”

自分の考えだと思っていることが実は親から先生から社会から強いられているのかもしれません。
そこから自由になりなさいとの教えです。
社会心理学のワッソはそれを「社会的催眠」と訳しました。
その人惑が自分を苦しめているのです。
「社会のために生きなさい」とか。
「親には孝行しなさい」とか。
認知行動療法では、認知の視点を柔軟にします。
論理療法では間違った論理を正しい論理に修正します。
自分が自分を苦しめることほど苦しいことはありません。
どこまでも追いかけてきます。
時には夢の中まで。

自分の好きな言葉をメモし、その言葉が力を与えてくれます。
誰かのために、何かのために生きられたらステキです。
でもそれも強いるものではありません。
自らそうしたいと思ってそれが少しでもできたときに、思いもかけない贈り物をいただけるのでしょう。