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「婚姻届」
上田「アホか!!何考えてるんやお前!!」
水口「キャーッ!上田君に腕つかまれた~!」
「男の人に体触られたんは初めてや~!」
「キャーッ!責任とってよーっ!」
こりゃぁタチが悪い・・もう無視無視。
前の席の『富長』が声を掛けてきました。
「ひゃーっ、水口ちん大胆ん~、上田君もう結婚しぃ~」
「ところで上田君、コーチって何のコーチ?」
『富長』は三重県出身のブリっこ女子です。
いつも白塗りの顔でハイテンションでした。
「ぷっつん」とか言われていました。
「そのコーチじゃないよカヨちゃん、高知、高知」
その横から割って入ってきたのは
岡山出身の『中崎』でした。
南田洋子のようなオカッパ頭の『中崎』は、
女の子グループの中では一番普通に見えました。
「何か上田君モテモテやなぁ~、微笑ましいワ~」
後ろからおばちゃんが喋りました。
おばちゃんは地元大阪の『玉居さん』でした。
37歳の『玉居さん』は数年前に旦那さんが亡くなり、
小学生の息子さんのために資格をとって働くのだそうです。
「南ちゃんも上田君のこと好きやって言うてたで~」
前列で顔を真っ赤にしている女の子、
『南ちゃん』は中卒の大人しくて可愛らしい女の子でした。
ほとんど喋りません。
ノートの文字は平仮名だらけでした。
朝飯はいつもカール(菓子)だそうです。
「上田君、ええ子そうやもんなぁ~」
同じく後ろから『堀江さん』が言いました。
24歳の『堀江さん』はアクセサリー業からの転身でした。
制服のスカートが短かったり、
甘ったるい声に大人の色気を感じましたが、
アゴのしゃくれたお姉さんでした。
休み時間に中卒の女の子が近づいて来ました。
『山田』という目の細いガタイのいい女の子で、ボヘミアンヘアーは茶色に染まっていました。
山田「上田君、チクリン君といつも帰ってるやろ~」
「付き合いたいって言ってくれへん?」
上田「・・・ええよ、(無理やと思うけど)」
数日後、チクリンと山田は付き合うようになりました。
上田「・・・(チクリンえらい!)」
学校でのお昼は弁当派と食堂派に分かれました。
チクリンと一緒に5階の食堂に向かいました。
食堂は多くの生徒でごったがえしていました。
うどん・親子丼・定食、いい匂いが充満しています。
「美容科」の連中が偉そうに縄張りをつくって威嚇していました。
少数の「理容科」は隅のほうで静かに食べました。
食後にトイレに行きました。
美容科の悪そうな3人組が堂々とタバコを吸っていました。
入り口付近で「色白の金髪君」が足をかけてきました。
少しバランスを崩した僕は、反射的に睨みました。
横にいた「小柄なパンチパーマ君」がイキがって聞いてきました。
パンチ「おまえ理容科やろ、歳何ぼじゃ」
上田「・・・(こいつら中卒やろ)」
無視して小便器に向かい、背中を向けて小便しました。
パンチ「聞こえとるんか!コラ!」
とその時、
遅れてチクリンが入ってきました。
チクリン「おうおう、何かオモロそうやんケ」
チクリンは岸和田暴走族として名があるらしく、3人組は大人しく出て行きました。
教室に帰ってくると、理容科もタバコの臭いがしました。
(タバコとケンカは即退学らしいです)
下校時は、
3階教室から1階下駄箱まで階段を下り、靴に履き替え、細い通路を通って学校を出ます。
通路横には「実習室」という調髪料金600円の散髪施設があります。
その実習室を教室として使っている「組」がありました。
「理容科秋組」
「秋組」は秋入学・秋卒業です。
何らかの事情で学校を中退した人達などが3・4人いました。
その中に「江島」という怪物がいます。
関美歴代ナンバー1のワルだそうです。
先生達みんなが、「目を合わさないように!」と注意を促すほどの危険人物です。
1階通路を通るときだけは左側実習室を見ないように、
みんな顔を右に向けて帰るのでした。
何ちゅう学校や・・・
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関美学園300人の生徒は50人単位でクラス分けされ、
美容科5クラス(うち2クラスが中卒組)に対し、理容科1クラス(中卒混合)で、
「理容科」は圧倒的少数でした。
「美容科」には男子がちらほらいました。
美容科の男子はどこかオカマっぽいか、バリバリのヤンキーでした。
ヤンキー連中はとても「美」を極めるために入学したとは思えず、
「他に行くところが無かった」という感じでした。
「美容科」の女子はド派手に金髪にしていたり、
物凄いパーマをあてたりしていて、やはりヤンキーが多数でした。
美的センスを疑いたくなるような自己主張が目立ちました。
少数の「理容科」は飾り気も無い「ムッサイ集団」でしたが、
ちゃんと「職」として理容科を選んでいる感じで、美容科に比べると随分まともに感じました。
理容科の教室は狭い室内に長テーブルが幾つも並んでいました。
長テーブルを2・3人で共有します。
僕の隣は中卒の「仲田」という幼い顔をした男でした。
仲田「おいウエダ!え?ウエダじゃなくてウエタ?」
「どーでもええがな!」
「上田!お前何処の中学出身や?」
上田「ん?中卒じゃないぞ、高卒、高卒」
仲田「えー?上田、あ、上田君、高卒!?」
「何かおぼこい感じやったから同い歳かと思うたワ」
「えー?高校は公立!?」
「頭ええんやな~」
初対面の年下から「君」付けされたことに違和感がありました。
田舎では年上には敬語が徹底されていて(特に体育会系)、
年下の馴れ馴れしさにはなかなか慣れませんでした。
それに「公立」=「頭がいい」という考えにも驚かされました。
最初の授業は自己紹介で始まりました。
出席番号2番の僕が「高知県出身です」と言うと、
隣の仲田が「えー!?」と言いました。
入学して一週間もすると学校生活にも少し馴染んできました。
朝、羽衣駅に電車が到着しました。
いつも乗り込む位置を3両目の前側と決めていました。
扉が開くと同じ理容科の奴が既に乗っていました。
『チクリン』と呼ばれる精悍な顔をした奴でした。
チクリン「上田君、いつもココから乗ってきてるやろ!?」
「これから一緒に行こうや、な!」
チクリンは高校中退の年下で、ケンカの強そうなゴツゴツとした体をしていました。
チクリン「あ~眠いワ・・オレな、夜は族やってんねん」
「上田君そんなん興味ないんケ」
「ごっつい真面目そうやもんな」
チクリンは岸和田に住んでいて、言葉の最後に「ケ」がつく岸和田弁でした。
「暴走族チクリン」と「難波」に到着しました。
電車は「なんばCITY」というショッピングタウンの3階に到着します。
「南出口」に向かうため、少し歩いて階段を下ります。
2階改札付近が広場になっていて自販機が並んでいます。
そこには南海高野線から到着した関美理容科の連中が先に5・6人たむろしていました。
全員がタバコをふかしながら迎えてくれます。
「おう上田!おはよう!」
「上田君おはよう!」
まだ大阪弁がうまく喋れず、どうしても無口になり、
「おとなしい」とか「クール」とか言われていました。
ここで朝のタバコを共にするのは、喋れずともいいコミュニケーションになりました。
中卒の「花木」「深尾」がトイレからフラフラとした足取りで現れました。
チクリン「お前ら、またシンナー吸っとったんか!?」
(こんな奴らと毎日登校せんといかんのか・・)
一ヶ月もすると、理容科の教室の中で友達グループが複雑に出来上がりました。
「高卒グループ」(実質理容科のリーダー的存在)
「高校中退グループ」(必ず何かの問題を起こす)
「中卒グループ」(おとなしい組とやんちゃ組)
「女の子グループ」(少数のため、よくいじめられる)
「社会人グループ」(何らかの事情で会社を辞めた人達)
僕は居心地のいい高卒グループに紛れ込みました。
高卒鳥取出身の「東野君」は入学以来一度も学校に来ませんでした。
「どうしても満員電車に乗れない」という理由で学校を辞めました。
シンナーの「花木」が学校に来なくなり、そのまま辞めました。
席替えでは自分の周りは女の子だらけになりました。
すぐ隣は『水口』という福井県出身の女の子でした。
「水口」はアフロパーマのようなクセ毛で、
マネキンのような体の細さでした。
色白の顔に真っ赤な口紅が目立ちます。
男子達からは「きもいマネキン」と言われていました。
水口「上田く~ん、あの~、これに名前書いてくれるぅ~~」
両手を使って何かの部分を隠しながら白い紙を差し出してきました。
あまり関わりたくないので、
何も考えずさっさと名前だけ書きました。
水口「ありがとう~、あの~、印鑑とか持ってない~?」
何か危険なニオイを察知し、
上田「ちょっと、その手で隠してあるとこ見せて?」
水口「え!それは・・・あ、いや~~!」
強引に水口の細い両腕を掴み、払いのけました。
するとそこには「婚姻届」の文字が・・
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「入学式」を迎えました。
「頑張ってくるんやでぇ~~」
二人のオバサンに見送られアパートを出ました。
慣れないネクタイに苦労しながら南海電車に駆け込みました。
朝9時を過ぎるとラッシュ時の混雑はありません。
自分と同じ制服の二人組の女性を見つけました。
何やら楽しそうに喋っています。
その様子からは緊張感は少しも感じられません。
「都会人の余裕なのか・・」
(自分なんか揺れる電車に立っているだけで大変なのに・・)
停車駅毎に同じ制服が乗り込んできました。
近くに居た乗客達が言いました、
「コイツら何処の制服や!?」
「カンビか?」
「あ~関美や、関美」
何か馬鹿にしているような口調が少し気になりました。
「難波」に着く頃には同じ制服の人達が長い列を作りました。
紺のブレザーの上下、白シャツに赤ネクタイ、
胸には赤く「KBC」のロゴマーク、
(カンサイ・ビューティー・カレッジ)
それに「レノマ」もどきのこげ茶の大きな手提げカバン。
「入学式」は約300人の若者が集まりました。
2階の大教室は人で埋め尽くされました。
パイプ椅子の連結なので、
普通に座っていても両隣の女性に肩が当たってしまいます。
そんな事を気にしながら辺りを見渡すと、やたらと金髪が目立ちました。
田舎ではこんな金髪の集団にはなかなかお目にかかれません。
「校長先生」は70代位の背中の曲がったおばあちゃんでした。
どうやら入れ歯らしく、
話の合間に「カラコロカラコロ」と音がします。
とても年季の入った大阪弁で、
「まあ皆、一生懸命に頑張ってナ・・カラコロ」
「せやけど途中やめたらアカンでぇ~・・カラコロ」
などのらりくらりと喋ります。
他の先生方が一緒になって笑っている姿を見て「名物校長なのかな?」と思いました。
大阪府知事代理、大阪市長代理、○○代理など「代理組」の長~い話の後、
国歌斉唱に続き「校歌斉唱」ということで小さなプリントが配られ、
初めての校歌を合唱します。(歌える訳ない!!)
「白い仕事着 明るい陽ざし~♪」
「若い指から 産まれる美人(ビーナス)~♪」
「香るシャンプー 光る髪~~♪」
「仕上げのスプレー虹をはく~♪」
「ああ~われら関西美容生~~~♪」
(何じゃ?この校歌・・・)
「社会を正す 聖業も~♪」
「家庭を整える 幸福も~♪」
「髪ひとすじの 誠から~♪」
「握るわが手の 鏝(コテ)鋏~♪」
「ああ~われら関西理容生~♪」
(・・・)
声にならない「んー」とか「ふー」とか、
変な合唱が大教室に響きました。
入学式も終わりに差し掛かった頃、一人の職員が言いました。
「皆さん!これから各教室に移動して頂きます!」
「そこで各担任よりお話・説明などがありますので・・」
「・・それではまず理容科の皆さんに移動して頂きます!」
「理容科の皆さんお立ちください!!」
300人の中から理容科の人達がポツポツと立ち上がりました。
茶髪で化粧の厚いおねえさん方とはひと味もふた味も違い、
「もっさい」野郎どもばかりです。
女の子も数人いました。
人間観察も兼ねて、別教室に向かう列の最後尾に付けました。
最後に教室に入ると当然空いている席は一つだけでした。
何と、すぐ隣はどう見ても『おばちゃん』が座っていました。
それどころか落ち着いて辺りを見渡すと年齢は様々でした。
「あっ」
受験会場にいた「丸坊主君」もいます。
ピリピリとした緊張感の中で白衣姿の先生二人が口を開きました。
「皆さん、一年間よろしくお願いします!」
「私が主任の長島です」
『長島先生』
少し大柄でジャンボ鶴田似、
自分より一回り年上、男の子二人の父、
性格は穏やか、無駄を嫌う、巨人ファン。
「私が副主任の古尾です、よろしくお願いします!」
『古尾先生』
細身のピノキオ顔、
7:3分頭で、垂れてくる前髪を中指で持ち上げるのがクセ、
独身、かなり神経質、
長島先生より少しだけ年上らしい
この他に『藤本先生』(20代の少し太め、ニキビ顔)がいて、
この3人が理容科の担任でした。
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