■12■
学校は2学期に突入しました。
「理容科秋組」は卒業し、
1階実習室から「怪物江島」も姿を消しました。
「ヨハネスブルグ」のような危険な教室は、普通の実習教室に生まれ変わりました。
実習室には散髪屋の理容椅子が8台もありました。
生徒同士が相モデルになり、シャンプーの練習をしたりしました。
ついに「シェービング」の練習が始まりました。
1学期から砥石で研磨してきた日本刀カミソリを使います。
日本刀は指で挟んだ髪の毛1本を「押す」だけで切れるように研がれています。
上手に研磨出来た者から「実習室」で練習できます。
当然真面目に授業を受けていたり、
研磨センスのいい者達から「シェービング練習」始まりました。
「第一グループ」として、
僕と幼顔仲田(中卒)、福嶋と今中(高卒)、が選ばれました。
相モデルでお互いに剃り合います。
仲田「緊張するな~、上田君顔切ったらゴメンやで~ハハハ」
幼い顔立ちの割に肝が据わっていそうな『仲田』がつぶやきました。
上田「仲田のカミソリよう切れるもんな~、怖いワ」
仲田「親父に教えてもらってん」
「親父最近転職して料理人やってんねん・・」
上田「転職って、前は何やっとんたん?」
仲田「ヤクザ」
上田「・・・」(ヤクザの息子に刃物持たして大丈夫か?)
古尾先生「ハイ!私語禁止!!」
「それでは始めます・・」
大人しくなった「新・秋組」と共に「シェービング練習」は始まりました。
手にカミソリを持つので実習室は緊張感に包まれました。
切れ味抜群の日本刀カミソリは簡単に肌を傷つけ、血が出てきます。
「痛ッ!」
秋組のモデルが思わず声を出しました。
どうやらニキビを傷つけてしまったようです。
額の端から一筋の血が流れました。
古尾先生が落ち着いた様子で止血作業をしました。
ティッシュでしばらく押さえ、その後「薬用メント―ルクリーム」を塗りこみます。
上田「仲田っ、頼むぞ!マジメにやってくれよ」
仲田「アカン・・血ぃ見たらホンマに緊張してきたワ・・」
その時、
職員室の方から何やら外国人の集団が実習室に入ってきました。
関美の姉妹校、
フランスパリの「リセ・エルゼ・ルモニエ校」の視察団でした。
シェービング中の仲田に質問が飛びました。
フランス兄「ムニャムニャムニャ・・」
フランス姉「ムニャムニャムニャ・・」
通訳「毛を剃ると毛深くなりませんか?」
仲田「・・知るかいなそんなもん!」
「ジス・イズ・ア・ペン!」
一同「ハハハハハ!」
古尾先生「ハイ!私語禁止!!」
「毛深くなりませんよ、」
「メイクのノリもよくなります」
「どうです?試しに今から剃られてみては?・・」
フランス姉「ノノノノノノノノ」
先発部隊の僕達は数を重ね、
他の連中がシェービングデビューする頃には、剃られるモデルになることが増えました。
僕は『東君』のモデルをかってでました。
中卒の「東」は少し知的障害の気配があります。
「あっ」とか「うっ」と言ったりして、なかなか喋りませんでした。
おまけに「てんかん歴」があるらしくて、皆相モデルになるのを嫌がるのでした。
実習室の椅子で、僕は仰向きになり目を閉じました。
「上田、ホンマにええんか?」
古尾先生の一言にあちこちから「クスクス」と笑い声が聞こえました。
僕は目を閉じているので、古尾先生の声でしか様子が伺えません・・
古尾先生「私語禁止!!・・」(シ~~ン)
「それでは東、始めようか・・」
「先ずはタオルをお客さんの胸元にかけて・・」
「そうそうそう」
「そしたらシェービングカップにお湯汲んできて・・」
「汲んできた?じゃあココに粉入れて、ブラシを軽く絞ってよく混ぜる」
「そうそう、出来たらラザーリング(顔全体に泡を塗る)に入りなさい」
上田「熱っ!!」
(目をつぶっているので、ものすごく熱く感じる)
古尾先生「大丈夫か上田!?・・ハイ皆私語禁止!!」
「東!ちゃんと指で温度測ったか?」
「ハイ!もう一度混ぜて・・ハイ!指で測って・・ハイ!ラザーリング」
「もっと円を描いて!・・」
「もっと!・・もっと!・・もっとしっかり泡たてて!」
「塗り終わったら素早く蒸しタオル!・・」
「何してんねん!蒸しタオル熱いの当たり前や!」
「ちょっと待て東・・・」
「ジャーッ、ジャッ」(古尾先生が代わりに蒸しタオルを絞る音)
「ハイこれで顔蒸して・・いきなりやったら熱いからな!」
「トントン、トントン」
「そうそう、ハイ!しっかり顎・口ひげを蒸して・・」
「出来た?そしたら額にも泡塗って・・」
「よし!剃っていこうか!」
「よーし、そしたらカミソリ持って・・」
上田「んぐっ(唾を飲み込む)」
額にカミソリが「コン」と強く当たる。
「あーーっ!!ちょっと待て東!!」
上田「んぐっ(唾を飲み込む)」
「落ち着いて、落ち着いてナ・・よしもう一度・・」
上田「んぐっ(唾を飲み込む)」
「・・・・ああーーっ!!待て!待て!東!!」
上田「んぐっ(唾を飲み込む)」
上田「んぐっ(唾を飲み込む)」
「・・・東っ、今日はやめとこうか」
上田「ぷはぁーーー(息を吐き出す)」
生きた心地がしませんでした。
■12■
■11■
夏になり、
学校生活にも慣れて、連日寄り道して帰るようになりました。
「大阪球場」は学校のすぐそばにありました。
プロ野球南海ホークスのホームグランドです。
学校帰りに「南海ホークス対阪急ブレーブス」を観戦しました。
ガラガラのレフト外野席に入りました。
背もたれの無い木製の長いベンチ椅子に横になり、適当に見ていました。
阪急ブレーブスの先発は母校中村高校の星「山沖投手」でした。
向かいのライトスタンドの南海の応援だけが賑やかで、
何処を見渡しても閑散としていました。
「ガン!コン!カン!コン!」
すぐ近くにブーマーのホームランが落ちてきました。
驚いて制服にビールをこぼしました。
蒸し暑い夜空には星が少しだけ見えました。
大阪の夏は湿度が高くてとても蒸し暑く、
クーラーの無いアパートの中は蒸しかえりました。
休日、昼前に洗濯を干し終わると
「涼」を求めて駅前の喫茶店に向かいました。
「ガタン、ガタン・・」
電車が通る度にコーヒーカップが揺れました。
「マーティ・バリン」の「Hearts」が物悲しく流れていました。
喫茶を出て昼飯に向かいました。
その途中、肉屋のオバサンが、
「兄ちゃん!コロッケ揚ってるよ~」と声を掛けてきます。
大衆食堂「お多福」に入ります。
「いらっしゃい!兄ちゃん、いつものザル定でええかぁ?」
おたふく顔の奥さんが水を持ってきます。
「梶丸文化」の2階通路では
大村婆さんが部屋の前に椅子を出し、ウチワをワサワサと扇いでいました。
大村婆「お帰り兄ちゃん、暑いな~、溶けるワ~」
「公園行ってみ!風あるから涼しいで~」
アパート裏には大きな「浜寺公園」がありました。
昔は海水浴場で別荘地でもあった「浜寺公園」は、松林が美しく、きれいに整備されていました。
公園を抜けると「浜寺水路」がありました。
「浜寺水路」の向こうは埋め立てられた土地で、高速湾岸線が高架上を走り、
その向こうが「臨海工業地帯」でした。
「浜寺水路」の石段に腰をおろし、
タバコをふかしながら田舎の友達に手紙なんかを書いていました。
ノートを破いたものやプリントの裏なんかに殴り書きでした。
水路際を散歩していた髪の長いお姉さんがフラフラとこちらに近づいてきました。
「タバコ1本頂いていいかしら?」
風が強くて、長い髪が女性の顔を隠しました。
女性はすぐ近くに腰を下ろしました。
「どうしてこんなところで手紙なんか書いているの?フフフッ」
甘い香水の香りが思考回路を麻痺させます。
「じゃあ、ありがとうね、今度またここで会ったら・・フフフッ・・」
女性はワンピースをヒラヒラとさせながらその場を離れました。
青少年の頭の中は、煩悩ではちきれんばかりにいっぱいになりました。
夕方になると夕日が水路の水をキラキラと赤く照らしました。
大学生のボートが長いオールを漕ぎ、静かに進みました。
魚がたくさん飛び跳ねました。
夜になると巨大な工場群の夜景が幻想的に浮かびあがりました。
まるで「宇宙船」を連想させるような夜景は、何だかとても哀愁が漂っていました。
「もうすぐ夏休みか~」
7月の終わり、
念願の帰省ですが、今回の帰省の目的は「運転免許取得」でした。
中村の自動車教習所に通いました。
教習所は高校の同級生や1コ上の先輩がたくさんいました。
まるで高校時代のように和気あいあいと過ごしました。
しかし9月までに免許を取りたい僕には時間が無く、
キャンセル待ちまでかけて単位取りに励みました。
「右ヨシ!」「左ヨシ!」が口癖になりました。
「第三段階」の難関「坂道発進」も無事クリアして、順調に進みました。
同級生の女の子が卒業検定の路上コースに向かいました。
教習所出てすぐの歩道縁石に乗り上げてしまい、そのままバックで戻ってきました。
「・・・有り得んワ」
僕の卒業検定は「下田コース」でした。
雨上がりの下田の道路にはたくさんのカニがいました。
「プチッ」「プチッ」とカニを轢き殺しながら進みました。
「人に気を付けて、カニを殺す・・」
何だかいけない気持ちになり、思わず助手席の教官に聞きました・・
上田「あの~、ずっとカニ轢いてますけど、いいんでしょうか・・」
教官「横断歩道におったら止まらんと行かんぞ!ハハハ」
上田「・・・(しょーもな)」
無事卒検もクリアしました。
後日、免許センターで無事に免許を取得しました。
■11■
浜寺水路
工場群
Marty Balin - Hearts
■10■
【危険なゲーム機】
学校帰りにクラスの連中とも遊ぶようになりました。
高島屋からすぐの「千日前大劇」のゲーセンにみんなで行きました。
千日前には「なんば花月」などがあり、アーケードの中はとても賑やかでした。
ゲーセンには「危険」と噂される体感ゲームがありました。
自転車にまたがり、
実際に漕いでバーチャルな相手(映像)と戦う「競輪ゲーム」です。
上田「こんなんの何処が危険やねん!」
トップバッターで僕が挑戦しました。
1回戦(30秒)2回戦(30秒)と必死に漕いで準決勝に辿り着きました。
準決勝が難関でした。
約1分、全力で漕ぎ続けなければなりません。
結局そこで負けて、その場にへたり込みました。
そしてすぐに気分が悪くなり、遠くの壁際まで走りました。
その様子をクラスの連中がゲラゲラと笑いました。
福嶋「情けねぇのう、オレの必殺の脚を見せたるワ!」
陸上部出身の「えひめ福嶋」が挑戦しました。
必死に漕ぎましたが、やはり準決勝で負けました。
福嶋も顔を真っ青にして、どこかに走っていきました。
みんながゲラゲラと笑いました。
その辺りから、
「この自転車ゲームは危険や・・」という声が漏れ始めました。
辻神「ほほう~!やったろうやんけ!」
ついに「恐竜辻神」が挑戦しました。
魔の準決勝も暴れ馬のように「ダーーッ!!」と言いながら物凄い形相で漕ぎつづけました。
そしてついに勝ち、大いに盛り上がりました。
と同時に、辻神も真っ青な顔でどこかに走って行きました。
残された決勝戦の「1分間」を戦える者はもういませんでした。
【危険なトイレ】
ゲーセンの上の3階にはビリヤード場がありました。
映画「ハスラー2」の影響で、連日混雑していました。
1時間待ちは当たり前で、辛抱強く待ちました。
珍しい瓶の自販機があり、僕はよくわからない炭酸飲料を飲みました。
ビリヤード中に急にお腹が痛くなりました。
上田「アカン、スマン、ちょっとトイレに行ってくるワ」
やたらと長い通路を早歩きで向かいました。
もう下痢の方が予断を許さない感じでした。
急いでトイレに駆け込み、和式トイレにしゃがみ込みました。
やはり下痢でした・・
間に合った喜びも、一瞬にして凍りつきました。
「紙が無い・・」
少しの間、「神のみぞ知る」と書かれた壁の落書きを見ながら考えました。
誰も居ない事を確認して、ケツ丸出しで隣のトイレに移りました。
「・・ここにも無い」
「掃除道具入れ」、
もうこの扉に賭けるしかない・・、祈る気持ちで扉を開ける。
「・・・・・」
さて、困ったぞ。
しばらく考えました。
その間も人の出入りがありません。
「むむむ、くそ~、これしかないか・・」
仕方なく自分のパンツを犠牲にしました。
しかし、下痢のケツはパンツで拭いただけでは物足りません。
「むむむ、くそ~、これしかないか・・」
仕方なく靴下を犠牲にしました。
何とかキレイに拭けました。
ノーパン・ノー靴下でビリヤードに戻りました。
「上田、遅かったな~、下痢か?」
「そうそう、腹痛かったワ、あ~すっきりした」
足元を見られないように気を付けました。
「アカン・・俺も腹痛ぅなってきた」
同じく瓶の炭酸飲料を飲んだ中卒の幼顔「仲田」がトイレに向かいました・・。
仲田もやはりなかなか帰ってきません。
しばらくしてそ~っと帰ってきた仲田の足元には・・、
「靴下」がありませんでした。
【危険な焼肉屋】
夏も近い頃、
「しゃーないな、お前ら貧乏人に焼肉食わしたるワ!」
バイトばかりしている高卒組「前道」が、焼肉を奢ってくれることになりました。
「前道」「上田」「えひめ福嶋」「和歌山水落君」の4人で、
天王寺美章園の食べ放題の焼肉屋に向かいました。
前道「時間食べ放題やからいっぱい食ってえーぞー!」
バイキング形式で、
みんな皿に肉を山盛りに乗せてテーブルに戻ってきました。
それでも若い僕達は物足りず、2回目はさらに肉をてんこ盛りにしました。
「おい!お前ら!!持って行った肉は責任持って食えよ!」
何やら怖~い店員さんに注意されました。
水落君「あの張り紙見てみ、これ、ヤバいんちゃう?」
【食べ残し厳禁!!】
目の前にはまだまだてんこ盛りの肉がありました。
前道「何言ってんねん!イケるイケる、まだまだみんな大丈夫やろ?」
上田「いや・・オレそろそろもうええワ・・」
前道「え?嘘やろ上田!まだイケるでなぁ福嶋!」
福嶋「もう無理やのう」
「さっきから口の中で肉がガムみたいになって飲み込めんワ」
前道「マジか!?」
みんなそろそろ限界にきていました。
怖~い店員さんがこっちを伺っています。
「う”っ!!」
水落君がほっぺたを膨らまし、トイレに走りました。
少しして帰ってきた水落君が、
「あ~すっきりした~、吐いてもうた」と言いました。
「!!!」
「それや!それでいこう!!」
上田、前道、が口一杯に肉を頬張り、トイレに向かいました。
肉がなくなりホッとした頃、
福嶋がデザートを山盛りで取ってきました。
「お前な・・・」
みんなで福嶋を睨みました。
■10■