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休日、
駅前の西友スーパーからの帰りに4車線の信号に引っ掛りました。
「カッコー、カッコー・・・」
いつもの音を聞きながら青信号になるのを待ちました。
その時、車道を走る2台の自転車が目に留まりました。
きれいに縦に並んで姿勢よく自転車を漕いでいました。
目の前を横切った自転車には見覚えのある顔がありました。
上田「あっ!おい!カツノリー!」
急ブレーキをかけて振り向いた高校同級生カツノリが、
驚いた顔でこちらを見ました。
カツノリ「え?何でお前ココにおんの!?」
上田「お前こそ!」
「オレのアパート、その信号の向こうの路地入って曲がったトコやで~」
カツノリ「オレはもうちょっと向こうの会社の寮に住んでんねん」
「今、ちょっと用事してくるから、後で寄るワ!」
カツノリも中村高校出身「大阪組」の一人でした。
大阪府警派出所勤務のカツノリの寮は同じ羽衣にありました。
少しして、カツノリは同僚を連れて訪れました。
カツノリ「え~な~一人暮し、憧れるな~」
「あ、コイツ、警察学校からの同期のリンちゃん」
「香川県出身やで」
上田「リンって、何?あだ名?」
カツノリ「健康検査のときに淋病で引っかかってん、ハハハハ」
リン「すぐにバラすなよ!」
上田「リンちゃん、大丈夫、大丈夫」
「この男(カツノリ)なんか、停学歴何回もあるで~ハハハ」
カツノリ「すぐにバラすなよ!」
リン「他に何か知ってる?」
上田「知ってる知ってる!こんなヤツがよ~警官になれたワー」
カツノリ「あ”--もうええワ、参った!!」
中村高校大阪組の多くは大阪北部に住んでいて、
大阪南部の同じ町に田舎の同級生がいたことを嬉しく思いました。
高校卒業以来の再会に話は尽きることなく、あっという間に夕方になりました。
カツノリは、帰りの自転車も縦に並んで車道を通って帰りました。
しかも前方のカツノリの自転車にはしっかりとライトが灯されていました。
「有り得ん・・、昔のアイツでは絶対に有り得ん・・」
ターニンに入店して2年半が経ち、23歳の春を迎えていました。
久里マスターは、大阪郊外に店舗兼住宅を建てたらしく、
「今の西区のお店の店長をやってみないか?」と言われました。
「ドキッ」としましたが、
まだ学生しかCUTできない僕には少し無謀な相談でした。
照ちゃん大将「お前は西区におれ!」
清村さん「上田君はココに残らなアカンワ」
「今までのお客さんにも失礼になるで」
確かにそれはそうですが・・、
新しく来るマスターの知り合いは遊び人という噂で、いいイメージはありませんでした。
それに久里マスターの下でもう少し勉強したいのです。
結局、新店舗に後輩と一緒について行く事になり、
西区のお店はマスターの知り合いに任すことになりました。
それから僕の住む所もマスターに保証金を出してもらって
北野田のワンルームマンション(念願の)に住むことになりました。
引越しは引越し部隊(福嶋・武ちゃん・水落君)にお願いしました。
ひと通りアパートの荷物が片付いたところで
大変お世話になった「オバサマ方」にお別れの挨拶をしました。
「兄ちゃんがお店出すときはオバチャンら旗もって行くサカイな!」
と『大村婆さん』が言うと、
「横断幕もいるでェ、ガハハハハ」
と『西田オバサン』が笑いました。
「じゃあ・・オバサン達も体に気を付けて、元気でね・・・」
「ありがとうございました」
僕は深々と頭を下げました。
「もう帰ってきたらアカンでェーー!」
若いツバメは『梶丸文化』を巣立ちました。
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秋になり、
仕事にもすっかり慣れていた頃、
不意をついて『イッチョカミ藤』がお店に現れました。
(噂で聞いたらしい)
一旦修行から離れ、一年間バーテンをした後で
心斎橋の理美容の店(結構近所)で働いているらしく、
同じく一年以上遠回りした僕は「同志」のような安心感がありました。
藤「関美の岩下覚えてるか?」
「ドイツ人とのハーフとかワケ分からんこと言うとった・・」
上田「ああ、チャーリーか」
藤「アイツ今、すぐそこのアメ村で服屋の店員やってるワ」
「誘って食べに行こか?」
「チャーリー岩下」はド派手な真っ赤なモヒカン頭で現れました。
足元のウエスタンブーツの後ろには馬を蹴るトゲトゲの車輪が付いていて、
歩くと「カチャカチャ」とうるさい音がしました。
岩下「上田ぁ~久しぶりやなぁ~」
「ブーツ格好ええやろ?」
上田「・・・」(トムとジェリーでしか見た事ないぞ)
居酒屋でそれぞれの近況を話たりして盛り上がりました。
岩下「ちょっとええかー」
何やら紙を巻いて巻きタバコを作り、それを吸いました。
タバコと違い、変な臭いがあたりに充満しました。
上田「藤、・・アレちょっとヤバいんちゃう?」
藤「アカンな、危険やな・・」
岩下は突然立ち上がり、片足をテーブルの上に乗せました。
「ガチャン!!」
ブーツの鉄が激しく音を立てました。
胸元から小さなハーモニカを取り出しました。
「ファーーッ!!ファラリラファラファラファ~♪」
ワケのワカラン演奏を始めてしまいました。
客・店員の視線を一斉に集めました。
上田「アカン、帰るか!?」
藤「アカンな、出ろ、出ろ!」
意外と岩下もあっさりと一緒に出てきました。
上田・藤「ほなね~!」
【危ない岩下】を帰しました。
ターニングのお客さんには一人の【危ない大物】がいました。
組長のUさんでした。
黒塗りのベンツがお店に横付けされました。
チンピラ「おう!!今、空いとるか!?」
「親父ぃー!!空いてまっせ!」
後部ドアから大柄な組長が出てきました。
従業員一同「いらっしゃいませ!」
深々と下げた頭を元に戻すと、マスターと後輩は素早く雑用に取りかかっています。
U組長「おい、お前、顔剃りしてくれ!」
唯一何もしていない僕が指名されました。
マスターも後輩も目を合わしてくれません。
上田「どうぞこちらへ・・」
仕方なく毛剃りの準備に取りかかりました。
客待ちソファーにはイカツイチンピラ2人がこちらを睨んでいます。
椅子を横に倒すとU組長は横になりながら週刊誌を読みました。
ただでさえ緊張する状況なのに、
週刊誌を支える手が邪魔になり剃るのに苦労します。
蒸しタオルでヒゲを蒸している間に、読んでいる週刊誌を覗き見しました。
開いているページには「U組長本人らしき人」が出ていました。
「ゴクリ」と唾を飲み込み集中しました。
その時、店のドアが開きました。
組長の小学生の息子が入って来ました。(本妻の子供ではない)
息子は小学2年とは思えないくらいの巨体でした。
何処かで拾ってきたのか「こん棒」を持っていました。
息子「何してんの父ちゃん!バシッ!」
何と!息子は「こん棒」で組長の足をシバきました。
組長「う”っ!!」
「痛いやないか~」
上田「・・・!!」(コラ!クソ坊主!大人しくしとけ!)
息子「やっつけてやる~!エイ!バシッ!!エイ!バシッ!!」
組長「う”っ!!う”っ!!」
「痛いからヤメロって」
「こん棒」から発せられる鈍い音からすると、
結構なダメージがあると思うが・・組長は怒りません。
上田「・・・」
(同じ事をオレがやったらすぐに南港に浮かぶんやろうな・・)
息子「トドメや~、エイ!バシッ!」
何と急所に入りました!
組長「ブホッ!!」
ついに立ち上がった大柄な組長が、
息子にではなく僕にグッと近寄り言いました、
組長「ハナ出たワ、ティッシュちょうだい!」
何が気に入られたのかワカランが、
以後組長は毛剃りに僕を指名してきました・・。
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「ワーッ!!」「キャーッ!!」
ターニンのすぐ近くで黄色い歓声が上がりました。
久里マスター「騒がしいな・・何事?」
マスターは辺りの様子を伺いに出ていきました。
久里マスター「隣に誰か芸能人が来てるらしいけど、」
「あんだけ人がおったら誰なんかわからんな~」
「照ちゃんラーメン」に来ていたのは、
シブガキ隊の「モッくん」が来ていました。
噂を聞きつけた女性ファンが押しかけ、黒山の人だかりができていました。
夜になり、「照ちゃんラーメン」に顔を出してみました。
上田「いや~、昼間は大変なことになってましたね~」
大将「びっくりしたのう、もっくんて人気あるんか?」
上田「えー!?知らんのですか?」
大将「サインでも貰うとったらよかったかのう?」
上田「そりゃそうでしょう!」
「『モッくんが来たお店』って、しばらくお客さん絶えませんよ~」
大将「そうか、失敗したなぁ~」
上田「いや~、しかしスターは人気が違いますね~」
大将「後から後からオンナばっかり来て、大変やったワ」
「もっくん何処に座ってたんですか?とか」
「もっくんが食べた割り箸ください!とかのう」
上田「割り箸!?好きな奴もおるもんですね~」
大将「横で食っとったオッサンの割り箸あげたワ、コレですって」
上田「ハハハ!そのオンナ、知らんと舐めまわしてますよ~」
ターニン近辺では、
多くの芸能人にも出くわしました。
ターニンの近所に「重ちゃん食堂」という定食屋があり、
たまに昼食時に顔を出しました。
カウンターに座ると、横にいたオバサンが笑顔で小さく笑いました。
その笑顔は壁に張られたポスターと同じ顔でした。
その人は演歌歌手「中村美津子」でした。
着物姿ではなく普段着の中村美津子は、僕と同じB定食を食べていました。
でも、B定食のメインであるハンバーグを食べ残していました。
「(それ残すんやったら何故B定頼んだ??)」
しかし周りの客と気さくに会話する姿は庶民的で嫌味が無く、
とても好感が持てました。
上田「マスター、今『重ちゃん』に中村美津子がいますよ~」
既に昼飯が済んでいるはずのマスターが、定食屋に向かって走りました。
お店のお金の両替に向かう途中、
アメリカ村の裏通りで大物芸能人に遭遇しました。
ボディガードは大柄なデブで、
その横に小さく歩いていたのは、演歌歌手「美川憲一」でした。
上田「あ・・サイン頂けますか?」
美川「いいわよ」(喋り方はTVと同じ)
上田「ありがとうございました・・」
美川「あらアンタ、握手はいいの~?」(喋り方はTVと同じ)
上田「あ、」
温かい言葉とは裏腹に、憲ちゃんの手は冷たく年老いた感じでした。
上田「マスター、今そこで美川憲一に会いましたよ~」
マスター「ちょっと両替行って来るわ」
既に両替済のお金を持って自転車で出て行きました。
仕事帰り、
御堂筋の交差点に立っているのは、吉本漫才師の「西川のりお」でした。
西川「お、サインしましょか・・、これでよろしいでっか?」
随分年下の僕に敬語を使う西川のりおは、
TVで見せる毒舌キャラとは違い、腰の低い「いい人」でした。
カレーショップに入ると、
既に食べ終えた「ジミー大西」がいました。
何のつもりなのか、新聞を逆さまにして読んでいました。
誰もツッコミを入れるわけでもなく、違和感のある空気が流れていました。
小料理屋さんで、
カウンター席に腰を下ろすと、隣には「坂東英二」がいました。
上田「あの~、坂東さんですよね?」
坂東「そうやけど・・」
上田「坂東さん徳島ですよね」
「僕、高知の中村出身なんですけど・・」
「中村高校の星、オリックスブレーブスの山沖投手!」
「今年はどうでしょうね~?」
坂東「フンッ!・・・知らんなぁ」
TVで見せる愛嬌は微塵も感じられず、普段は無愛想なオッサンでした。
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