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「その男」は堺市に住んでいました。
初芝駅に着くと電話して迎えにきてもらいました。
遠くから自転車が近づいてきました。
首を伸ばし、アゴをあげて、いつものスタイルです。
「上田!お待たせー!ひっさしぶりやなあ~!!元気しとった?」
上田「藤も元気そうやん!」
専門学校同期、「イッチョカミ藤」をスカウトです。
藤は地元のユニセックスサロンで働いていました。
ママチャリの後ろに乗せてもらい、藤家に向かいました。
「藤家」は車通りを曲がり、細い路地に面した住宅街にありました。
「理容藤」、昔ながらの散髪屋という感じでした。
裏手に回り勝手口を開けると細い階段があり、「ギシギシ」と音を立てて上がりました。
藤の両親が並んで正座して、何やらお経を唱えていました。
「すみません!おじゃまします!」
全く反応がありません。
藤「構へんねん、放っといたって~、アレやってる間は聞こえへんで」
襖を開けた4畳半が藤の部屋でした。
乱雑に置かれた洋楽CDの山は、聴いた事のないものばかりで新鮮でした。
藤「え~もん見せたろか・・」
押入れから大事そうに出してきたのは、
「8ミリフィルムのカメラ」と「映写機」でした。
上田「おおーっ!こんなん、映画・転校生で見て以来やー!」
「カッコええ!」
藤「撮ってみるか?3分フィルムやけど・・」
薄暗い部屋の中で、ポーズを取ってみたりコミカルに動いてみたり、
撮ったり撮られたり、カタカタカタという音と共に3分間はあっという間に過ぎました。
撮ったフィルムを「映写機」に絡め、早速観てみました。
カーテンを閉め、部屋を暗くして壁に映し出しました。
「カクカク」と動く映像は「哀愁」が漂い、脳の奥に「ビンビン」ときました。
上田「・・アカン!イッてしもうたワ(笑)!」
「カッコ良すぎやん!」
藤「そやろ!でもコレ、機材もテープもムッチャ高いねんで」
「しかもテープの方は生産終了なんやて」
お経を唱え終えた藤母が襖を開けました。
母「さっきはごめんナぁ、」
「ありがたいお水あるけど、出そか?」
上田「ありがたいお水・・ですか?・・」
藤「出したって!」
上田「いや・・あの・・」
「ありがたいお水」とは缶ビールでした。
(面倒くさいこと言うワ・・)
昼間から飲むビールはとても美味しく、気持ちがゆったりとしました。
藤は一緒に出てきた「麦チョコ」をムシャムシャと食べていました。
しばらく藤家で談笑したあと、
近所にあるゴルフの打ちっ放しに出掛けました。
二人ともゴルフなんかやった事がないので、2階席にそれぞれ陣取りました。
空も暗くなり、ナイターになりました。
上田(打ちながら)「藤、ウチの店に来~へんか?」
藤(打ちながら)「難波か!ええな~」
上田「俺、近い将来田舎帰って店出すから・・」
藤「そうか・・、まだ居るんやろ」
上田「まだ居るで、・・・一緒にやるか?」
藤「やってもええな~」
帰りに藤母に、今度は本物の「ありがたそうなお水」を持たされました。
(ラベルの無いペットボトル)
【7月】、
技術者「藤」が入店しました。
藤「四藤先輩!よろしくおねがいしま~す!」(威圧感たっぷり)
四藤「やめてください、そんなイジメ・・(汗)」
藤が来たことで、賑やかになりました。
藤は少し「天然ボケ」がありました。
突然カタカナの「ぬ」が書けなくなったり、「血尿」を「ケツ尿」と信じ込んでいたり
(ケツから尿が出ると思っていたらしい)、
封書などの「親展」を「親宛」と思い込んでいたり、
「天然ぶり」を発揮するたび「四藤君」が大喜びしました。
ヘアテックは初の『3人体制』となりました。
藤「あのトイレ、アカンワ!出てこられへん!」
技術者が二人になったことで、
お店のメニューも多様化し、店販にも力を入れ、客単価も上がってきました。
再度新規客獲得に向け、再び「割引チラシ」も配りました。
【8月】、
我が家に女の子が誕生しました。
出産に立ち会いました。
父になった僕はさらに張り切りました。
【12月】、
2度目の年末、連日たくさんのお客さんで大忙しでした。
僕は1日17人ものお客さんをこなしていました。
藤も常連客を順調に獲得し、補助で回る四藤君は大量の汗と共にへたり込む毎日でした。
売上もこれまでの最高に達しました。
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売上的には軌道に乗ってきたヘアテック、
今度は学校から新卒のインターン生(見習い)が入店する事になりました。
「芸術祭」で自分も審査したワイディング(パーマ)部門での入賞者でした。
『四藤タカシ』、インターン(男)
信太出身(大阪人男性には何故か「信太」というだけで笑いが取れる)
小太り、汗っかき、男っぽい。
今度は自分がしっかりと面接しました。
初対面で緊張した四藤君は手の震えが止まらない様子でした。
しかし、今ドキの若い子でないようなしっかり者でした。
「昭和」の匂いがする、根性論が通用しそうな感じで好感が持てました。
ビジュアル的にはオシャレな男性美容師のようにはいかず、
「もっさい」という言葉がぴったりとくるような青年でした。
四藤「あの、店長、」
「この制服ベスト、ちょっとキツイんですけど・・」(小太り)
上田「・・・我慢し。」
ヨシコとは違い、「一」からのレッスンでした。
刈布の掛け方、シャンプーの仕方、教える方も教えがいがあります。
それでも真面目な四藤君は、
汗ダラダラになりながら言われたことをきちんと吸収してくれます。
「これはモノになる」、すぐにそう思いました。
閉店後のレッスンも始めました。
だらだらと時間だけを費やすのではなく、
「課題」を出し、クリア出来ればすぐに帰れます。
クリア出来なければ当然帰りは遅くなります。
お隣「コラージュ」も人の出入りがありました。
チーフ「片岡君」が辞めました。
同じ技術者として、吉福店長との方向性に違いを感じたそうです。
「コラージュ」は採用ラッシュでした。
『鳥取衣川』(女)『石川今田』』(女)『狩野』(インターン・女)
それに関美が送り込んだ優等生インターン三銃士、
『広島井垣』(男)『三重前本』(男)『イケメン上山田』(男)
コラージュは計『11人』の大所帯となりました。
ヘアテックの新人「四藤君」がお店に友達を連れてきました。
友達は大学生らしいです。
友達を見れば四藤君の普段の様子も伺えます。
友達はよく喋りました。
友達「四藤はココでは普段と全然ちゃうなぁ~」
四藤「(汗)そんな事あるかいな、いっつも真面目や」
友達「真面目!?はぁ?ほな、カバン開けてエエんやな!」
四藤「(大汗)ああーっヤメッッ!!」
「うわッ、最悪や・・・」
四藤君のカバンの中から5本ものエロビデオが出てきました。
四藤「あ~あ、これまでせっかく真面目キャラできてたのに・・」
上田「どうせそんな奴やと思うとったワ」
「それより1本貸せ!」
「うわッ、最悪や・・・」
昼休憩に入り、カバンを開けた四藤君がつぶやきました。
四藤君が取り出したお弁当は、小さな可愛いらしいキティちゃんのお弁当箱でした。
四藤君にはカナコという中学生の妹がいました。
お母さんが入れ間違ったようです。
上田「多分妹の方が今頃最悪や!って言ってると思うぞ」
(四藤君はいつもドカベン)
「うわッ、最悪や・・・」
朝出勤して、カバンを開けた四藤君がつぶやきました。
四藤君が取り出した制服の白のカッターシャツは、小さな可愛らしい妹のスクールシャツでした。
お母さんが入れ間違ったようです。
上田「多分妹の方が今頃最悪や!って言ってると思うぞ」
四藤「しゃーないワ・・」
小太りの四藤君がピチピチの妹シャツを着て仕事しました。(へそ出し)
「ふ~っ、最悪でしたワ・・・」
デンジャラスゾーンから無事に帰還した四藤君がつぶやきました。
相当長い時間監禁されていたようで、汗ビッショリでした。
上田「デンジャラスやったやろ?」
四藤「アレはイカンでしょう・・、1回入ったら出られへん」
「店長っ!あの人、バッファロー吾郎でしょう」
蒸しタオルを取りに移動した時、四藤君が囁きました。
OPEN時からの常連さんのお客さんの事を指しているようでした。
上田「あの人は竹若さんっていう人やで」
四藤「ほら!!やっぱり!バッファロー吾郎の竹若や!」
上田「何やねん、バッファロー吾郎って・・」
どうやら若手漫才師のようでした。
四藤君は「お笑い」に詳しいようで、吉本の若手芸人が来るたびに興奮していました。
上田「ちなみに四藤君、ショウショウって知ってる?」
四藤「何ですか、それ?」
上田「・・・(健ちゃん頑張れ)」
6月になりました。
四藤君も仕事が少し出来るようになりましたが、
売上は横這いのままさまよっていました。
カット椅子は5台もあります。
社長にCUTが出来る技術者をお願いしました。
社長「OPENの時から探すように言ってあるけどね~」
「上田店長、知っている人いたら声掛けてくれる?」
専門学校の同期で、今現在お店で活躍している奴・・・、
頭の中で考えました。
たったの5人しか居ませんでした。
その中のひとり、
「あの男に声掛けてみるか・・・」
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「デンジャラスゾーン」
ヘアテック・コラージュ・学校職員・事務、
こんなにも多くの人がいるにも関わらず、トイレは男女共用でした。
僕は午前中にお腹が痛いのを我慢しながら仕事をいていたのが原因で、
お昼になると同時にトイレに駆け込みました。
幸いなことにトイレには誰もいませんでした。
洋式便器に座ると同時に下痢が出ました。
ホッとして、そのまま余韻に浸っていました。
すると、たくさんのヒールの靴音と共に学校受付事務のケバいお姉さん連中がやってきました。
トイレに入るわけでもなく、鏡のある洗面台で「化粧直し」をはじめているようです。
上田「・・・」(困ったぞ、恥ずかしくて出て行けんワ)
事務の姉さん達は、
昼休憩ということもあってペチャクチャ楽しそうで、なかなかその場を立ち去りません・・。
僕は恐ろしいことに下痢の「第二波」の我慢に耐えていました。
耐え切れるワケも無く、容赦なく「第二波」が音を立てて出ていきました。
事務姉さん達「・・・・」
ピタリと話すのを辞めて様子を伺われています。
上田「こりゃ~、絶対に出て行けんなった・・」
もうどのくらい座っているのだろう・・
と、その時です。
駆け込んできたヨシコが大きな声で叫びました、
ヨシコ「上田店長ぉー!!お客さんです!!」
上田「・・・」(くそ~、名前で呼びやがった!)
「分かった・・ちょっと待て」(小さな声)
ヨシコ「早く来て下さい!!」
「メチャでっかい人が来て、店長呼べー、言うてます!!」
上田「(何ぃ~?)」
「・・・イカツイか?」
ヨシコ「イカツイです!」(即答)
ビビッた僕は、ケツも半拭きでトイレを出ました。
事務の姉さん達は「見て見ぬフリ」をかましていました。
「デンジャラスゾーン」を脱出し、超特急で店に戻りました・・
待っていたのは大相撲の「芝田山親方」(元横綱大乃国)でした。
親方「ダメだよ~ウンコなんかしてちゃ~」
「今からTVなんだから早くやっちゃってよ~」
上田「スミマセン、今すぐ・・」
当然、親方なのでチョンマゲではなくて普通のオールバック。
(かなりこだわりがあるが)
シェーブ後のフェイシャルマッサージはやはりお気に入りで、すぐに寝入りました。
「大相撲」の季節がやってきました。
「カラコロ」という下駄の音色、街中の「ビン付け油」の香り、
府立体育館周辺は「大相撲」と共に「春」が訪れます。
「呼び出し」のカツユキさん、ミツアキさん、コトジさん、
などなど、連日相撲関連のお客さんで賑わいました。
そんな中、スタッフのヨシコが突然お店を辞めると言い出しました。
これはヘアテックのピンチです。
ヨシコのおかげで売上も順調に上がっていました。
ヨシコのシェービングでは、たくさんの常連客もついていました。
上田「給料か?社長に交渉してあげるから、ちょっと待てよ」
ヨシコ「いや、そんなんじゃなく・・」
「何か違うことがしたくなりまして・・」
上田「は?何じゃそれ?・・」
もったいない・・・。
カットレッスンにも入って、「これから」という時に・・
自分が厳しくあたったから?
間違いなく自分に「非」があるのだろう・・。
とにかく連日に渡り説得しました。
しかし、ヨシコの考えはもう固まっているようでした。
コラージュの吉福店長が言いました、
吉福「上田さん、辞めるっていう者を追ってたらダメですよ」
確かに昔の自分の事を考えると頷けました。
上田「ヨシコ、1年間よう頑張ってくれた。」
「でも、せっかくやってきたんや」
「せめて来年の国家試験は受けときや」
「その時は協力するから・・」
その後、
ヨシコは、お店辞めてからも菓子持って現れたりしました。
(これは修行中に嫌になって逃げていくのとはまた別のもんか・・)
おそらく自分のせいで、大切なスタッフをいとも簡単に失ってしまいました。
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