漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

古今和歌集 0903

2022-04-20 05:24:44 | 古今和歌集

おいぬとて などかわがみを せめきけむ おいずはけふに あはましものか

老いぬとて などかわが身を せみきけむ 老いずは今日に あはましものか

 

藤原敏行

 

 老いてしまったといって、どうしてわが身を責めたりしたのだろうか。もし老いていなかったら、今日という素晴らしい日にめぐりあえなかったであろうに。

 清涼殿の殿上の間で殿上人たちに御酒を賜り、管弦の催しがあった際に詠んだ歌との詞書がついています。素晴らしいひと時を過ごした作者が、こんな日を迎えられたのも老いたからこそと詠んだという訳ですが、わが身の老いを嘆く気持ちの裏返しというところでしょうか。

 0888 あたりから続いた老いを嘆く歌、ひとまずここでおしまいです。

 

 


古今和歌集 0902

2022-04-19 05:14:45 | 古今和歌集

しらゆきの やえふりしける かへるやま かへるがへるも おいにけるかな

白雪の 八重降りしける かへる山 かえるがへるも 老いにけるかな

 

在原棟梁

 

 白雪が幾重にも降り積もったかへる山のように、私も年月が積み重なって髪も白くなり、年老いてしまったことよ。

 「かへるがへる」は、「何度も何度も」「繰り返し」を意味する副詞。上三句が「かへる(山)」と同音の「かへるがへる」を導くとともに、山頂の雪からの連想ですっかり白くなった頭髪に象徴される自らの老いを嘆く詠歌となっています。
 業平の子棟梁(むねやな)の歌は古今集には四首入集していますが、00150243、0902(本歌)、1020 と、いつも「棟梁さん、お久しぶり!」という感じの登場ですね。  笑


古今和歌集 0901

2022-04-18 05:22:40 | 古今和歌集

よのなかに さらぬわかれの なくもがな ちよもとなげく ひとのこのため

世の中に さらぬ別れの なくもがな 千代もと嘆く 人の子のため

 

在原業平

 

 世のなかに避けられない別れなどなければ良いのに。千年も長生きしてほしいと願う人の子のために。

 母から届けられた 0900 への返し。「嘆く」はここでは強く願う意ですね。なお、伊勢物語第84段では、第四句が「千代もと祈る」となっています。現代語の感覚だと、「嘆く」はやはり嘆息する意(古語でもその意味もあります)に思えてしまいますので、「祈る」の方がしっくりきますね。


古今和歌集 0900

2022-04-17 06:13:36 | 古今和歌集

おいぬれば さらぬわかれも ありといへば いよいよみまく ほしききみかな

老いぬれば さらぬ別れも ありといへば いよいよ見まく ほしき君かな

 

在原業平朝臣母

 

 老いてしまうと避けられない別れがあると言いますから、いよいよお会いした君でありますよ。

 詞書には、業平の母が長岡に住んでいた時、業平が宮仕えで忙しく時々も母の元を訪れずにいたところ、12月頃、母から急ぎのことと言って手紙が届けられたので見たところ、文章はなくて歌が書かれていた、とあります。年老いた母が、息子の出世を喜びつつも、老い先短いわが身を悟って、死が訪れる前に息子に会いたいと願う歌ということですね。
 作者の在原業平朝臣母(ありわら の なりひらあそんのはは)は、第50代桓武天皇の子で、第51代平城天皇の子阿保親王の后。古今集への入集はこの一首のみです。

 無事、900番目の歌のご紹介ができました。残り200首とちょっと。先が見えて来たかな?

 


古今和歌集 0899

2022-04-16 06:00:32 | 古今和歌集

かがみやま いざたちよりて みてゆかむ としへぬるみは おいやしぬると

鏡山 いざ立ちよりて 見てゆかむ 年経ぬる身は 老いやしぬると

 

よみ人知らず

この歌は、ある人のいはく、大伴黒主がなり

 

 鏡山に、さあ立ち寄って見てゆこう。年月を経たわが身が、本当に老いているのかどうかと。

 「鏡山」は滋賀県の山。その名前から、自分の姿を映すことができる場所、と興じたのですね。