玄米ごはん族のあしたのたのしみへ

玄米と野菜、果物で今日から明日へ。農業と穀物菜食の日々

大雨で満水、自然界から隠れる

2019-05-23 07:36:25 | 
 18日に水を入れていたが排水路のほうはカラカラでどうなるか心配していたが22日の大雨で満水になった。まだ排水口の高さには届かないところもあるが代かきはできるようになった。





 江戸崎測候所の今年の雨量を去年の雨量と比べると




 今年のように雨のない年は畦の草刈りが簡単にできた。それにビックリ仰天の勘違いをしている人が何をやっているかも良くわかった。生き物のDNAを改造している自覚は全くない。ますます自分を攻撃する側が強くなっていることなどわからないので新しい生き物を作って自分は息も絶え絶えになっていることもわからない。自分を改造して自然界に合わせようという気はさらさらないのでますます命がけになっているのもわからない。
 なぜこんな簡単なことがわからないのだろう。頭が頑固だというのは五感がいかれたといことかもしれない。見えない、聞こえない、感じない、これでどうやって頭を使うのか、誰だって頑固になるだろう。
 どうやって自分を守るか。自然界は自分を攻撃してくるので調和するどころの話ではない。他人様のやっていることを真似していれば何とかなるだろう、ということで、みんながやっているようにやっている。そんなことやめろよ、と農薬嫌いが注意しても、みんながやっている、と目の前の人間がやっていないのにビックリ仰天の使い方をしている。

 雑草一本、虫一匹生かしておくな。

 雑草など草刈機で簡単に刈れるしホコリもたたない。蜂はともかく他の虫に何のうらみがあるのか。

 のんびり生きている誰かさんは自然界に対して自分をステルス化している。年寄りはそれをする気などないので自然界からまる見え、何とか防御しているつもりでも裸で歩いているようなものだろう。それでなくても、裸の猿とかいわれている。

 蜂さん、刺してね。

 年寄りは、生きるということをものすごくたいへんなことにしたいらしい。見えない、聞こえない、そんな世界でどうするのだろう。

 思い描けない世界

 そこの住人にはなりたくないのでステルス化に努めようっと。

 遅くなるけれど、やはり住人になるかもしれない。むだな事やっている、くだらない、と思われてもステルス化しないとたいへんなことになることを身をもって教えてくれているのだから、それには正確に答えださなければならない。

 自然の改造ではなく自分を改造することーーーその手段は植物性の食事ーーー結果は五感の能力の維持=身体に老廃物のかたまりがない=自然界から攻撃を受けるところがない。

 自然界が年寄りにとってとんでもない怖い世界だとは知らなかった。五月晴れが続いて本当に良かった。良い教訓を得た。

コメント
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