「介護もトライアスロンも楽しんで」

90代両親を介護の日々ですが、合間に走って泳いで、バイクにも乗って年1回のトライアスロン大会参加を目標に楽しんでいます。

謹告

2020年10月16日 22時42分03秒 | 心臓手術などに関すること

先程悲しい知らせを目にしました。2016年に募金活動などを経て米国での心臓移植手術を受け元気に帰国した森川ひまりちゃんが5歳8か月の短い人生を閉じたそうです。

募金活動に参加させていただき、このブログでも多くの方々にご協力を頂いたのですがとても残念なご報告となりました。

 

ひまりちゃんを救う会のHPより下記転記させていただきました。合掌。

 

 

 

【謹告】
                               2020年10月 16日
                            

慎んで御伝え致します。
皆様の多大なご支援により、2016年11月15日に米コロンビア大学病院にて、心臓移植をさせて頂きました森川ひまりちゃんが先月9月30日、入院先の東京都内の病院にて冠動脈疾患による虚血性心筋症で亡くなったと報告を頂きました。
享年5歳8ヶ月でした。

皆様からの、多大なご支援により、沢山の試練を乗り越え2016年11月に米国でドナー様に恵まれ心臓移植を施し帰国することが出来ました。

帰国後はリハビリ病院や、心臓の検査を毎月行いながらご両親と一緒に東京都内で笑顔を絶やさず、元気に過ごしておりました。
しかし、今年の7月に移植前から危惧しておりました、冠動脈疾患が見つかり、入退院を繰り返しておりましたが、9月30日都内の病院にて、秋空へと旅立ちました。

葬儀に関しましては先日、近親者にて執り行わせて頂きました。

あまりにも突然の事で、言葉にならない悲しみで一杯です。

ひまちゃんの命を助けたい。

その想いで集まって頂き、ご支援頂きました皆様や、小さなヒーローの助けがあり、沢山の試練を乗り越える事が出来ました。
皆様には、改めて心より御礼申し上げます。
その温かい想いがあり、ひまりちゃんが5歳8ヶ月を、大切な時間を過ごさせて頂きました。
本当にありがとうございました。

以下ご両親からのメッセージです。

ひまりへの温かいご支援、心より御礼申し上げます。

皆様にご支援頂き繋いでいただいた心臓は、毎月検査をしながら、経過を見ていましたが、今年7月に冠動脈が徐々に細くなっている病気がわかりました。

それでも、見た目は元気に過ごしてくれていましたが、
小さな体の中で病気が進行していました。

9/25に入院し、
9/29に呼吸が辛そうな状態になり
9/30、最後まで懸命に頑張ってくれていた心臓が止まってしまいました。

数えきれないほど沢山の幸せをくれたひまりに「生まれてきてくれてありがとう。ずっと大好きだよ」と
病院のベッドで伝え続けました。

・移植の為、温かいご支援を下さった方々
・心臓のドナーになり、命を授けてくださった小さなヒーロー
・治療やリハビリでお世話になった方々
・ひまりに優しく笑いかけ、支えてくださった全ての方々

皆様のおかげで、ひまりは笑顔に溢れた日々を送ることができました。
家族一同より、これまでのご厚情に深く感謝申し上げます。

ひまりの病は移植後の予後を悪くする原因の一つでした。治療法や原因はまだ分かっておらず、研究もなかなか進んでいないというのが現状です。
ひまりがドナーの方から命を繋いで頂いたように、今後同じような病気を抱える方々の治療法が見つかるよう願い、病理解剖に協力し、心臓を病院に提供致しました。
この場をお借りして、ご報告させて頂きます。

ひまりの人生は皆さまの支えがあってこその人生でした。
ひまりとのかけがえのない時間を与えてくださった皆様に
心より御礼申し上げます。

森川 孝樹 
   佳菜子

 

 

 

 

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メモリー・オブ・ハナノ

2019年10月14日 14時02分29秒 | 心臓手術などに関すること

昨日ネットニュースを見ていてとても気になった記事がありました。下記にコピペします。

 

 

 

海外在住時に「娘が臓器提供者」になった経験から今思うこと…

10/12(土) 12:40配信    

    

クーリエ・ジャポン

 

2013年7月、長期出張滞在先のシンガポールで、娘 華乃(はなの・当時1歳半)を事故で亡くしました。娘は、日本人で初めてシンガポールでの臓器提供者となりました。そして娘の臓器はシンガポール人2人の子供に提供されました。


 日本では、臓器を提供した側の家族が実名でインタビューに応じた初めてのケースであったため、新聞やニュース番組などのさまざまなメディアで取り上げていただきました。

    
 
   

活発で積極的で、誰からも愛されていた娘
『お母さんといっしょ』を見ながら毎日笑顔で踊り、「はなちゃん、もうお買い物いくよ!」というと、おもちゃのネックレスを付け、ママの靴を履いて玄関で待っているオシャレが大好きな娘。
「今も生きていてくれたら、もう小学生だなぁ。どんな娘になったか想像つくなぁ」と懐かしくなり会いたくなって急にたまらなく切なくなったり。こんな思いを今でも繰り返す日々です。

    
 
   

すべてが変わってしまったあの日


2013年6月29日、プールサイドで遊んでいるとき、華乃がプールで溺れてしまいました。入院後、数日が経ち、検査で脳内に血液が流れていないことが判明しました。医師から「脳死状態」と説明されたあと、思わぬ問いが投げかけられました。

「臓器を提供する意思はありますか?」
想定外の選択肢でした。ただ、「もし、絶対に助からなくなった娘の命が、死んでしまうかもしれない子供を救うなら」と、臓器移植コーディネーターとの面会を承諾しました。

正式な脳死宣告は、7月7日の朝でした。脳死宣告には、いろいろチェック項目が設けられており、上から順番に1つずつチェックをしていくことになりました。耳に氷水をいれてみた際に瞳孔に反応があるかをチェックする検査などがありました。

なんでこんなことになってしまったのだろう。惨めになり、そしてなにより娘がかわいそうで、周りにお医者さんが数人いましたが、人目をはばからず泣きました。検査をひとつひとつ実施していくことがあまりに辛く、でも、きちんと確認しないと、もしミスがあったら取り返しがつかないことになるという思いで、すべての項目のチェックを必死で見守りました。

7月7日、11:30。
脳死宣告を終え、娘は脳死のため死去となりました。
お兄ちゃんと遊んで貰っている時はいつも笑顔だったね
まだ顔色もよく、眠っているように見えるだけの娘を連れて個室に移動しました。看護婦さんに、せめて最期にと「だっこ」をさせてもらえないか?とお願いしたところ、臓器提供のため、小さな身体につながれた無数の装置は外せず、許可が下りませんでした。

そのため、小さなベットの横に妻と代わる代わる添い寝をさせてもらい、首の下に手を入れ、そっと寄り添うように抱きしめて「今までありがとう。毎日華乃ちゃんのことを思うから、心配しないでね」と別れを告げました。

パパもママもお兄ちゃんもみんな元気にしてるから、ゆっくり休んでて。あと数十年したらそっちに行くから。こんなパパの子供に産まれてくれてありがとう。生まれ変わったら、また家族になろうね。

手術室まで付き添ったが、体が温かいままの別れとなりました。

 

 2013年5月、シンガポールで華乃と一緒に撮った最後の家族写真 

 

 

6年経って…

2019年1月、仕事の関係で、メルボルンから再度シンガポールに家族で長期滞在することになりました。

この東京都23区と同じくらい小さなシンガポールの空の下、娘は私たちが知らない誰かと1つの命を共にしているのかなぁ。どこかですれ違ったりするのかなぁ。あれからもう6年も経ち、そろそろお父さんも何か行動しないとダメだよね。そんなことを心の中でつぶやき、シンガポール空港に降り立ちました。



 娘の臓器提供からちょうど6年経った7月7日、「メモリー・オブ・ ハナノ」を立ち上げました。失われる命、その中で救われる命。移植医療は、臓器を提供する側「ドナー」と提供を受ける側「レシピエント」という異なる立場がつながることで成り立っている医療です。

 倫理的に考えても非常に難しい問題です。また、 臓器売買など、 生命倫理や医療倫理に反する行為も見逃せない状態となってきていることも理解しています。
いままで、いろんな心の葛藤はありましたが、6年経ってみて、我々にとっては娘の臓器を提供したことは正しい判断だったと思えるようになりました。今後は、メモリー・オブ・ハナノの活動を通じて臓器移植の課題について真剣に考え、正しい情報をより多くの人に発信していきたいと考えています。

11月までメモリー・オブ・ハナノの活動のひとつとして、オーストラリア、シンガポール、日本の3ヵ国で寄付型ファンドレイジングを実施しています。日本では、日本臓器移植ネットワークの活動を支援させていただいております。

日本臓器移植ネットワークによると、現在の移植待機者はおよそ1万4,000人。臓器提供によって救われる命は、年間約400人。わずか2%。これが日本における臓器移植の現状で、海外と比べてみると、日本では自国で移植を受けられる機会が少ないといえます。
制度面で比べてみても、違いがあります。シンガポールでは意思表示がなければ臓器提供希望となり(オプトアウト方式)、大人の9割以上がドナー登録をしているようです。日本では意思表示がなければ提供意思は不明とされ(オプトイン方式)、生前の意思表示は国民の1割程度となっているようです。

今回、私がファンディング寄付を始めた目的は「多くの人に臓器移植に関する正しい情報を知ってもらい、理解を深めていただく」、また、募金を募り、集まったお金で「日本臓器移植ネットワークの活動を支援させていただく」ことです。

日本臓器移植ネットワークへのご支援をお願いいたします。

臓器移植ネットワーク
 ソーシャルファンディングメモリー・オブ・ ハナノ

 

 

 

この記事を読んで私も上記ソーシャルファンディングを通じて支援していきたいと思っています。

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「まこちゃん」帰国してました

2019年10月07日 11時20分33秒 | 心臓手術などに関すること

渡米して両肺の移植手術を受けていた相模原市在住の田村真子ちゃんですが、昨日「まこちゃんを救う会」のホームページを覗いてみたら何んと!今月4日に日本に帰国していたことが分かりました。

 

ビックリです。

今年の7月に移植手術を受けていたので少なくとも帰国は年が明けてからになるだろうと思っていました。

 

救う会の報告をそのままコピペしました。

 

 

**********

 

まこちゃん帰国のご報告

いつもまこちゃんをご支援いただき、誠にありがとうございます。

まこちゃんは、10月4日に無事に帰宅いたしました。

通常、移植治療により、感染症のリスクが高まる手術後3ヶ月~6ヶ月の期間は、行動や食事も細心の注意と様々な制限がある他、免疫抑制剤による様々な副作用が起こりやすくなります。そこで、「まこちゃんにとって、身体的にも精神的にも厳しいこの期間を無事に乗り越えるために、感染症のリスクが高くなる3ヶ月目に入る前に、病気で日本に残るお母さんの元に返してあげたい」とお願いしたところ、これまでの検査結果が順調だったこともあり、日米のドクターが話し合いを重ねてくださった結果、急遽、帰国をすることができました。今後は、日本で治療を受けることとなります。

本来ならば、帰国前のお知らせと、当日、記者会見でまこちゃん本人から、ご支援いただきました皆様にお礼を申し上げるべきところですが、手術後2ヶ月という短期間での帰国のため、体力的にも精神的にもまだ、直接皆様の前に立つことが困難であることを、何卒ご理解の上、お許しをいただけましたら幸いです。

今回、皆様の多大なご協力、ご寄付により、目標時期より早い渡米が実現し、フロリダ大学病院のチームの皆様、ドナー様とご家族様のご協力のお蔭で、奇跡的な早さで手術が成功いたしました。異例となる早期帰国も、執刀医マチューカ先生のご理解と、医療チームの皆様及び現地の日本人会の皆様の、多大なご協力によって実現いたしました。

2月に募金がスタートして以来、これほど多くの方達のお力添えをいただけましたことを、深く感謝申し上げます。まこちゃんが、入学後2ヶ月しか通えていない高校へ、普通の高校生として戻っていける日を一日でも早く迎えられるように願っております。

感染症のリスクが高い手術後3ヶ月~6ヶ月の期間、また手術後1年間を注意深く過ごすことが出来るかどうかで、20年後の状態に大きく差が出ると、医師から指導を受けております。引き続き静かに見守って頂けますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

まこちゃんを救う会
共同代表 島田 浩子

 

両親からのメッセージ

いつもご支援、ご協力をいただいております皆様にご報告致します。
この度、急遽10月4日に無事帰国する事ができました。


皆様の温かいご支援のおかげで7月17日に渡米することができ、フロリダ大学病院のチームの皆様、日本人会の皆様のご支援ご協力で、不馴れなアメリカ生活を親身にサポートしていただきました。約1週間の検査入院が終わり、一時退院の準備をしていたところ、ドナー様に巡り会えて、7月27日に移植手術を受ける事ができました。 その後、先生や看護師さんも驚くほどの回復ぶりで、8月15日に退院する事ができました。退院してからは病院近くのマクドナルドハウスに滞在でき、そこから平日のみ病院のリハビリに通い週1回ほどの外来受診を受けながら、飲み薬の調整をしてきました。


こんなに術後の経過が良いのも、皆様のご支援ご協力のおかげで早く渡米でき、移植手術を受ける事ができたからです。本当にありがとうございました。
またドナーとなってくださった方がいたから手術を受けることができました。ドナー様のご冥福をお祈りすると共に、大きな決断をしてくださったご家族の皆様に、心から感謝申し上げます。


肺高血圧症は無くなりましたが、今後は肺移植の治療が続きます。ドクターからは、術後3ヶ月~6ヶ月は感染症に感染するリスクが高いため、食事や行動について厳しくご指導がありました。この時期の過ごし方を厳重に注意し、さらに、手術後の1年間を無事に乗り越えることが、とても大切になるそうです。
そのため、本来は皆様にお会いして御礼を申し上げるところ、面会等をご遠慮いたしますことを、何卒ご容赦いただきますようお願い申し上げます。
これからも油断せずに、ドナー様の肺と仲良く過ごして生きてほしいと願っております。沢山のご支援により生きるチャンスを頂き本当にありがとうございました。
皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

 

 UFH病院移植チームとの記念写真

 

**********

 

 

これから半年以上は感染症予防のため等の治療が続くのでしょう。何事もなく無事に術後1年を迎えて欲しいと思います。そして1日でも早く普通の生活に戻り、高校生活にも復帰し楽しい暮らしを取り戻して欲しいと願っています。まだまだ大変なことが待ち受けているのでしょうが、是非とも頑張ってこれらの壁を乗り越えて行って欲しいです。

応援していますよ!まこちゃん!

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「みなみちゃん救う会」よりの報告

2019年10月02日 16時45分14秒 | 心臓手術などに関すること

本日付で「みなみちゃん救う会」のホームページに下記案内が掲載されました。

 

**********

 

 

【みなみちゃん救う会より重要なご連絡】

いつもみなみちゃんへの温かいご支援、誠にありがとうございます。

 皆さまにとって突然のご報告となりますことご容赦ください。

過日、みなみちゃんは思いがけず国内での心臓移植手術が出来ましたことをご報告致します。

ドナーとなってくださった方のご冥福を謹んでお祈り致しますと共に、ご家族の方のご決断に深く感謝申し上げます。

国内における移植手術にあたっては、プライバシーの観点から配慮が必要なことが多々あり、このようなタイミングでの発表となりました。

救う会として、可能な範囲で最大限速やかな報告をさせていただきました。どうかご理解をいただければと思います。

みなみちゃんの容体、ご支援いただいた募金の扱い等については、HP内で逐次お伝えして参ります。
どうかご了承くださいますよう、お願い申し上げます。

みなみちゃん救う会 代表 杉山 尚也

 

 

【両親からのご挨拶】

みなみにいつも温かい応援と心強い御支援を頂きまして、本当にありがとうございます。

この度、日本で心臓の移植手術を受けることが出来ましたことをご報告させて頂きます。

まず第一に、ドナーの方のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、尊い決断をして頂いた御家族の皆様に深く感謝申し上げます。

私達家族も日本で移植手術が受けられるとは思いもしていなかったので、驚きとともにみなみにとって一番負担の少ない方法で移植手術を迎えられたことに感謝しております。

今回、移植手術を受けられたことのご報告が遅れてしまいました事、御支援いただいた皆様に多大なるご心配と様々な憶測を招いてしまったことを、この場をお借りてしてお詫び申し上げます。

移植手術後、すぐにご報告が出来なかったのは、ドナーとなってくださった方、御家族への心境に配慮したこと、また、みなみの容態が安定していなかったことで、ご報告の時期を遅らせました。

現在のみなみですが、集中治療室にて治療を継続中ですが、快方に向かっております。

これから免疫抑制剤を一生飲み続けながら、拒絶反応や感染症の不安など様々なことがありますが、薬と上手く付き合いながらみなみには沢山の経験を通して、相手を思いやれる子に育っていって欲しいと願っております。

皆様の温かいお言葉やメッセージの数々によって、募金活動を始めてから今日に至るまで何度となく支えられてきたことをこの先も忘れる事なく、繋いで頂いた命のバトンを大切に守りながら過ごしていきたいと思っております。

皆様のお気持ちに深く感謝申し上げます。 本当にありがとうございました。

野村 亮介 野村 麻菜

 

 

**********

 

無事にみなみちゃんの心臓移植手術が行われたこと本当に嬉しく思います。そして一日も早く元気な身体になってご両親と一緒にごく普通の生活が送れる様になることを心より願っております。

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国内での幼児心臓移植手術

2019年10月01日 14時56分13秒 | 心臓手術などに関すること

9月25日付への愛媛新聞によりますと、

 

「日本臓器移植ネットワーク(東京)は24日、急性脳症で県内の病院に入院していた6歳未満の男児が23日に臓器移植法に基づき脳死と判定されたと発表した。6歳未満の脳死は14例目で、県内では初めて。家族が脳死判定と臓器提供を承諾した。

  東京・霞が関の厚生労働省で会見した移植ネットによると、脳死判定は県内の病院で22日午後1時55分に1回目を始め、同日午後3時59分に終了。2回目は23日午後4時50分に開始、同日午後6時30分に終えた。

 心臓は25日に摘出し、東京女子医大病院(東京)で10歳未満の女児に移植される予定。肺はレシピエント(被移植者)の該当者がおらず、肝臓、膵臓(すいぞう)、腎臓、小腸は医学的理由で移植を断念した。

 移植ネットによると、両親は臓器提供の意思表示をしている家族がいることを家族内で共有しており、自然に男児の臓器提供について話し合えたという。家族の総意で臓器提供を承諾した。」

 

とのことでした。

 

臓器提供をしてくださいましたドナーのお子様のご冥福を謹んでお祈りします。そして同時に臓器提供という重大で、荘厳な決断をなされたご家族の皆さまに心より感謝申し上げたいと思います。

 

 

一方、神奈川県内在住で海外での心臓移植手術を希望し募金活動を続けていた、今月1歳になる野村南美(みなみ)ちゃんのホームページ「みなみちゃん救う会」では9月27日付けで下記の案内が掲載されていました。

 

<募金活動停止のご案内>


「いつもみなみちゃんへの温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
この度、救う会の活動に進展があり、新規の募金箱設置の受付、街頭募金および10月以降のイベントでの募金活動を停止させて頂きます。
なお、店舗等に設置させて頂いている募金箱の取り扱いについては追ってご連絡いたしますが、募金は停止(回収)をして頂き、一度集計と御入金をお願い致します。
詳細に関しては、追って後日ご連絡させて頂きます。」

 

 

その後にまだ詳細の発表はありませんが、みなみちゃんは東京女子医大病院に入院していること、活動に進展があったと言う文言から、愛媛で脳死判定を受けた男子の心臓はこのみなみちゃんに移植されたものと思われます。

 

みなみちゃん救う会」の街頭募金活動へは私も参加してお手伝いをする予定でしたが、私の兄の突然の入院などがあって、どうにも時間が取れず断念していました。目標募金額の2億8000万円まであと8000万円弱となっていて、9月末でアルバイトが終了した私は、さあこれから街頭募金のお手伝いが出来るだろう、と思っていたのです。

 

みなみちゃんの心臓移植手術が無事に終了したと言う正式な発表がされた訳ではありませんが、レシピエントが誰にせよ、国内での移植手術が行われたことは大変に喜ばしいことと思っております。わざわざ海外に行ってまでの移植手術となるとそれに対する様々な批判が毎回起こっています。

 

今回の記事によると、愛媛県のご家族では「両親は臓器提供の意思表示をしている家族がいることを家族内で共有しており、自然に男児の臓器提供について話し合えたという。家族の総意で臓器提供を承諾した。」とあります。大変難しい問題と言うことは承知の上ですが、私の意見としては国内で今回の様に臓器移植手術が受けられる事例が増えてくれることを希望しています。

 

みなみちゃん救う会」より正式な報告があり次第改めてこのブログでも報告したいと思っています。

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