日々の恐怖 3月5日 肖像画(1)
彼女には、絵描きを生業とする叔母がいるそうだ。
雑誌や広告のイラスト、本の表紙、油絵の市民講座や高校の美術部の講師など、絵に関する様々な仕事を一手に引き受けていた。
叔母は、姉である彼女の母親とは歳が離れており、姪である彼女と十五歳しか違わなかった。
そのため叔母としていうよりは、姉のように彼女を可愛がってくれていた。
叔母は古い小さな借家に一人で暮らしており、家が近いこともあって彼女はしょっちゅう遊びに行っていた。
絵描きなので家のあちこちに絵が飾ってあったが、中でも目を引くのは、玄関を入ってすぐのところにある、高さが一メートルを越すような大きな肖像画だった。
大きさもさることながら、壁にかけたり床に置いたりするのではなく、一人掛け用のソファの上に丁寧に置かれており、この絵が特別なことは明白だった。
額縁の中では、男性が背筋を伸ばして椅子に腰掛けていた。
堅苦しい印象はなく、遠くから見ると小さく微笑んでいるような、温かみのある絵だった。
しかし彼女は、この絵に疑問を抱いていた。
初めて絵を見たのは中学生の頃だった。
彼女はおじいさんが座っている絵だと思った。
しかし高校生になってから改めて見ると、その絵はどう見ても中年のおじさんが座っている絵だった。
大学合格のお祝いをもらいに叔母を訪ねた際、彼女は玄関の叔母と同い年くらいの男性が座っている絵について、とうとう叔母に訊いた。
「 あの絵、若返ってない?
描き直してるの?」
叔母は少し迷ったが、やがて、
「 ねえちゃんにはナイショだよ。」
と前置きをして、話してくれた。
「 あの絵はね、あたしの恋人なんだ。」
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