日々の恐怖 9月7日 病院関連話(3) がんの部屋
病室には絵が必ず1枚か2枚飾ってある。
ほとんどは版画(ラッセンとかヤマガタとか)なんだけど、ある病室には鉛筆のデッサン画が何枚かと、あと真っ黒な油絵が1枚飾ってある。
それはその病室に入院していた患者さんが描いたもので、無名だけれど二科展にも入選した事があるそうだ。
鉛筆デッサンは窓から見た風景とか静物画なんだけれど、ある時どうしてもと頼まれてイーゼルと画材一式を持ち込んで油絵を描き始めた。
末期のがん患者さんで、もう終末治療みたいなものだったので、その程度は許してあげた。
油絵って下地を塗ってそこに絵の具を積み上げていくような描き方なんで最初は何の絵か分からなかったんだけど、どうも肖像画を描いてるらしい。
しかしおかしいのは窓を見ながら描いてる。
しかも消灯後にスタンドライトの明かりでだ。
別に肖像画を描くのはいいとして、なんで窓を見ながら描く?
徐々に絵が出来上がってきて、まあ美人と言っていい女性だった。
顔がだいたい出来上がって、手を描き加え始めた。
なんというか、こちらに向けて何かを握ってるみたいな構図だった。
次にその上に描き加え始めた。
窓枠。
最後に全体を整えると、夜景をバックに窓にしがみついている女性。
ちょっと、いくら末期がんでも趣味悪くない?
次の日巡回に行くと、全面を黒い絵の具で塗りつぶしていた。
いくら不気味な絵とはいえもったいないので理由を聞くと、
「 一緒に行こうかなと思ってたんだけど、やっぱりやめた。」
何それ?
次の検査で驚くことが分かった。
がんが縮小している。
そして最終的に消滅し、患者さんは無事退院して行った。
スケッチも油絵も、
「 あげます。」
と言われた。
油絵は、気持ち悪くもあるものの何だか縁起物のようなような気もして、目立たない場所に飾った。
そうして、その後その病室にがん患者さんを入れるとほとんど治療がうまくゆくので、病室名を”B4-4”とは言わず、”がんの部屋”と呼んでいる。
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