日々の恐怖 3月10日 肖像画(3)
叔母と老人は単に絵描きと顧客の関係だったため、叔母が老人の死を知ったのは次の週、少し気まずい気持ちで老人ホームを訪れた時だった。
部屋は片付き、広い室内にあの絵だけが残っていた。
叔母は目を見張った。
出来上がるまでもう一手間加える必要があったはずなのに、その絵はどう見ても完成していた。
部屋の中では老人の親族と思しき中年の男性が、叔母を待っていた。
「 生前は、祖父がお世話になりました。
この絵なんですが、祖父の遺言で、必ずあなたにお渡しするように、と・・・。」
「 でも、お金も頂いてるのに。」
「 いいんです。
祖父の言うことを聞かないと、僕たちが叱られてしまう。
こんな大きなじいさんの絵、迷惑なだけかもしれませんが。」
叔母が呆然と自分の描いた絵を見つめていると、不思議なことに絵の中の老人がニコリと微笑んだような気がした。
それを見た途端、何故か叔母は涙が溢れてきて、この絵は自分のものだと強く思ったのだという。
「 そんなわけで、あの絵はうちに来たの。
見守るってどういうつもりかは知らないけど、なんかだんだん若返ってきてね。
今以上若くなるなって、ついこないだ言ったばかりなんだ。」
真面目な顔でそう言った叔母だが、唖然とする彼女の顔をしばらく見つめ、こらえきれずに吹き出した。
「 あんた、バカねぇ!
絵が勝手に若返るなんて、そんなはずないじゃん。」
「 えぇ⁈」
「 あの絵はお気に入りだから、あたしがいちいち描き変えてるのよ。
それこそ、恋人気分でね。
絵描きバカって怒られるから、ねえちゃんには内緒にしててよ。」
叔母は目尻の涙をぬぐいながら、
「 なんでも信じて、騙されないように。」
と、まだ呆然とする友人に大学合格祝いをくれたという。
「 あれからもう何十年と経ちましたが、叔母もあの絵も健在です。
あの絵は、叔母に合わせて今度は段々老けてきてますよ。
今は、還暦のおじいさんに逆戻りしてます。」
彼女は少し呆れたようにそう言った。
「 それは、やはり叔母さんが描き直されて?」
「 さぁ、詳しいことはわかりません。
自分に合わせて絵の顔を描き直すのも、けっこう異常な執着ですよね。
顔だけじゃなく、手のシワや、着ているスーツまで年相応に変えていくんだから。
まぁ、叔母も絵もなんだか幸せそうなので、どちらでもいいんでしょう。」
私は、絵の中の恋人と寄り添うご婦人を想像してみた。
それは一枚の美しい絵画のように、私の頭の中に浮かんできたのだった。
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