大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 3月30日 村岡君(2)

2022-03-30 11:59:18 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 3月30日 村岡君(2)





 いつの間にかクラスメートのほとんどが集まってきました。
何人かは竹林側の廊下に出て、より近くで見えない女性のその姿を見ているようです。
 しかし私や半分くらいのクラスメートには何も見えません。
そこへ担任と隣組の先生がやってきました。

「 お前ら何してるんや、作業せいよ。」

担任の山本先生が言います。
年下の隣組の先生は腕組みをしています。
 村岡君がつぶやきました。

「 あそこの竹のとこに変な女がいるんです。」

指差す方向を見た担任は、

「 雨降ってるだけやないか。
竹の子でもおるんか?」

と笑います。

「 や、山本先生、あれが見えんとですか!?」

隣組の先生が腕組みをとき、後ずさりながら言いました。

「 透けとう女です!」

中途半端な笑い顔のまま山本先生は、それでももう一度その方向を見ます。

「 いや、見えんが・・・、みな見えとるの・・・??」
「 はい、見えるとです。」

 雨がやや強くなり、ほとんど夜の暗さになった教室に、さっきまで騒いでいた生徒たちも静かになり、その方向を皆見つめています。
女生徒の怖くてすすり泣く声だけが聞こえます。
見えない生徒たちも、その不気味な雰囲気に何も言うことができません。










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日々の恐怖 3月25日 村岡君(1)

2022-03-25 12:21:06 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 3月25日 村岡君(1)





 それは10月も終わりに近づいた放課後のことです。
私たちは文化祭の準備で、かなり遅くまで教室に残り展示物を作る作業をしていました。
朝からの雨はいつの間にか霧雨に変わり、夕方なのにまるで夜のような暗さでした。
時々遠くで雷鳴が轟き、当たり一面を一瞬明るく照らします。
 私の故郷はかなりの田舎で、中学校も山を切り開いたその中にあり、校庭を挟んで小さな町が広がり、山手側は竹林になっています。
雷光のたびに竹林が照らし出され、うっそうとした奥のほうまでの広がりが見えます。
 私は親友の村岡君と、紙を切ってセロファンに付ける作業をしていました。
すると、村岡君が竹林を見て手を止めました。
しばらくして、

「 何や?あの女・・・?」

と私に問いかけます。
視線を上げて竹林の方を見ますが、女性はおろか特に変わったものも見えません。

「 別になんもないで・・・?」

私の言葉に村岡君は、

「 いや、変な女がおる。
かがんで地面を見つめとる。」

と言いました。
 村岡君の話では、古い服装の若い女性が竹林の中で何かを探しているように見える、と言うのです。
でも私には何も見えません。
見えるのは霧雨と、もやがかった一瞬明るくなる竹林だけです。

「 やっぱり見えへんで・・・。」

私たちの会話を聞いてクラスメートが何人か集まって来ました。
 竹林の女性が見える人もいれば、見えない人もいます。
見えると言う人たちは皆ひどく怖がっていました。
体が透けている、と言うのです。










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日々の恐怖 3月21日 心肺蘇生(2)

2022-03-21 10:52:39 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 3月21日 心肺蘇生(2)





 患者さんのご家族に事情を説明し、開放されたのは深夜の2時を回った頃だったといいます。

“ あと5分・・・、あと5分続けていれば、心拍が戻ったんじゃないか・・・・・。”

無駄だと頭では分かっていても、ご家族の嘆きを見たり、実際に命が掌から滑り落ちる感覚を味わうと、そう思わざるを得ません。
 Aは疲れた身体を引き摺り、当直室へ戻りました。
疲れてはいるのですが、一向に眠気は訪れません。
 しばらく、ぼうっとベッドに腰掛けていると、

” トントン・・・、トントン・・・、トントン・・・、トントン・・・。”

当直室のドアをノックする音が響きました。

「 そりゃあ、不思議に思ったよ、なんだ、こんな時間に、って・・・・。」

当直室にはナースセンターからの直通電話があり、普通はそこから連絡が来るものです。
こんな深夜に当直室を訪れる人間などいないはずです。
 怪訝に思いながらもAは返事をしながらドアを開けたそうです。
消灯時間を過ぎた、薄暗い、病院の廊下・・・・。
そこには誰の姿も無く、どこかに隠れた様子もありませんでした。

「 おかしいなぁと思ったけど、どうしようもない。」

 Aはドアを閉め、再びベッドに腰を降ろしました。
すると、

” トントン・・・、トントン・・・、トントン・・・、トントン・・・。”

と、またノックの音。
出ても、誰もいない。
 さすがに気味が悪くなって、Aは三回目のノックは無視していたそうです。
そして、閉まったドアを見つめながら、

” トントン・・・、トントン・・・、トントン・・・、トントン・・・。”

いつまでも続くのではないかと思うほど、ノックは続きました。

「 そのノックな、きっかり、5分続いた。」

患者さんが恨み言を言いに来たのか、お別れを言いに来たのか、それは分からないと言っていました。









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日々の恐怖 3月19日 心肺蘇生(1)

2022-03-19 11:43:21 | B,日々の恐怖



 日々の恐怖 3月19日 心肺蘇生(1)





 大学時代の同期にAという男がいます。
在学中は一緒に馬鹿をやった中ですが、今は専門を違えており、なかなか会う機会もありません。
そんな彼に久々に会ったときの事です。
 お互いに昼飯に行くところだったので、連れ立って昼を食べていると、Aが奇妙なことを言いだしました。

「 俺さ、まったく怖い話とか信じてないけど、あれは怖かったなぁ・・・・・。」

 聞くと、Aが数日前の当直の日、受け持ちの担当患者さんの容態が急変したそうです。
その患者さんはかなりの高齢でしたが、容態は安定しており、本当に急なできごとだったといいます。
 患者さんのご家族が駆けつけるまでの間、Aは心肺蘇生を試みておりました。
患者さんはなにぶん御高齢ですので、電気ショックは使えず、手技による心臓マッサージだったそうです。
 やったことのある方は御存知かと思いますが、心肺蘇生術はかなりの体力を使います。
Aは汗だくになりながら、必死にマッサージを繰り返していました。
しかし、結局患者さんの意識が戻ることはありませんでした。








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日々の恐怖 3月17日 風鈴(2)

2022-03-17 13:53:56 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 3月17日 風鈴(2)





 見ていた祖父と爺様達は、遠巻きに、

「 お、ゆっくりな、ゆっくり。」
「 でぇじにあつかえ。」

等、わけがわからないです。
 丁寧に外し、よく見ると緑色に錆びた風鈴のようなものでした。

「 爺ちゃん、これ・・・。」

と祖父に渡そうとしても受け取らない、触ろうとしない。

「 おっ、いいからお前がもってろ。」

ちょっと待って下さい、お祖父ちゃん。
他の爺様達も笑顔だが、誰も近づかない。
その後すぐに村へ帰ることになりました。
 祖父の家へ戻ると祖母も同じ反応でした。
近づこうとしない。
でも、泣くほど不安になったわけではありませんでした。
 村中の人が祖父の家へ集まってきました。
お爺ちゃんお婆ちゃんだらけの中、

「 それにはおめぇ以外触れねえんだ。」
「 良い事があるよ。」
「 わしは二度目かの。」
「 まえは誰だった?」

等、笑いながら話していました。
 祖父が、

「 それはお前のもんだ、綺麗にして大事にしなきゃな。」

と、小さな箱をくれました。
とりあえず箱へしまい、やっと重たいものから逃れられたような気がしました。
 箱は仏壇へ納められ、私が帰る日までそのままでした。
帰る日まで村中の人から風鈴の経緯を聞かされていましたが、よいものである以外内容がまちまちなため、結局分からず終いでいます。
 今年も風鈴をつるしてはいますが、残念ながら音が鳴らないです。
ただ、あの時のお爺ちゃんお婆ちゃん達の笑顔は子供のようでした。
もう何年も経ちましたが、今も何が起きるのかワクワクして眺めています。








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日々の恐怖 3月14日 風鈴(1)

2022-03-14 15:45:30 | B,日々の恐怖




 日々の恐怖 3月14日 風鈴(1)




 昔です。
小学校高学年の夏休みです。
祖父母の元へ一週間ほど泊まりで帰省していた時の話です。
 山奥の村落、20軒ほどが身を寄せ合うところで、村には私のような子供は一人もいませんでした。
住人はほとんどが高齢者ばかりのようで、過疎という言葉が当てはまる場所です。
かといって暗い雰囲気は無く、小さな訪問者に皆が親切にしてくれました。

「 ミノルの倅か、ほーかほーか。」
「 テービもねぇからつまらんろ。」
「 独楽回すか、独楽。」
「 後で、釣りいくべ。」
「 虫がいねぇんだろ、あっちは。
捕り方おしえんべか。」

どちらが子供かわからない。
でも、うれしかったことを覚えています。
 二日目に祖父と釣りへ出かけました。
村の爺様ほとんどがついてきます。
 山間の上流、比較的流れが緩やかな場所です。
気を使ってくれているのは分かりました。
竿の振り方や餌のつけ方、魚の居そうな場所などを教わり、十人いると十人が微妙に違います。
 釣り始めて二時間もしないうちに、爺様たちは大宴会になっていました。
一人竿を振る私のところへ代わる代わるきては、微妙に異なるコツを教えてくれました。

「 あ、かかった!」

そろそろ飽きかけていたところ竿が引かれた気がしました。
引き上げて見ると、緑色の塊でした。









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日々の恐怖 3月10日 肖像画(3)

2022-03-10 16:00:27 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 3月10日 肖像画(3)





 叔母と老人は単に絵描きと顧客の関係だったため、叔母が老人の死を知ったのは次の週、少し気まずい気持ちで老人ホームを訪れた時だった。
部屋は片付き、広い室内にあの絵だけが残っていた。
 叔母は目を見張った。
出来上がるまでもう一手間加える必要があったはずなのに、その絵はどう見ても完成していた。
部屋の中では老人の親族と思しき中年の男性が、叔母を待っていた。

「 生前は、祖父がお世話になりました。
この絵なんですが、祖父の遺言で、必ずあなたにお渡しするように、と・・・。」
「 でも、お金も頂いてるのに。」
「 いいんです。
祖父の言うことを聞かないと、僕たちが叱られてしまう。
こんな大きなじいさんの絵、迷惑なだけかもしれませんが。」

 叔母が呆然と自分の描いた絵を見つめていると、不思議なことに絵の中の老人がニコリと微笑んだような気がした。
それを見た途端、何故か叔母は涙が溢れてきて、この絵は自分のものだと強く思ったのだという。

「 そんなわけで、あの絵はうちに来たの。
見守るってどういうつもりかは知らないけど、なんかだんだん若返ってきてね。
今以上若くなるなって、ついこないだ言ったばかりなんだ。」

真面目な顔でそう言った叔母だが、唖然とする彼女の顔をしばらく見つめ、こらえきれずに吹き出した。

「 あんた、バカねぇ!
絵が勝手に若返るなんて、そんなはずないじゃん。」
「 えぇ⁈」
「 あの絵はお気に入りだから、あたしがいちいち描き変えてるのよ。
それこそ、恋人気分でね。
絵描きバカって怒られるから、ねえちゃんには内緒にしててよ。」

叔母は目尻の涙をぬぐいながら、

「 なんでも信じて、騙されないように。」

と、まだ呆然とする友人に大学合格祝いをくれたという。

「 あれからもう何十年と経ちましたが、叔母もあの絵も健在です。
あの絵は、叔母に合わせて今度は段々老けてきてますよ。
今は、還暦のおじいさんに逆戻りしてます。」

彼女は少し呆れたようにそう言った。

「 それは、やはり叔母さんが描き直されて?」
「 さぁ、詳しいことはわかりません。
自分に合わせて絵の顔を描き直すのも、けっこう異常な執着ですよね。
顔だけじゃなく、手のシワや、着ているスーツまで年相応に変えていくんだから。
まぁ、叔母も絵もなんだか幸せそうなので、どちらでもいいんでしょう。」

私は、絵の中の恋人と寄り添うご婦人を想像してみた。
それは一枚の美しい絵画のように、私の頭の中に浮かんできたのだった。











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日々の恐怖 3月7日 肖像画(2)

2022-03-07 18:14:45 | B,日々の恐怖




 日々の恐怖 3月7日 肖像画(2)





 大学時代から、祖母はよく似顔絵描きのボランティアをしていた。
八年ほど前、ある老人ホームに行った時、一人の老人が叔母の絵を気に入り、きちんとした額縁に飾れるような肖像画を描いてくれと依頼した。
老人は、その辺りでは有名な病院の前院長らしく、病院のホールにその絵を飾りたいのだという。
金持ちらしく、ホームの最上階の特室に住んでいた。
 叔母は快く了承し、週に一回二時間の約束でホームに通うようになった。
老人は九十歳を超えているというが、矍鑠としていた。
長話だが話上手で、自分の苦労話や戦時中の出来事なども面白おかしく話してくれたため、叔母はやがて老人を訪れるのが心から楽しみになった。
ゆっくり描いてくれという言葉に甘え、一年近く老人の元へ通った。
 ようやく完成に近づいた頃、いつになく老人の口数が少ないことがあった。

「 体調でも悪いのですか? 」

と叔母が尋ねると、老人はたっぷり時間をかけて逡巡したあと、意を決したように口を開いた。

「 その絵なんだが、あんたさんに貰ってもらいたいんだが。」
「 え?
でも、病院のホールに飾るって仰ってたじゃないですか。
前金で頂いてるのに、そんなことはできません。」

叔母が驚くと、老人は困ったように眉を下げた。

「 あんたに貰ってもらいたいんだ。
年寄りの最後の晴れ姿を、ずっと見守ってくれたあんたにな。
今度はわしがあんたを見守っていきたいんだよ。
こんな老いぼれに言われても、困るだろうがなぁ。」

そう言う老人の赤らんだ頬を見て、叔母は老人の気持ちを察したそうだ。

「 でも・・・・。」
「 これが本当の、最後の我儘だよ。
息子たちにもそう言っているから、まぁ、考えておっておくれ。」

老人はそこまで言うと、

「 今日は疲れたから。」

と叔母を帰らせた。
耳が赤くなっている後ろ姿を見て、叔母は素直に従った。
その晩、老人は心臓発作を起こして亡くなった。









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日々の恐怖 3月5日 肖像画(1)

2022-03-05 11:56:43 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 3月5日 肖像画(1)





 彼女には、絵描きを生業とする叔母がいるそうだ。
雑誌や広告のイラスト、本の表紙、油絵の市民講座や高校の美術部の講師など、絵に関する様々な仕事を一手に引き受けていた。
 叔母は、姉である彼女の母親とは歳が離れており、姪である彼女と十五歳しか違わなかった。
そのため叔母としていうよりは、姉のように彼女を可愛がってくれていた。
 叔母は古い小さな借家に一人で暮らしており、家が近いこともあって彼女はしょっちゅう遊びに行っていた。
絵描きなので家のあちこちに絵が飾ってあったが、中でも目を引くのは、玄関を入ってすぐのところにある、高さが一メートルを越すような大きな肖像画だった。
大きさもさることながら、壁にかけたり床に置いたりするのではなく、一人掛け用のソファの上に丁寧に置かれており、この絵が特別なことは明白だった。
 額縁の中では、男性が背筋を伸ばして椅子に腰掛けていた。
堅苦しい印象はなく、遠くから見ると小さく微笑んでいるような、温かみのある絵だった。
 しかし彼女は、この絵に疑問を抱いていた。
初めて絵を見たのは中学生の頃だった。
彼女はおじいさんが座っている絵だと思った。
しかし高校生になってから改めて見ると、その絵はどう見ても中年のおじさんが座っている絵だった。
 大学合格のお祝いをもらいに叔母を訪ねた際、彼女は玄関の叔母と同い年くらいの男性が座っている絵について、とうとう叔母に訊いた。

「 あの絵、若返ってない?
描き直してるの?」

叔母は少し迷ったが、やがて、

「 ねえちゃんにはナイショだよ。」

と前置きをして、話してくれた。

「 あの絵はね、あたしの恋人なんだ。」









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