日々の恐怖 7月9日 借家(3)
家に残された遺書には、病を得て最期は故郷でと戻って来たが、周りの人間が先に次々死んでしまう、まるで自分が疫病神のようで本当に申し訳なかった、とたくさんの涙の跡とともに綴られていたという。
「 もう、十年以上前の話です。
この家はずっと放置していたのですが、去年リフォームして借家にしたんですよ。
この家で何かがあったわけではないですし、時間も経っているから何もないと思ったんですが・・・・・。」
大家は申し訳なさそうにそう言った。
「 その男というのは、実は私の叔父なんですよ。
男を世話していた兄が、私の父です。
父は頑固でしたから、叔父に優しい言葉をかけてやることはありませんでしたが、最期まで気にかけていました。
父の方が先に亡くなりましたから、まだ叔父が亡くなったことを知らないのでしょう。
あなたがあの家に住み始めたので、叔父が帰って来たと勘違いして、食事を運んでいるのかも・・・・。
申し訳ありません。」
頭を下げた大家に友人は恐縮した。
にわかには信じがたい話ではあったが、大家には非のない話であった。
「 遺書にはね、“にいちゃんの、少し塩辛い筍の煮物がもう一度食べたい”って結ばれてましたよ。」
寂しそうに言う大家につられ、友人も鼻の奥がツンとしたという。
「 まぁ、大家さんには悪いが、すぐにその家は引っ越したよ。」
友人のその言葉に、思わず私は脱力した。
「 引っ越したのか。」
「 引っ越した。
いい話ではあったがな、よく考えてみろ。
大家のお父上が置いているという食事は、誰が回収してるんだ?
そしてそいつは、どこに住んでるんだ?
それを考えると、とてもじゃないがあの家にはいられなかったよ。」
友人が身震いするのにあわせ、私も二の腕が粟立つのを感じたのだった。
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