日々の恐怖 8月26日 初めてのバイト(4)
上司の話を聞きながら、不思議な心地がしたのを覚えている。
“ じゃあ、あのおじいさんは死人のお客様だったのか・・・。
ありがとうって言われたし、満足してもらえたのならいいなぁ・・・・。”
それからも毎日のように上司や調理場に怒鳴られながら、私は仕事を続けた。
二ヶ月に一度、夏場には週1ぐらいの頻度で、様々な死人のお客様が訪れた。
葬式帰りらしい団体がやってきて、隅の席に座っているお客様にビールを持っていくと、実はその人が死んでいた、ということもあった。
その家族は昔、うちの店の常連で、私が注文されたビールはその死んだ人の好きだった種類のビールだったそうだ。
団体は涙をこぼしながら笑い、上司の計らいでそのビールはサービスにした。
働き始めて1年が経った頃、その上司が別の店に異動することになった。
バイト初期には失敗ばかりしていた私に、
「 俺が現役だったら辞めさせてたぞ。」
とまで言った上司だったが、私は彼をプロとして尊敬し続け、彼も私を孫のように可愛がってくれるまでになっていた。
上司は鼻水を垂らす私の頭をポンポン叩き、目線を合わせながら言った。
「 ○○さんが来てから、リピーターのお客様が増えたよ。
まあ、中には幽霊のお客様もいたけどな。
○○さんの一生懸命で丁寧な接客に、きっと皆が満足してくれた。
俺が教えたことを、忘れちゃあ駄目だぞ。
今、お前はこの店の看板なんだからな。」
そうして彼は店を去った。
私は彼に叩きこまれた接客術と話術で、沢山のお客様を喜ばせ笑顔にした。
専門学校を卒業すると同時に、ビアホールのアルバイトは辞めた。
死人のお客様以外にも、不思議なことの縁に恵まれた場所だった。
今もそこで働いている人々とは繋がっており、最近も誘われて飲みに行った。
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