日々の恐怖 1月4日 コーヒーの缶
そこは、戦後すぐに建てられたという古い精神科病院だった。
その一階にある売店に、先代院長の妻の幽霊が出るのだという。
先代院長の妻という人は、生前から意識が高いのか意地が悪いのか、判断に困る人だったらしい。
その売店は休憩の職員も利用していたのだが、そこにわざとみすぼらしい格好をして行く。
そして、職員が人を見かけで判断せず、患者もしくはその家族に対して適切な対応をしているかどうかを、こっそり視察していたそうだ。
とある職員などは、院長の妻と気づかず、
「 汚ねぇババアだな・・・。」
と小声で悪態をつき、レジの順番を割り込んでいったらしい。
そういった、差別的で無礼な職員に対しては、有無を言わさず減給や降格の処分が下されていたという。
注意勧告程度ならともかく、制裁を加えてしまうとは職権乱用に他ならないのだが、処分された職員の方も、人を見かけで判断した上に職員としてあるまじき言動をしてしまった自覚と後ろめたさがあるため、おおっぴらに抗議をしたところで言いくるめられてしまっていたそうだ。
そういう時代だったともいえる。
しかしその真意はどうであれ、院長の妻は職員の質向上には、一役買っていたといえるかもしれない。
そして彼女は、死して十数年がたった今でも、その視察を時々行なっているらしい。
数年に一度、理由のよくわからない降格人事があると、長く勤めた職員たちは、
「 まだ出るのか・・・・・。」
と顔を見合わせるのだそうだ。
「 その幽霊って、いつも決まった格好じゃないの?」
私は思わず、話をしてくれた元看護主任に尋ねた。
「 それが違うみたいなのよねぇ。
みんな、どれが幽霊だったかわかんないって言うの。
ほら、精神科って、変わった外見の人が多いじゃない?
確かなのは、売店の客を邪険にした記憶だけ。
そしてある日突然、降格人事が下るのよ。」
彼女は手にしたコーヒーの缶を玩びながらため息をついた。
「 私たちが悪いってことなのかしらねぇ・・・・。
でも、死んでまで、意地の悪いば~さんだと思うわ。」
彼女の名札には、なんの役職も記されていなかった。
その理由は、尋ねないでおこうと思った。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ