日々の恐怖 12月9日 子供の手(2)
1ヶ月ほどたったある休日、私は部屋の整理をしていた。
荷物を収納しようと、備え付けのキャビネットの一番下にある引き出しを開ける。
底に敷かれていた厚紙を引っ張り出すと、その下にあった何かがヒラリと床に落ちた。
拾い上げて見ると、幼稚園児くらいに見える男の子の写真だった。
とっさに風呂場の手を連想し、気味が悪くなったので他のゴミと一緒に捨てた。
その日の夜、テレビを見ていると浴室から何やら物音が聞こえた。
行ってみると、普段は開けっ放しの浴槽の蓋が閉じられている。
開けてみると、冷水が縁ギリギリまで一杯にたまっていた。
夏場はシャワーのみで済ますため、浴槽に湯をためることなど無いはずだった。
考え込みながら水面を眺めるうちに、私の背後にスッと影が立つのが見えた。
肩越しに、髪の長い女の姿が見えた。
ドンッと不意に背中を押され、私は頭から冷水に突っ込んだ。
慌てて持ち上げようとする頭を、凄い力で押さえつけられる。
もがいて逃れようとするがビクともしない。
肺から空気が逃げ出していく。
パニックに陥る寸前、私は床を蹴って浴槽に身を躍らせた。
そして浴槽の底に手足を突き、全力で体を持ち上げる。
水面を破って立ち上がると、呼吸を整え、周囲を見渡した。
誰もいない。
風呂場の扉は開いているが、外の様子はうかがい知れない。
風呂場から出る勇気が出ないまま、私は浴槽の中に立ち尽くしていた。
” サワ・・・。”
ふくらはぎに何かが触れた。
小さな手にゆっくりと足首を掴まれる感触があった。
私は悲鳴を上げ、ずぶ濡れのまま浴槽から、風呂場から、アパートから飛び出した。
私が引っ越す前、ここに誰が住んでいたのか、ここで何があったのか、大家はそれを語ろうとしなかったし、私も聞こうとは思わなかった。
それから部屋を引き払うまでの約一週間、浴室の扉の前には荷物を一杯に詰めた段ボールを積み上げておいた。
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