日々の恐怖 10月25日 工場
大学のとき、プラスティックの部品を作っている工場で夜にバイトすることになりました。
そのバイト先のオンボロ工場は4階建てですが、使用されているのは1階と2階だけです。
3階と4階は十数年前までは倉庫として使われていたそうですが、現在はほとんど使われていません。
社員さんの話によれば、景気の良いときは荷物の置き場にしていたけれど、不景気で扱うものが変わり、使うことも無くなって階段にある防火シャッターも閉めてあるとのことでした。
だから、バイト仲間が3階や4階に行くには、社員の人に防火シャッターを開けて貰わないと行けなくなっていました。
バイトの仕事としては、特に3階や4階に行く用事は無かったのですが、辞めて行ったバイトの先輩からは、
「 ここの3階と4階は訳ありだから、行けなくしてあるんだ。」
と言う伝説が代々伝わっていました。
ところが、何故か訳ありの訳が何なのかは、伝わっていないのです。
それで、僕も含めて今いるバイト仲間は全員そこに行ったことが無く、そこに一体何があるのか、また訳ありの訳とは何なのか、微妙な興味を持っていました。
そして、バイトのみんなは、このことについて気にはなっていたのですが、バイトの身分としては社員さんに会社に支障のあることも聞けず、モヤモヤしたまま仕事をしていました。
ある日のことです。
1階と2階との間のみで往来する汎用のエレベーターが故障してしまって、普段ほとんど使用されたことの無い貨物専用のエレベーターが臨時で使われることになりました。
社員さんが山積みにされた機械や荷物をどけるとその小型エレベーターは、隅っこで埃にまみれてひっそりと佇んでいました。
稼動するかどうか心配はあったのですが、電源スイッチを入れると何の故障も無くそれは扉を開けました。
1階で貨物を積み入れ、2階に送ります。
よく見ると、3階と4階の行き先ボタンもありました。
僕らアルバイト学生はこれを見て全員が同じことを考えました。
“ これって、上のフロアに行ける唯一の手段だぞ。”
30分間の休憩時間、社員さんの姿がなくなるのを確認して、僕達はジャンケンを始めました。
負けた者二人が三階と四階を探検してくるのです。
Kがビリで四階、僕はその次だったんで三階を探検しなければならなくなりました。
それぞれ懐中電灯を手に、エレベーターに乗り込みました。
貨物専用なので、扉が閉まった時点から暗闇です。
まず三階で止まりました。
僕らは息を飲み、扉が開くのを待ちました。
ひんやりしたカビ臭い空気が流れ、ゆっくり扉が開きました。
懐中電灯で照らすと、フロアは二階とほぼ同じ作りになっているらしいことがわかりました。
「 じゃ~、お先に・・・。」
僕はKを残して恐る恐るエレベーターから出ました。
「 気をつけてな。」
Kがそう言い終らぬうちに扉は閉まりました。
そして、エレベーターは四階へ上って行きました。
取り残された僕は、まずフロアの照明スイッチを探しました。
多分、二階と同じ場所にあるだろうと思って、奥のほうへ歩いて行ったのですが見つかりませんでした。
とりあえず、壁伝いに歩いて探すことにしました。
ほとんどがらんどうになっていて、目を引く物と言えば山積みにされたコンテナ、埃を被った作業机、乱暴な殴り書きの禁煙の張り紙、それと、えらく古い型のエアコンくらいでした。
壁伝いに半周ほどしましたがスイッチは見付かりません。
道路沿いの窓まで歩いて外を眺めると、いつも見ている二階からの風景とは目線が高くなったせいか、ちょっと違うようで、なんだか新鮮な感じがしました。
窓の周辺は、月明かりで多少良く見渡すことができました。
てるてる坊主がひとつぶら下がっていました。
“ Kはいまごろ何やってるだろう・・・。”
と思ったときに、ちょうどエレベーターの扉が開き、Kが声を掛けてきました。
「 お~い、そろそろ戻ろ~。」
「 は~い。」
エレベーターに乗り込み、社員に見つからないように僕らはそっと二階へ戻りました。
僕もKも、待ち構えていた他のバイト学生たちに、これといって話すほどの冒険譚は何も無かったんで、状況を話してもさほど盛り上がることも無く、休憩時間は終わってしまいました。
代々伝わってきた訳ありは単なる噂だったと言うことで、バイト仲間たちは何だつまらないと言った顔をしてサッサと解散しました。
深夜、仕事が終わり、帰り支度をしながら僕はKと先ほどの探検について、もうちょっと詳しく話しました。
Kの行った四階には中身のわからないダンボールや貨物が多少あったそうですが、やはり他には目を引くようなものは何もなかったということでした。
僕はと言えば、印象に残ったものと言えば、禁煙の張り紙と窓際のてるてる坊主ぐらいで、幽霊の一匹くらい出ても良かったのに、とクスクス笑ってしまいました。
Kもつきあいでちょっとニヤッと笑った程度です。
二人で工場を出て自転車に乗り、道路を渡っているときでした。
途中、Kは自転車を止め、空を見上げていました。
「 どうした?幽霊にでもとりつかれたんじゃないの?」
僕はニヤニヤしながら冗談を言いました。
「 さっき、月明かりがどうって言ってたよね・・・。」
Kがそう言うのを聞いて、僕も空を見上げ、エッ?、と思いました。
空に月は出ていませんでした。
「 今日は、新月かな?」
でも、確かに窓の辺りは明るく照らされていました。
「 じゃ~、あれは町の明かりに照らされていたのを、勘違いしちゃっただけなのかなぁ・・・。」
確かに月を見た気もしたんですが、気のせいだったようにも思えますし、現に月は出ていませんから、そうとしか言い様がありません。
そして、道路を渡り切ったKが振り返り、工場の方を見て再び口を開きました。
「 ヤバイかも・・・。」
彼の言う意味がはじめ良くわからなかったんですが、彼の視線の先を見たときに僕もそれがわかり、頭の中がパンクしそうになってしまいました。
道路を渡ったところで初めて高い塀で囲われた工場の三階と四階の壁が見えるのですが、そのどこにも、窓が付いていなかったのです。
僕は、さすがにもうその工場でバイトする気になれず、そのまま辞めてしまいました。
Kも数日後に辞めたと聞きました。
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