日々の恐怖 3月16日 東京のアパート
今から11年前、仕事で東京に1年近く暮らしてた時の話です。
恵○○駅から徒歩5分ほどの場所で、うろ覚えだが5~6階建てのアパートだった。
1階にはクリーニング屋、通りを挟んで斜め前に不動産屋があり、その不動産屋がアパートの管理者だった。
築10年以上は経ってるだろうか、1フロア4戸で周りは雑居ビルで囲まれた狭苦しく、暗いというのが第一印象だった。
不動産屋の担当者に通されたのは3階の一室。
1LDKでユニットバス付。
玄関から6畳程のダイニングキッチンを突っ切って、すりガラスの障子で仕切られた6畳程のリビングが俺の部屋となった。
家賃が月20万。
地方の田舎者の俺には信じられない額だ。
“ まぁ・・会社が払うんだから関係ないんだが・・・。”
と思いながらも、そこで会社の上司との共同生活を送ることになった。
私事だが、この上司ってやつが超がつくほど嫌な奴で部下を何人も辞めさせた事で有名だった。
慣れない都会生活+上司のイビリがストレスに感じてきた4ヶ月ぐらい経ったある夜の頃、いつもの様に丸めた布団を壁際に押しやって、背中をあずけマンガを読みふけっていた。
ふと耳をすますと、表の車の往来の音に混じって微かだが赤ん坊の泣き声が聴こえる。
布団を押しやった壁がコンクリートの壁にクロスを貼ってたんだが、どうやらこの壁から聴こえる。
耳を壁に当てるとよりはっきりと聴こえた。
“ あぁ・・隣りの住人か、赤ん坊の夜泣きだな。”
ぐらいにしか思わなかった。
猫のサカリの声かとも思ったが、正直どうでもよかった。
隣りの住人がどんな人かも知らないし、そもそも住んでいるかどうかも興味は無かった。
その日を境に度々、赤ん坊の泣き声を聴くこととなる。
ある休みの日の事だ。
買い物からアパートに帰ったら、隣りの部屋の玄関扉が開いていた。
興味本位で廊下から中を覗いてみたら、玄関には黒い革靴が一足。
それ以外はガランとしてた。
ふと中から、不動産屋の担当者が顔を見せた。
「 こんにちは。」
まぁ、一応お世話になってるのと覗いていた後ろめたさもあって、挨拶をした。
「 あぁ、こんにちは。」
靴を履きながら担当者も挨拶を返してきた。
「 お隣さん引越しされたんですね?」
玄関先とはいえガランとしてたからそう思った。
俺は6時にはアパートを出て、帰宅は夜の10時過ぎという生活をしていたので、
“ 俺が仕事に行ってる間に引越ししててもわかんねぇわな。”
と思っていたが、担当者は
「 えぇ、来週の土日に引越しされます。」
なんて言ってる。
どうも話しが噛み合わない。
よくよく話しを聞いてみたら、いままで空家だったが入居者が決まったので、来週、引越しに来るとのこと。
“ じゃあ、赤ん坊の声は・・・?
コンクリートの壁を伝わって下か上の住人が・・・?”
なんて思ってたが、担当者が、
「 じゃあ、これで・・・。」
と言いながらその場を離れ様としたので、呼び止めて、
「 このアパートに赤ん坊のいる住人さん居ますか?」
って尋ねた。
担当者は少し考えた後、
「 さぁ・・・、私は、わかりませんね~。
他の担当者なら知ってるかもしれませんが・・・。」
釈然としないまま、お互い挨拶を交わしその場を離れた。
東京に来て11ヶ月経った頃には、上司のイビリで精神的にもピークがきてた。
仕事も大詰めを迎えていて、帰宅がAM3:00が続いたり、徹夜なんてザラだった。
そんなこんなで、嫌になっていた俺は3日間無断欠勤をした。
気分はすでに地元に帰る気満々。
4日目に仕事場に行き、地元の会社に連絡。
会社の課長はウダウダ言っていたが、聞く耳は無い。
仕事場の上司に、
「 じゃあ、今から帰りますんで・・・。もう2度とココには戻りません!」
って言ってやった。
すると上司は、
「 お前がココで失敗して損失した分を責任かぶるのは上司である俺だ。
それじゃ不公平だろ?
お前にも責任をかぶってもらわんとなぁ・・・。
帰る前に10万をアパートのテーブルの上に置いていけ!
少しは誠意をみせてみろ!!」
なんて言いやがった。
まぁ確かに、ココで失敗して出した損失は30~40万ぐらいになる。
それに比べたら10万なんて安い方だ。
速攻で銀行に行き、10万+帰りの電車賃+土産代を下ろしてアパートに帰る。
金の入った封筒をテーブルの上に置き、荷造りをした。
ダンボール5箱分を郵送して、俺自身、身軽になった。
アパートの鍵をかけ、鍵を玄関扉の郵便ポストに放りこんだ。
気分爽快で恵○○駅に向った。
時間はAM11時頃。
“ 今日の最終の新幹線に乗ればいいんだから、それまで最後の東京観光してもいいなぁ・・・。”
なんて思ってた。
緑の窓口に行き、切符を手配、金を払う時に気が付いた。
“ やべぇ、アパートに忘れた。”
それからアパートまで全力疾走。
もうすぐ12時になる。
上司は、たまに昼休みにアパートに帰る時がある。
“ マズイ!それだけはマズイ!!
あれだけ啖呵きったんだ。
顔を合わせるのはマズイ!!”
3階の部屋の前まできて愕然とする。
“ 鍵を玄関ポストに放り込んだんだった!
やべぇ!手が入らねぇぇ!”
どうしても手首より先に入らない。
必死で考えた。
“ 不動産屋だ!不動産屋に行けば、鍵があるはず!”
ダッシュで階段を駆け下り、斜め前の不動産屋に飛び込む。
「 3階の○○ですけど、鍵を忘れてしまって・・・。
あの、鍵、貸してもらえませんか?」
だけど不動産屋は、担当者が鍵を持って食事に出ていて1時まで帰って来ないと言う。
“ 昼飯早えーし!!”
と突っ込んでみても1時までは待ってられない。
上司が帰って来るかもしれない。
さすがに焦った。
ふと、ココからアパートを見る。
クリーニングの看板。
「 そうだ!ハンガーだ!
針金のハンガーを真っ直ぐに伸ばして引っ掛けよう!!」
考え自体は幼稚だったが、その時はそれが最善だと思った。
すぐにクリーニング屋へ。
事情を話しハンガーをもらった。
時計を見ると11:45頃。
“ 時間が無い!”
すぐさま3階に駆け上がる。
ハンガーを真っ直ぐにして先のフックを玄関扉のポストに差し込む。
玄関扉はスチール製で形は昔の市営や県営住宅を想像してもらえばわかると思う。
やや中心より下にポストの差込み口があり、部屋内側は受けの箱が格子状になっている。
差込口から中の鍵までは、目視できない。
角度的に、どーしても格子の隙間から玄関の床タイルしか見えなかった。
それでもハンガーの先を手探りで鍵に合わせようとする。
ガチャガチャと音はするものの、手ごたえは感じられない。
“ くそっ!どーなってんだ?”
焦りがピークに達した時、チャカっと手ごたえがあった。
『!?やった?とれたか?』
慌てない様に慎重に引きぬく。
鍵がそろそろ見えるくらいの時、確認のためポストを覗いた。
その時だった。
「 えっ?」
格子の隙間から玄関タイルが見える。
が、そこを何かが横切った。
一瞬の事だったが、赤ん坊に見えた。
ぷっくりとした右足と右横腹。
ハイハイをしている赤ん坊を想像した。
“ いやいやいや、ありえんやろ?”
躊躇はしたが、時間も無いし、金も惜しい。
意を決して鍵を抜き取り、鍵を開けた
スチール製の扉は、重そうな音をたてながらゆっくりと開いた。
恐る恐る半分逃げ腰で中を覗く。
“ 大丈夫だ、何もいない。”
内心ホッとして、勢いにまかせて扉を開き、中に入った。
ダイニングのテーブルの上の封筒を確認する。
靴を脱ぐのもそこそこに半分土足ぎみにテーブルに駆け寄る。
封筒を手に取り中を開く。
“ あった、よかったぁ~。”
あるのは当たり前なのだが、この時は何故か安心した。
10万を封筒に残し、残りの金をサイフにしまう。
“ これで忘れ物は無いな。”
と思って何気に自分の部屋の方を見た。
「 うわっ!?」
腰が抜けそうになった。
俺がさっき部屋を出た時に磨りガラス障子を閉めてたんだけど、そのガラス越しに誰かが立っている。
いや、正確には、白い人型が立っていた。
輪郭からして背丈は150~160ぐらい。
体部分は白い服っぽい。
頭部分と思われる所は輪郭がアヤフヤだが、黒髪で長いのか短いのかわからない。
それが俺の部屋の窓からの光でボヤァ~と浮かびあがってる。
俺は頭パニックになりかけてた矢先、右足の甲を何かに踏まれた。
例えるなら、犬か猫が踏んだ様なグニュとした柔らかいけど重みを感じる様な感じ。
「 ホヒャッ!!」
変な雄叫びを上げて跳び上がった。
すぐにテーブルの下に目線がいく。
赤ん坊だった。
今度は、はっきりと見た。
裸の赤ん坊がハイハイしている。
色白の肌、生えそろってない
髪の毛、顔は下を向いていたので見れない。
完全にパニックだった。
赤ん坊から目が離せなかった。
恐怖で体も動かせなかった。
と、その時、
「 ガタッ、ガタ・・・・。」
と音がした。
瞬間的にガラス障子に目線を向けた。
俺の部屋にいた何かが障子を開けようとしていた。
2~3㎝空いた隙間から白い指が覗かせていた。
全身に鳥肌がたって、本能が逃げろと叫んでいた。
「 うぅぅぅぅわゎぁぁぁぁあぁぁっぁっぁあ!!!!!」
ありったけの声を絞り出し、玄関扉をはね飛ばし、階段を駆け下りた。
後ろを振り返る余裕もない。
全力疾走だった。
前の道路を信号無視で横断し、不動産屋に逃げ込んだ。
不動産屋の従業員の姿を見るなり、まくし立てた。
「 なんなんだよあの部屋はぁーー!!
幽霊出るじゃねーかーー!!
てめぇどーゆーことか説明しろ、この野郎ぉ!」
胸倉をつかんで壁に押し付けた。
今思えば、従業員も驚いただろう。
顔面蒼白だったであろう俺から、胸倉を掴まれて泣きそうな顔になっていた。
この騒ぎで、奥の事務所にいた不動産屋の社長が出てきた。
「 どうしたんですか?」
という声に社長に向き直って、今体験した出来事をまくし立てた。
全てを話し、少し落ち着いた俺は、あのアパートで何があったのか社長から聞いた。
「 10年程前、アパートが新築して1年半経った時に、若い夫婦が引っ越してきた。
ほどなくして、その夫婦に子供が生まれた。
だがしばらくして旦那が事故で亡くなり、奥さんが一人で育てていたんだが、育児ノイローゼか、旦那の死がショックだったのかわからないが、1才にも満たない赤ん坊と共に餓死して死んだ。
旦那の保険金も入ってて、家賃も滞納してないのに餓死で死ぬなんてありえないんだけど。」
俺は頭にきた。
「 なんで、そんないわく付きの部屋を貸すんだ。
説明も無しに酷いだろうが!」
「 2年程前に御祓いをして、それ以降現れなかったんです。」
と社長は、言い訳にもならない事を言う。
あきれて言葉が言えなかった。
だが落ち着いて考えてみれば、俺は今日地元に帰るんだし二度と部屋には行かない。
“ あの部屋に帰るのは、あの腹立つ上司だけ。
ざまぁみろ、呪い殺されてしまえ。”
その時は、本気でそう思った。
俺は社長に、
「 この事は誰にも、上司にも話さないでくれ。」
と念を押し、部屋の鍵を渡した。
「 鍵がかかってないんで、オタク達でかけてください。
鍵は俺の上司に連絡して俺から受け取ったと報告しといてください。」
と伝えて不動産屋を出ようとした。
扉を開ける時に社長が独り言の様に呟いた。
「 でも、おかしんですよね~。
出るのは3階じゃなくて4階なんですけどね~。」
「 じゃあ、アパート全体に御祓いをした方がいいですよ。」
俺は、そう言って外へ出た。
地元に帰った次の日、会社に出勤して課長に事の顛末を話し(恐怖体験は言ってない)、10万は後日、返してもらった。
ちなみに、その後の上司は、会社で俺の斜め前の席で何故か元気に仕事をしている。
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