大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 11月24日 Reserved seats(2)

2023-11-24 15:13:15 | B,日々の恐怖






 日々の恐怖 11月24日 Reserved seats(2)






 私が頷くのを見届けてから、彼は話しはじめた。

「 いや、大した話ではないんですけどね。
親父が定食屋を改装してこの喫茶店をはじめてから、なぜだかあんなことになったんです。
あの予約席のプレート、いくら片付けても、朝になったら勝手にあそこに置かれてるんですよ。     
 もちろん、誰も触ったりしてませんよ。
プレートを捨てても、いつの間にかあそこに戻ってきてるんです。
 それにあの席、妙にひんやりとして寒気がすると思ったら、
別の時は、今しがたまで誰かが座ってたような温もりが残っていることもあって。
正直、気味が悪いんです。
 一度椅子ごと撤去したこともあったんですがね。
次の日私が来たら、店の窓ガラスが全部割れていて、それも内側から。
 その後も雨漏りやら空調の不調が続いて、結局椅子を戻したんです。
そしたら、店内の不具合もピタリと止まって。
その後はもう、あそこの席は初めからないものとして、無視することに決めました。
放っておけば、特に害はないのでね。」

思いがけない話が聞け、私はますます呆気にとられた。
予約席は亡き戦友のもの、という話に勝るとも劣らない、不可思議な話だ。

「 お父様は、何かご存知だったのでしょうか?」
「 何も知らなかったと思いますよ。
僕と違って真面目なもんだから、あの席をどうにかしようと、真剣に考えてましたね。
ここは俺の店なんだから俺が座ってやる、なんて言って、一日中座ってたこともありましたよ。
席がひんやりしてたもんだから次の日風邪を引いて、それが元の肺炎で亡くなりましたけどね。」
「 それは、それは・・・・。」

私はかける言葉が見つからなかった。
 彼の言い方だと、先代の死はまるであの予約席のせいなのだが、店主はあまりにもあっけらかんとしていた。

「 その、戦友云々の話がどこからきたかはわかりませんけど、そんないい話になっているんなら、
大歓迎ですよ。
親父も僕も、そこの席の由来を聞かれた時はいつも適当にはぐらかしてましたから、
お客さんの間で憶測が憶測を呼んだ結果なんでしょうけど。」

店主はそう言って笑った。
私はコーヒーを一口含み、この店主にこの味が付いていれば、どんな噂が出回っても客足に影響はないだろうと、心中頷いた。













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日々の恐怖 11月20日 Reserved seats(1)

2023-11-20 20:52:22 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 11月20日 Reserved seats(1)





 雰囲気の良いジャズ喫茶だった。
中に入るとコーヒーのかぐわしい香りが漂い、音楽は耳に心地よい。
何時間でも居座れるような空間で、実際店内にはいつも、長居の常連客の姿があった。
 現在切り盛りしている店主は二代目で、初代は戦後の混乱期、小さな定食屋からこの店を始めたそうだ。
そして晩年、念願だったジャズ喫茶へ趣旨変更したらしい。
 この店のカウンターの一番奥の席には、いつでも予約席のプレートが置かれている。
しかし、実際に誰かが座っていることはない。
その席は、先代店主の戦友専用のものらしい。
 先代店主は戦時中、出征先で戦友たちと夢を語らった。
そして、いつか自分が大好きなコーヒーとジャズの店を開くから、その時はお前たち必ず来いよと約束したそうだ。
先代店主はなんとか生きて帰ることができたが、戦地で命を散らした者も大勢いた。
そんな戦友たちとの約束を守るため、先代店主は彼ら専用の席を作り、他の誰も座らないよう予約席のプレートを置いたのだという。
 それは、息子である今の店主にも引き継がれている。
雨の日や薄曇りの日には、その席にじっと腰掛ける若い男性の姿が、うっすら見えることもあるのだという。

店主はコーヒーを淹れながら、

「 なんですか、それは!
常連さんたちに担がれたんでしょう。」

と、私の話を豪快に笑い飛ばした。
知人から聞いた喫茶店の不思議話を、店主ご自身からも伺おうと、店を訪ねた時のことだ。
呆気にとられる私にコーヒーを出しながら、店主はまだクスクスと笑っていた。

「 うちの店の由来は、確かにその通りですけどね。
親父は若い頃病弱で、戦争には行かずに済んだんですよ。
だから、約束を果たそうにも戦友はいないんです。」
「 では、あの予約席は…?」

私が視線をやった先は、カウンターの一番奥の席だった。
そこには知人の話の通り予約席と書かれた金色のプレートが置かれ、椅子には上等そうなクッションが乗せられていた。

「 あぁ、あれはですね。」

店主は途端に渋い顔になる。
店内を見渡し、私の他にはまだ誰も客がいないことを確認した。

「 絶対に他言しないと約束してください。
客足に響くと困りますから。」












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日々の恐怖 11月11日 校庭を通る人達 

2023-11-13 12:15:34 | B,日々の恐怖






 日々の恐怖 11月11日 校庭を通る人達 






 生前小学校の教員をしていた祖父が大学生だった頃の話です。
ちなみに場所は宮城県です。
 先に学校を卒業して県内の小学校に勤めていた先輩に、

「 年末年始の宿直を代わってほしい。」

と頼まれた祖父は、先輩の頼みをバイト感覚で引き受けました。
 その小学校は村外れに建っていて、学校の西の方には村の人たちの作業場(木を切ったりとか何かしていたそうです)があり、
学校を挟んで、東の方には村の人たちの家がありました。
学校の北側に作業場と村の人たちの家をつなぐ道があって、校舎はその道の南側に建っていました。
 ところが、日が暮れると村の人たちは、西の作業場から東の自宅まで、校舎の北の道ではなく、
校舎の南側、つまり校庭の中を通って帰っていたそうです。
宿直係の祖父としては校庭に勝手に入られると困るんですが、村の人たちは、

「 北の道は験が悪いから。」

と言って校庭を通りたがります。
祖父は、よく分からないけど仕方がないと思い、

” 西門から入ってきた人影が東門から出ていく姿を確認できたらヨシ。”

と思っていました。
 そんな風に何日か過ごして、年が明けました。
その日は雪が降っていて、夜だけど変に明るかったそうです。
いつも通り宿直室で過ごしていた祖父は、東門(村の人たちの家がある方)から西門(作業場がある方)へ抜ける人影を見ました。
 いつもと方向が逆なのでおかしいと思ったそうです。
夜に作業場に行くのも変な話ですし、そもそも新年早々です。
不思議に思った祖父が外に出てみると、雪に残っているはずの足跡がついていません。
ぞっとしましたが、まあ敷地から出ていったからいいかと思い、部屋に戻って普通に寝ました。
 その後、戻ってきた先輩にその話をしましたが、先輩も、

「 へーそうなんだ。」

という感じで特に変わった反応はなく、無事にバイト代をもらって帰りました。
 ところがその数カ月後、先輩から連絡がありました。
先輩は、

「 東から西に行った人の顔は見なかったな?」

と確認してきました。
そして、

「 お前は卒業したら地元(群馬です)に帰って就職するんだろ?
もうこの村には来るなよ。
特に西側の作業場には絶対に行くな。」

と念押ししてきたそうです。
 祖父は、

” 言われなくても特に用ないし行かないけど・・・。”

と思ったそうです。
 祖父の昔話はそれだけです。
その小学校はとっくに廃校になりました。
私が、

「 昔は宿直の仕事があったんでしょ?
何か怖い話ないの?」

とねだった時にしてくれた話ですが、オチもないし、父も祖父からこの話を聞いたことはないそうです。
なんだかよく分からない話です。












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日々の恐怖 11月6日 子供の幽霊

2023-11-06 17:32:29 | B,日々の恐怖





 日々の恐怖 11月6日 子供の幽霊






 友人Kの家には子供の幽霊がいた。
右の頬に赤アザのある、小さい女の子だった。
歳は小学校低学年か、もしかしたら未就学児だったかもしれないというから、幼いと言っていい。
ごく普通のシャツとスカート姿だったけれど、季節を問わず、あかね色のはんてんを着ていたという。
その子はKが中学生の頃に現れるようになったそうだ。
 最初に見つけたのは中廊下だった。
L字の廊下を曲がっていく背中を見たのだという。
驚いて追いかけたが、女の子は煙のように消えていた。
廊下の先の部屋も調べたが、見つけることはできなかった。
 その日以降、Kの家の中では女の子がたびたび目撃されるようになった。
最初はKだけが見ていたが、そのうち家族も見るようになった。
 女の子は、家の敷地の中ならどこにでも現れた。
母親の家庭菜園を眺めていることもあれば、リビングで飼い猫にちょっかいを出していることもあった。
家族の誰かがそこへ来ると、あっという顔になって物陰へ隠れてしまう。
そしてそのまま消えてしまうのだそうだ。

「 視界から外れると、消えるんだよ。」

 ほんの一瞬、目を離せば、その隙に消えてしまう。
なにかの影に隠れて視界から消えると、そのままいなくなる。
そういう存在だったそうだ。
Kは躍起になって女の子を捕まえようとしたが、一度としてそれが叶ったことはなかった。
 女の子は、その幼い容姿からは想像もできないほど機敏だった。
あっという顔をしてから、逃げ出すまでがとても素早いらしい。
しかもずいぶん身軽で、助走もつけずにぽんと跳ねてソファーを飛び越えて消えたことがあるそうだ。
 女の子は、Kが高校三年生の時まで家にいた。
進学に合わせて上京することになり、荷物を整理していた時に会ったのが最後だという。
トイレに行って帰ってくると、自室に積んだ段ボールを見上げていたそうだ。
いつも通り、あっという顔で戻ってきたKを見た。
けれどいつもと違って、すぐには逃げなかったという。

「 俺、もうじき出てくんだよ。」

そのときは、何故だかKも捕まえる気にはならなかったそうだ。
代わりに、そんな風に話しかけた。
 女の子はしゅんとした顔で、段ボールの影に隠れて、消えた。
それきり、女の子は姿を見せなかったという。

「 家族も見かけなくなったって言うんだから、いなくなったんだろうな。」

Kはそう言っていた。
そうかもしれないと思う一方、私は別の可能性も考えていた。
 最初に女の子を見つけたのは、Kだった。
家族が見えるようになったのは、その後だ。
そしてKが家を去ると、家族が女の子を見ることはなくなった。
もしかしたら、Kの存在が女の子と家族を繋ぐ唯一の接点だったのではないか。
私は話を聞いて、そんなことを思い付いたのだ。
 女の子はいなくなったのではなく、接点を失って誰にも見えなくなったのかもしれない。
そして今もその家で、誰にも見られないまま暮らしているのかもしれない。
女の子は誰にも気づかれずに、一人、家の中にいる。
 もちろん、ただの空想だ。
証拠も確信もない。
だから彼にその思い付きは言わなかった。

「 その子、捕まえたらどうする気だったんだ?」

代わりにそう聞いてみると、Kは少し考えて、

「 名前を聞く・・・・、かなぁ。」

と答えた。












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