日々の恐怖 5月14日 紅茶(6)
そしてYが、ちょうど軽トラの真後ろにまわり込んだとき、突然、軽トラのエンジンが掛かる音がした。
「 え・・・・?」
まさかと思ったが、雨の中軽トラが地響きを立てて動き出した、しかもバックに。
「 うわっ!」
Yは慌ててバシャバシャ水を蹴りながら、後ろに逃げた。
しかし、軽トラは下がってきた。
Yが真後ろにいるのが分かっていて、あえて下がってきた。
それで、Yはパニックになった。
そのとき、逃げるYの目に、こちらに近づいてくる車の明かりが飛び込んできた。
Yは下がって来る軽トラを避け、それに向かって必死で走った。
今度こそ本当に、保険会社のロゴの入った大型車だった。
軽トラはYを追うのをやめ、前方にすごい速さで走り去って行った。
軽トラのナンバーを確認するほどの余裕はなかった。
Yは雨の中倒れこんで、保険会社の救助スタッフに抱き起こされた。
保険会社のスタッフ2人も、Yをひき殺そうとする軽トラをちゃんと見ていた。
Yの車は何もされていなかった。
窓ガラスが粉々に割られていたとか、扉が外されていたとか、シートがズタズタにされていたとか、タイヤがすべてパンクさせられていたとか言うことも何もなく、雨の浸水被害だけで、人為的な損壊は本当に何もなかったそうだ。
だから、あの男が雨の中で何をしていたのかは全く不明。
病院で検査を受けたが、あの謎の紅茶も、毒だとか睡眠薬が入っていたとかいうことも何もなく、本当にただの紅茶だったようだ。
一応警察に、男の人相なんかも話したらしいけど、指名手配犯にそんなヤツはいない。
近くにあるらしい刑務所でも、その日は脱走犯とかいなかった。
別にその辺りは事故現場でもなく幽霊が出るとかでもないし、引ったくり未遂があった程度だったようだ。
それでも、車のシートに置いてあったカバンの財布から、現金を抜き取られていることもなかった。
だから本当に、あの青年が何者で、何が目的なのか分からない。
何故Yをひき殺そうと、突然バックしてきたのかも謎だった。
そして、ちょっと気味の悪い事件だったこともあるけれど、その後何故か保険会社はYに解約して欲しいって言ってきたと言う話だった。
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