日々の恐怖 5月2日 再会(5)
激しく混乱しているのは明らかだった。
話をしている最中も奇妙な仕草を取った。
奴はバシバシ自分の頭を叩きながら、ごくごくお茶を飲んだりした。
突然額の上の部分を押さえて、
「 また声が聞こえてきた。」
などとうめいた。
俺に耳を当てて聞いてくれと言うのでその通りにしたが、何も聞こえなかった。
だがその間、奴は聞き取れないほどの早口で、時代がかった言葉を唱えたりした。
支離滅裂な話に数時間付き合わされたせいで、こちらもひどく消耗してしまった。
「 俺はお前のことを覚えていない。」
奴にそう言われて、かなり安堵したのは確かだ。
こちらの手におえる話ではない。
係わり合いになるのも嫌だと感じ始めていた。
「 お前もすぐに俺のことを見失うさ。」
一瞬奴の表情が変わった。
はっきりと悪意を感じた。
「 こいつは俺のもんだ。」
背すじがぞっとした。
俺は見知らぬ誰かに睨まれていた。
奴は甲高い笑い声を上げながら自転車にまたがった。
俺は奴を引きとめ、奴の正体を確かめようとした。
その時だった。
「 おいっ!」
背後から声を掛けられた。
振り向くと、何も無かった。
そこには暗く深い海が広がっているだけだった。
自転車の音が後ろで遠ざかっていく。
振り返るも、奴の姿は暗闇に消えた後だった。
半年後、高校の友人から、ある話を聞いた。
体育教師が轢き逃げに遭い、亡くなったらしい。
その妻はA子。
まだ、犯人は見つかっていない。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。