枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

金星・美の女神

2013年12月04日 | Weblog

 今週の金星には、目が離せない。光度が上がっているため、その輝きが際立つ。宵の明星とも呼ばれる一番星には、子どもの頃の切なさがある。どんなに遊んでいても、この惑星の輝きと共に、手に手を振って分かれる。さよなら三角、また明日。

 冷え切った体を、風呂場の焚き付けに突くなんで、祖母の横で手をかざす。風呂の火を見ておれ、という言いつけに、雑誌に読み耽って、種火を消したり、薪をくべ過ぎて熱くし、小言をもらったりした。祖母は、芝栗を火の中に放り、炒ってくれた。

 あの甘い味は、何処を探しても巡りあえない。古里の山にはあるにはあるが、野生の生き物の餌になっていることだろう。隣の小母さんがくれる柚を、蔕を切って中を繰り出し、その中に味噌を入れ、入り干しを焼き裂いて加え、柚味噌を作った。

 七輪で、風呂の炭を使って、ことことと煮る。あの香ばしさと歯応えは、デパートにも売っていない。祖母の作った味噌だからこそ、あの味が出たのだ。懐かしさにストーブでしてはみるが、哀しいほどに煮ても似つかない。何もかもが違っている。

 祖母の生きてきた時代は、日進日露戦争、第一次世界大戦。兄弟を、息子を犠牲にして、佳かったことなど何も無い。苦労するために生まれ、生き切って亡くなった。寡黙な人でもあったし、泣き言を云わない祖母だった。時々、遇いに来ている。

 夕空に、一際明るく輝く星を、一番星だと教えてくれた祖母。ギリシャ神話の話は知らなかったであろうが、その美しい瞬きには、見惚れる物があった。陽に焼けた顔で、土や泥に塗れた野良仕事を生きがいとして、自然を何よりも畏れていた。

 還れるならば、祖母の元気で居た頃に、子どもであった頃に往きたいもの。祖母の温もりを、傍に居て感じていたい。祖母には遠く及ばないが、自然を敬い畏れ、生かされていることの重みを受け止めたい。枇杷葉との巡りあわせもそうだろう。

 枇杷葉に、ドクダミ、鉈豆、山女。それらの異なる薬効を、其々に取り入れて使いたい。体質的な差もあることながら、援けてもらえることを感謝。小さなエネルギーも、日々の効果で威力が違う。太陽に、月に星々に、祈ることも大切ではある。

 今夏の白枇杷の袋かけ。たくさん生ったよ。リエさんに送ったよ。赤枇杷よりも味が濃く、実の表皮は薄い。

 

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