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北杜夫さんを悼む

2011年10月26日 13時26分16秒 | 新聞などのニュースから
 中学に入った後、父親がくれた本の中に、パラフィン紙で包装された新潮文庫の「どくとるマンボウ昆虫記」があった。
(1960年代ぐらいまで、文庫本には、カラーの紙のカバーではなく、パラフィン紙と紙の帯がかかっていた)

 まだ日本人が海外に出るのが容易でない時代に、マグロ調査船に医師として同乗し世界を旅してきた体験をつづったユニークなエッセーが「どくとるマンボウ航海記」。「昆虫記」はおなじシリーズの第2弾である。
 「航海記」がベストセラーになり、また同じころに「夜と霧の隅で」が芥川賞を得て、北杜夫さんは一躍流行作家となった。
 
 60年代に遠藤周作と北杜夫がいかに人気ある小説家であったか、文芸評論家の奥野健男が熱を帯びたペンで書いていたのをおぼえている。

 自分は、どくとるマンボウのシリーズのうち「小辞典」「追想記」なども愛読したが、なんといっても、「どくとるマンボウ青春記」(中公文庫)が大好きで、何十回読んだかわからない。
 旧制高校の寮生活のハチャメチャさなどがユーモラスな筆致で書かれ、抱腹絶倒した。「モモンガアが咽頭癌にかかったような声」で寮歌をがなる高校生とか、卒塔婆を引っこ抜いて松本市内でパフォーマンスをやった話など、次々と思い浮かぶ。
 それでいて、しみじみといろいろなことを考えさせれるのだ。

 北さんはどの本でも、自分がいかに劣等生であり、勉強をサボっていたか、繰り返し書いているが、もしほんとうに出来が悪かったのなら、旧制麻生中で級長をやったり(昔は成績一番の者が級長を務めるのが通例)、現役で医学部に入ったりはできないだろう。
 しかし、読んでいる最中は、北さんの失敗とだめっぷりに笑い、思わず共感してしまうのだ。

 その後、仕事で一度だけ、世田谷区の北さんのご自宅にお邪魔したことがある。
 いちばん記憶に残っていることは、応接間の書棚に、小説などに交じって「COM」のバックナンバーが並んでいたことだ。
(昔は、大のおとなが漫画を読んでいるということは、恥ずかしいこととされていた。北杜夫は、現代のオタク文化の先駆者でもあった!?)
 文章から察するとおり北さんは物腰のやわらかな人だったが、筆者が「北先生…」と切り出したときにだけ、「『先生』はいけません」とぴしゃっとおっしゃった。

 「青春記」では、父・斎藤茂吉のことは相当におもしろおかしく描かれている。
 しかし、その後の著作から、あるいはそのときの口ぶりから、北杜夫さんが、自らを文学の道に導いてくれた実父をいかに敬慕していたかは、よくわかるように思う。

 そして、筆者自身も、もし「どくとるマンボウ」を読まなければ、トーマス・マンなどをひもとくことはなかったと思う。

 ご冥福をお祈りします。


(いささか蛇足めくが、北杜夫さんの文章で、美術や絵画の話が出てきた記憶がほとんどない。ご存知の方はご教示願います。以下、読売新聞の報道から)


「どくとるマンボウ」北杜夫さん死去(読売新聞) - goo ニュース

 ユーモアあふれる“どくとるマンボウ”シリーズや、大河小説「 楡家 ( にれけ ) の人びと」で知られる作家、芸術院会員の北杜夫(きた・もりお、本名・斎藤宗吉=さいとう・そうきち)氏が、24日死去した。

 84歳だった。告別式は親族で行う。

 近代短歌を代表する斎藤茂吉の次男として東京に生まれた。旧制松本高を経て東北大医学部に進学。卒業後の1954年、初の長編「幽霊」を自費出版した。

 60年には、水産庁の調査船に船医として半年間乗った体験をユーモアを交えて描いた「どくとるマンボウ航海記」を発表。「昆虫記」「青春記」などマンボウものを出版して人気を博した。

 同年、ナチスと精神病の問題を扱った「夜と霧の隅で」で芥川賞。64年には斎藤家三代の歴史を描いた「楡家の人びと」を刊行、毎日出版文化賞を受けた。「さびしい王様」など、大人も子供も楽しめる童話でも親しまれた。「青年茂吉」など父の生涯を追った評伝で98年、大仏次郎賞を受けた。


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
先生と呼ばれるほどのバカじゃなし (えぞちん)
2011-10-27 04:31:33
という言葉が好きです

わたくしは
「先生」「先生」と機嫌をとるのが
仕事がら日常なので
いい話だなぁと読ませていただきました
返信する
Unknown (asano)
2011-10-27 11:19:33
どくとるマンボウシリーズ、中学、高校と読みましたね。。。。
遠藤周作も亡くなってだいぶたち、今度は北杜夫、なんか段々昭和が遠くなっていく感じがしますね。
返信する
先生問題 (ねむいヤナイ)
2011-10-28 12:26:37
>えぞちんさん
コメントどうもです。

じつはtwitterでも書きましたが、自分は北さんが、くだんの「どくとるマンボウ青春記」の中で
「私は先生という呼称は嫌いだが」
と書いているのを覚えていたので、北さんに言われた瞬間「しまった!」と思いました。

しかし、この齢になって思うのですが、べつに「先生」といわれても、うれしくないじゃんね。ま、学校などの先生は別ですが。


>asanoさん

「どくとるマンボウ」にハマった人、けっこう多いんですね。
青春記がいちばん好きですが、「途中下車」のバカバカしさも捨てがたいです。
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