(承前)
「藤倉英幸と旅のイメージ」展の冒頭を飾っていたポスター群を作成したのが、道内グラフィックデザイン界の大御所、栗谷川健一である。
彼は、札幌冬季五輪誘致のポスターや、今回展示されたような観光ポスターなどを数多く手がけ、今でも多くの人々に共有されている「北海道」のイメージの普及・定着に大きな役割を果たした。
冒頭の画像は「北海道 駅名の起源」という、国鉄(現JR北海道)の札幌鉄道管理局などがまとめた小冊子で、この冊子の中にはなにも記載はないが、今回の展覧会に出ていた栗谷川健一の観光ポスターが原画である。ムックリ(口琴)を奏でるアイヌ民族若い女性がモティーフになっており、いかにもエキゾチックな図柄である。
この作品は、オランダで開かれた国際ポスターコンクールで最優秀賞に輝いている。彼は、本展の図録によると、別の作品でも最優秀賞を受けており、当時から実力が高く評価されていたことがわかる。
このイメージは、展覧会図録でも指摘されていたとおり、「ステレオタイプ」なものに陥る危険性をはらんでいることは、忘れてはならない視点だと思う。
今なお北海道のイメージにつきまとうエキゾチシズムは、外部から押しつけられたばかりでではなく、栗谷川健一のような北海道人によって、外部に売り出す戦略性の一貫として自ら選択したという面は否めない。
もうちょっとわかりやすく言いかえよう。北海道に住んでいると、道外の人からの視線が、まるで外国を見ているようなものに感じられ、ある種のいらだちのようなものをおぼえることが時々あるのだが、それは道外の人のせいばかりじゃなくて、栗谷川健一のような道内の人間がふりまいたイメージの結果でもある。また、道東も道南もいっしょくたのワンパターンなイメージに収められてしまうことも、事情は同じである。そういうことだ。
もちろん、このエキゾチックなイメージが、すべて栗谷川健一が生み出したものかというと、そこまでは言い切れないだろう。道外の人間がもともと抱いていたイメージとは、いわば「ニワトリと卵」のような関係だろう。
今回出品されていた十勝川温泉のポスターの道具立てを見ると、それがつくづく感じられる。
馬車、麦わら帽子の男と若い娘、はるかな緑の平原、連なる山…。
それらの大半は、小林旭主演「ギターを持った渡り鳥」シリーズの映画を思わせる。
道南でロケしたその1編において主演の小林旭は、駒ケ岳のふもとで馬の曳く荷台に腰かけている。彼は御者に礼を言って荷台をおりる。次の場面で彼は、函館の酒場にいるのである。
1960年代において道内でどれだけ馬車が残っていたか疑問だし、そもそも、駒ケ岳のふもとから函館まで歩いていけるわけないだろ! と、ツッコミを入れたくなる。さんざん北海道の広大さについて褒めそやしながら、富良野から札幌まですぐに移動できる-みたいな「距離・移動時間の誤解」を抱いているという点では、今なお道外人の北海道に抱く心性は変わっていないのではないかと思われる。
ここでひとつ、若い読者向けに附記しておくと、栗谷川健一のような絵のポスターが行き渡った背景には、1970年ごろまでは、カラー写真の印刷がいまほど高水準でなかったことが挙げられる。
そもそも写真自体、モノクロが主流で、カラーはまだ高価なものだった。
また、カラーを印刷する場合は、再現性や、版のズレなどがネックになった。まだ絵のほうが印刷しやすかった時代なのだ。
70年代以降、現在に至るまで、駅などに貼られているポスターは、ほとんどすべて写真が素材になっており、絵画を元にしたものは、よほどのねらいがないと作成されなくなっている。
2010年1月30日(土)-3月22日(月)午前9:30-午後5:00(入場は30分前まで) 原則月曜休み
道立文学館(中央区中島公園)
4月16日(金)-6月9日(水)道立帯広美術館、9月11日(土)-10月11日(月)網走市立美術館に巡回
「藤倉英幸と旅のイメージ」展の冒頭を飾っていたポスター群を作成したのが、道内グラフィックデザイン界の大御所、栗谷川健一である。
彼は、札幌冬季五輪誘致のポスターや、今回展示されたような観光ポスターなどを数多く手がけ、今でも多くの人々に共有されている「北海道」のイメージの普及・定着に大きな役割を果たした。
冒頭の画像は「北海道 駅名の起源」という、国鉄(現JR北海道)の札幌鉄道管理局などがまとめた小冊子で、この冊子の中にはなにも記載はないが、今回の展覧会に出ていた栗谷川健一の観光ポスターが原画である。ムックリ(口琴)を奏でるアイヌ民族若い女性がモティーフになっており、いかにもエキゾチックな図柄である。
この作品は、オランダで開かれた国際ポスターコンクールで最優秀賞に輝いている。彼は、本展の図録によると、別の作品でも最優秀賞を受けており、当時から実力が高く評価されていたことがわかる。
このイメージは、展覧会図録でも指摘されていたとおり、「ステレオタイプ」なものに陥る危険性をはらんでいることは、忘れてはならない視点だと思う。
今なお北海道のイメージにつきまとうエキゾチシズムは、外部から押しつけられたばかりでではなく、栗谷川健一のような北海道人によって、外部に売り出す戦略性の一貫として自ら選択したという面は否めない。
もうちょっとわかりやすく言いかえよう。北海道に住んでいると、道外の人からの視線が、まるで外国を見ているようなものに感じられ、ある種のいらだちのようなものをおぼえることが時々あるのだが、それは道外の人のせいばかりじゃなくて、栗谷川健一のような道内の人間がふりまいたイメージの結果でもある。また、道東も道南もいっしょくたのワンパターンなイメージに収められてしまうことも、事情は同じである。そういうことだ。
もちろん、このエキゾチックなイメージが、すべて栗谷川健一が生み出したものかというと、そこまでは言い切れないだろう。道外の人間がもともと抱いていたイメージとは、いわば「ニワトリと卵」のような関係だろう。
今回出品されていた十勝川温泉のポスターの道具立てを見ると、それがつくづく感じられる。
馬車、麦わら帽子の男と若い娘、はるかな緑の平原、連なる山…。
それらの大半は、小林旭主演「ギターを持った渡り鳥」シリーズの映画を思わせる。
道南でロケしたその1編において主演の小林旭は、駒ケ岳のふもとで馬の曳く荷台に腰かけている。彼は御者に礼を言って荷台をおりる。次の場面で彼は、函館の酒場にいるのである。
1960年代において道内でどれだけ馬車が残っていたか疑問だし、そもそも、駒ケ岳のふもとから函館まで歩いていけるわけないだろ! と、ツッコミを入れたくなる。さんざん北海道の広大さについて褒めそやしながら、富良野から札幌まですぐに移動できる-みたいな「距離・移動時間の誤解」を抱いているという点では、今なお道外人の北海道に抱く心性は変わっていないのではないかと思われる。
ここでひとつ、若い読者向けに附記しておくと、栗谷川健一のような絵のポスターが行き渡った背景には、1970年ごろまでは、カラー写真の印刷がいまほど高水準でなかったことが挙げられる。
そもそも写真自体、モノクロが主流で、カラーはまだ高価なものだった。
また、カラーを印刷する場合は、再現性や、版のズレなどがネックになった。まだ絵のほうが印刷しやすかった時代なのだ。
70年代以降、現在に至るまで、駅などに貼られているポスターは、ほとんどすべて写真が素材になっており、絵画を元にしたものは、よほどのねらいがないと作成されなくなっている。
2010年1月30日(土)-3月22日(月)午前9:30-午後5:00(入場は30分前まで) 原則月曜休み
道立文学館(中央区中島公園)
4月16日(金)-6月9日(水)道立帯広美術館、9月11日(土)-10月11日(月)網走市立美術館に巡回