(長文です)
「NITTAN」は「日胆」のことで、「日高・胆振」地方の総称です。
この地方ゆかりの美術家に焦点をあてた苫小牧市美術博物館の企画で、これが4回目です。同種の企画をこれほど継続している事例は道内では少なく、館の非常に意欲的な姿勢が伝わってきます。
道立三岸好太郎美術館のシリーズ「みまのめ」も意欲的なグループ展として続いてますが、絵画や彫刻といった従来のジャンルの若手が出品者のほとんどを占めており、苫小牧のように分野を超えた企画し続けている館は道内ではほかにほとんどないようです。
今回は4氏で、展示は
是恒さくら(美術家)
佐藤祐治(写真家)
こだまみわこ(版画家)
山脇克彦(構造家)
の順になっていました。
現在、東京の「VOCA展」に出品しているなど活躍めざましい是恒さんは、昨年苫小牧に引っ越してきました。
是恒さんの展示を見るのはこれが4度目です。札幌から離れて住む筆者がこの2年半で見たなかでは異例の多さで、勝手になにかの縁を感じています。
札幌や知床ではなく苫小牧なのは、作家のテーマである「鯨」を追いかけて移り住んだということのようです。
今回も、クジラをめぐって、リサーチ型・文化人類型でありながら、シンプルな刺繍なども織り交ぜたユニークな展示になっていました。
会場の「美術博物館」は、ちょっと変わった名前だなと思っていたのですが、今回の展示空間はその利点を最大に生かしたものになっていました。
クジラの骨を使った壁掛け型の作品があり、刺繍が天井からつるされる中、同館が所蔵する約6千年前のクジラのあごの骨や、イワシを煮るために使った樽などが置かれて、空間内で一体となっていたのです。
樽は「タルマイ浜編集部資料室」と題した、展示室内展示とでもいうべきコーナーに陳列してあります。同編集部は、是恒さんが挿画を描き、藤沢レオさん、門馬羊次さんらNPO法人樽前arty + メンバーや同館学芸員らが執筆陣にくわわったフリーペーパー「Carta Cetacea (くじらじまの海図)」を作っています(全3号)。
門馬さんが、石狩浜にあった「分部越」という地名を訪ねる紀行文もありました(「フンベ」はアイヌ語でクジラの意味。創刊号の記事です。上のリンクをたどって pdfファイルで読めます)。
是恒さんは「ありふれたくじら」というリトルプレス(少部数のちいさな雑誌)の発行もこつこつと続けており、発表の手法として印刷物への思い入れがあるようです。
過去の声や、現在のイメージが、渾然一体となった、良い展示空間だと思いました。
佐藤さんは伊達生まれ、札幌在住。
かつて「メタ佐藤」名義で、思弁的ともいえそうな水際だったスナップなどを撮っていました(もちろん、Facebook運営会社とは関係ない)。
この数年は、道内各地に伝わる龍神伝説を追って、その地に赴いて写真を撮っています。
冒頭画像は「見えない水が立つ」シリーズで、札幌や釧路、伊達、北見などの風景をとらえています。
会場には小冊子が置かれていて、各地の伝説や縁起が説明されているのですが、会場には「札幌市」などおおまかな撮影地しか明記されておらず、北見市のように1枚しかないものは別にして、どの写真がどの伝説の地に対応するのか判然としません。
それはいいのですが、佐藤さんの写真って、ふしぎだと思います。河原や海岸、山の中など、とてもアノニマス(無名)な、絶景とはほど遠いありふれた風景をおさめているのですが、画面から「気」のようなものが伝わってくるようなのです。
あるいは、佐藤さんの写真だと思って見るから、そんな感じがするのかもしれませんが…。
「パワースポット」というと通俗的な形容になってしまいますが、写真からはそういう「何か」を感じてしまうのです。
これらの写真にまじって、蛇の皮も展示されていました。ここでは詳述しませんが神話などでは、ヘビと水は、強いつながりがあると、みなされています。
言い伝えを追う、という方法論では、是恒さんと共通点があるようにも感じました。
一方、モノクロ写真を人工知能(AI)で着色するシリーズ「愛のカラー写真」は、初めて見ました。
ただ、作者の真意がどこにあるのかわからず、筆者は批評する言葉を持ち合わせません。佐藤さんの作品系列ではかなり異色ではないでしょうか。
素材となった写真の中には、苫小牧のシンボルともいうべき王子製紙の巨大煙突が何度も登場していましたが、すべて灰色と白の縞模様でした。煙突が赤と白の2色であることは苫小牧っ子にはいうまでもないでしょうが、こういう加工をほどこしてしまうと、当時のほんとうの色がかえってわからなくなってしまうように思います。あえて、そこを狙っているのかな?
こだまさんは日高管内平取町で、廃校になった旧川向小学校を「沙流川アート館」として制作や展示を行っています。
他の作者の展覧会なども時々開いているようですが、残念ながら筆者は一度も訪れたことがありません。
また、この版画家の作品を見るのも初めてです。
会場には、モノクロの木版画が10点余り並んでいました。
いずれも、沙流川アート館とおぼしき建物とそのまわりの自然を、鳥瞰図のような視点から見た、素朴な風合いの作品です。
最新作「またいつか森になる」は182.5 × 320.0 センチという超大作。
小さな旧校舎を中心に、神社、木々の切り株、森、カラスやシカ、キツネなどを配し、巨大な壁掛け地図を見るような楽しさがありますが、題名には、作者のなんともいえない、明るい諦念のようなものを感じます。
観覧順では最後になっていた山脇さんは、聞き慣れない肩書ですが、建築の世界で活躍しています。
1968年奈良県出身(生まれは大阪市)、札幌が拠点ですが、胆振管内白老町のウポポイ国立民族共生公園体験交流ホールや、藤沢レオさん(苫小牧)の「場の彫刻―大柱」の構造設計を手がけた関係で、ここに登場しているのでしょう。
玄関前に模型が1点置かれていました。
筆者は建築には暗いのですが、たしかに、意匠がいくらカッコ良くても、それを支える木組みなどの構造を計算しないと、建物はつぶれてしまいます。
アトリエプンクと組んだ設計もあって、あのカッコイイ作品も、山脇さんが支えているから成り立つのだなと知ることができました。
2022年1月15日(木)~3月13日(日)午前9時半~午後5時(入場30分前)、月曜休み、
苫小牧市美術博物館 (末広町3)
一般300円、高大生200円、中学生以下無料
□ https://metasato.com/
過去の関連記事へのリンク
■竣工50年 北海道百年記念塔展 井口健と「塔を下から組む」 (2020)
■中嶋幸治 芸術記録誌「分母」vol.2 特集メタ佐藤 −包み直される風景と呼び水− (2017)
■メタ佐藤写真展「光景」 (2014)
【告知】「写真 重力と虹」展 (2013)
【告知】写真展「三角展」 (2011)
■さっぽろフォトステージPart1 (2009)
■さっぽろフォトステージ (2008)
□SAKURA KORETSUNE https://www.sakurakoretsune.com/
ツイッター @HoppohmMuseum
フェイスブック https://www.facebook.com/HoppohmMuseum/
■「せんと、らせんと、」6人のアーティスト、4人のキュレーター (2021~22)
■是恒さくら「石の知る辺―本・刺繍・写真展 アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド先住民シネコックに鯨の物語をたずねて」(2021、網走)
リボーンアート・フェスティバル 山形藝術界隈。 2019年秋の旅(24)
□山脇克彦建築構造設計 https://www.yamyam-e-design.jp/
・道南バス「出光カルチャーパーク」から約320メートル、徒歩5分
(札幌駅バスターミナル、大谷地駅バスターミナルから、都市間高速バスが30分おきに出ています)
※新型コロナウイルス流行にともない減便中
・JR苫小牧駅から約1.7キロ、徒歩22分
「NITTAN」は「日胆」のことで、「日高・胆振」地方の総称です。
この地方ゆかりの美術家に焦点をあてた苫小牧市美術博物館の企画で、これが4回目です。同種の企画をこれほど継続している事例は道内では少なく、館の非常に意欲的な姿勢が伝わってきます。
道立三岸好太郎美術館のシリーズ「みまのめ」も意欲的なグループ展として続いてますが、絵画や彫刻といった従来のジャンルの若手が出品者のほとんどを占めており、苫小牧のように分野を超えた企画し続けている館は道内ではほかにほとんどないようです。
今回は4氏で、展示は
是恒さくら(美術家)
佐藤祐治(写真家)
こだまみわこ(版画家)
山脇克彦(構造家)
の順になっていました。
現在、東京の「VOCA展」に出品しているなど活躍めざましい是恒さんは、昨年苫小牧に引っ越してきました。
是恒さんの展示を見るのはこれが4度目です。札幌から離れて住む筆者がこの2年半で見たなかでは異例の多さで、勝手になにかの縁を感じています。
札幌や知床ではなく苫小牧なのは、作家のテーマである「鯨」を追いかけて移り住んだということのようです。
今回も、クジラをめぐって、リサーチ型・文化人類型でありながら、シンプルな刺繍なども織り交ぜたユニークな展示になっていました。
会場の「美術博物館」は、ちょっと変わった名前だなと思っていたのですが、今回の展示空間はその利点を最大に生かしたものになっていました。
クジラの骨を使った壁掛け型の作品があり、刺繍が天井からつるされる中、同館が所蔵する約6千年前のクジラのあごの骨や、イワシを煮るために使った樽などが置かれて、空間内で一体となっていたのです。
樽は「タルマイ浜編集部資料室」と題した、展示室内展示とでもいうべきコーナーに陳列してあります。同編集部は、是恒さんが挿画を描き、藤沢レオさん、門馬羊次さんらNPO法人樽前arty + メンバーや同館学芸員らが執筆陣にくわわったフリーペーパー「Carta Cetacea (くじらじまの海図)」を作っています(全3号)。
門馬さんが、石狩浜にあった「分部越」という地名を訪ねる紀行文もありました(「フンベ」はアイヌ語でクジラの意味。創刊号の記事です。上のリンクをたどって pdfファイルで読めます)。
是恒さんは「ありふれたくじら」というリトルプレス(少部数のちいさな雑誌)の発行もこつこつと続けており、発表の手法として印刷物への思い入れがあるようです。
過去の声や、現在のイメージが、渾然一体となった、良い展示空間だと思いました。
佐藤さんは伊達生まれ、札幌在住。
かつて「メタ佐藤」名義で、思弁的ともいえそうな水際だったスナップなどを撮っていました(もちろん、Facebook運営会社とは関係ない)。
この数年は、道内各地に伝わる龍神伝説を追って、その地に赴いて写真を撮っています。
冒頭画像は「見えない水が立つ」シリーズで、札幌や釧路、伊達、北見などの風景をとらえています。
会場には小冊子が置かれていて、各地の伝説や縁起が説明されているのですが、会場には「札幌市」などおおまかな撮影地しか明記されておらず、北見市のように1枚しかないものは別にして、どの写真がどの伝説の地に対応するのか判然としません。
それはいいのですが、佐藤さんの写真って、ふしぎだと思います。河原や海岸、山の中など、とてもアノニマス(無名)な、絶景とはほど遠いありふれた風景をおさめているのですが、画面から「気」のようなものが伝わってくるようなのです。
あるいは、佐藤さんの写真だと思って見るから、そんな感じがするのかもしれませんが…。
「パワースポット」というと通俗的な形容になってしまいますが、写真からはそういう「何か」を感じてしまうのです。
これらの写真にまじって、蛇の皮も展示されていました。ここでは詳述しませんが神話などでは、ヘビと水は、強いつながりがあると、みなされています。
言い伝えを追う、という方法論では、是恒さんと共通点があるようにも感じました。
一方、モノクロ写真を人工知能(AI)で着色するシリーズ「愛のカラー写真」は、初めて見ました。
ただ、作者の真意がどこにあるのかわからず、筆者は批評する言葉を持ち合わせません。佐藤さんの作品系列ではかなり異色ではないでしょうか。
素材となった写真の中には、苫小牧のシンボルともいうべき王子製紙の巨大煙突が何度も登場していましたが、すべて灰色と白の縞模様でした。煙突が赤と白の2色であることは苫小牧っ子にはいうまでもないでしょうが、こういう加工をほどこしてしまうと、当時のほんとうの色がかえってわからなくなってしまうように思います。あえて、そこを狙っているのかな?
こだまさんは日高管内平取町で、廃校になった旧川向小学校を「沙流川アート館」として制作や展示を行っています。
他の作者の展覧会なども時々開いているようですが、残念ながら筆者は一度も訪れたことがありません。
また、この版画家の作品を見るのも初めてです。
会場には、モノクロの木版画が10点余り並んでいました。
いずれも、沙流川アート館とおぼしき建物とそのまわりの自然を、鳥瞰図のような視点から見た、素朴な風合いの作品です。
最新作「またいつか森になる」は182.5 × 320.0 センチという超大作。
小さな旧校舎を中心に、神社、木々の切り株、森、カラスやシカ、キツネなどを配し、巨大な壁掛け地図を見るような楽しさがありますが、題名には、作者のなんともいえない、明るい諦念のようなものを感じます。
観覧順では最後になっていた山脇さんは、聞き慣れない肩書ですが、建築の世界で活躍しています。
1968年奈良県出身(生まれは大阪市)、札幌が拠点ですが、胆振管内白老町のウポポイ国立民族共生公園体験交流ホールや、藤沢レオさん(苫小牧)の「場の彫刻―大柱」の構造設計を手がけた関係で、ここに登場しているのでしょう。
玄関前に模型が1点置かれていました。
筆者は建築には暗いのですが、たしかに、意匠がいくらカッコ良くても、それを支える木組みなどの構造を計算しないと、建物はつぶれてしまいます。
アトリエプンクと組んだ設計もあって、あのカッコイイ作品も、山脇さんが支えているから成り立つのだなと知ることができました。
2022年1月15日(木)~3月13日(日)午前9時半~午後5時(入場30分前)、月曜休み、
苫小牧市美術博物館 (末広町3)
一般300円、高大生200円、中学生以下無料
□ https://metasato.com/
過去の関連記事へのリンク
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【告知】「写真 重力と虹」展 (2013)
【告知】写真展「三角展」 (2011)
■さっぽろフォトステージPart1 (2009)
■さっぽろフォトステージ (2008)
□SAKURA KORETSUNE https://www.sakurakoretsune.com/
ツイッター @HoppohmMuseum
フェイスブック https://www.facebook.com/HoppohmMuseum/
■「せんと、らせんと、」6人のアーティスト、4人のキュレーター (2021~22)
■是恒さくら「石の知る辺―本・刺繍・写真展 アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド先住民シネコックに鯨の物語をたずねて」(2021、網走)
リボーンアート・フェスティバル 山形藝術界隈。 2019年秋の旅(24)
□山脇克彦建築構造設計 https://www.yamyam-e-design.jp/
・道南バス「出光カルチャーパーク」から約320メートル、徒歩5分
(札幌駅バスターミナル、大谷地駅バスターミナルから、都市間高速バスが
※新型コロナウイルス流行にともない減便中
・JR苫小牧駅から約1.7キロ、徒歩22分