筆者の知る限り、「鈴木果澄」名義で初の作品発表。
どうして今回から、姓を加えた名義にしたのかは、聞き漏らした。
2008年の卒業制作展や、翌年に開いた個展、2014年の「Sprouting Garden-萌ゆる森-」(札幌芸術の森)への出品、さらには今年の「ミュンヘンクリスマス市」ポスターなど、めざましい活躍を見せる札幌の美術家。今回は、スカイホールの企画で、全室を使った個展が実現した。
会場はパーティーションを効果的に用い、曲がりくねった道をたどるような構成になっている(おそらく室内すべては使っておらず、デッドスペースがある)。
冒頭画像のクジラの絵は、いちばん奥の壁に飾ってあった大作。題名はない。
照明はやや落とし気味。大きな絵が数点あるほか、自作と思われることばが壁に直接プリントされている。
たとえば。
遠い昔に
私はことばを
丘の上の黒い岩の下に
封印した
また、詩行を印刷してしっかり製本した、「Mythology ;01」などと題された本が、台の上に載せられている。ある本には、上の詩行の前後の行も印字されていた。
さらに、ムースやクジラなど動物を描いたドローイングが十数点、壁に貼られている。それらにも、手書きで小さな文字の詩行が添えられている。
これらの文字は、本の詩行と一致するところもあるし、ちょっと異なるところもある。
そういう、独自の構成をもった個展だ。
したがって、絵画(タブロー=ペインティング)の点数が少ないとか、絵の展覧会か詩の発表なのかはっきりしないとか、そういうことを言ってもあまり意味がないと思う。ペインティング、ドローイング、自作の本、壁の言葉、木の立体…。それらすべてを総合して、果澄さんの世界がつくられているのだろう。
ペインティングについていえば、スカイホールが入っている大丸藤井セントラルの入り口にある絵(この記事の最後にアップしてあります)や、ミュンヘンクリスマス市ポスターと異なって、楽しげなカラフルさが影を潜め、色数を絞って抑えた色調になっていることが目を引く。
彼女に聞いたところ、アクリル絵の具がメインだが、3種類の墨を使っているそう。青は顔彩だそうだ。
上の、馬やチョウの絵には、白いマンジュシャゲの花が、彼岸の光景のように咲き乱れている。
「なんだか、赤く描く気にならなくて」
あえて色を省くことによって、幻想性が増し、画面に統一感が生まれている。
マチエールに細心の注意が払われていることは、いうまでもない。
こちらはオオカミの絵。
手前の壁にドローイングが並び、台の上に本が置かれている。
一昨年の「Sprouting Garden-萌ゆる森-」の際に比べると、凝った造本ではなく、一般の書籍の形態に近い。
ワタリガラス。
登場する動物をこうして並べてみると、写真家でエッセーの名手でもあった星野道夫の影響は否定しがたい。
星野の文章を読んでいると、自分の魂がはるか北方へと帰っていくような思いにとらわれることがあるが、果澄さんの個展を訪れたときは、そういう感覚がますます強くなるのだ。
これは個人的な信仰(あるいは資質の)表明にすぎないが、自分は、例えば三好和義の写真や小川芋銭の絵を見ても特に感動しないのに対し、フリードリヒの絵や星野道夫の写真を目にすると、いいようのない懐かしさに心が満たされる。たぶん、自分が死んで魂が帰還していく先は、南国ではなくて北方なのだろう。それは、たぶん、彼女も同じなのではないかと思う。
魂の原郷をさがす旅。
(画像は、大丸藤井セントラルの入り口)
ただしその旅の途上で注意しなくてはならないことがある。
言わずもがなかもしれないが、その旅は「美」をキーワードに、安直なナショナリズムと結ばれる回路を持っているかもしれないのだ。自分の生まれた美しい国、日本を称揚するという地点まで、それほど論理の飛躍は必要ない。むしろ、一直線といっていいのかもしれない。
しかし、今年の個展を見て、彼女にかぎってそんな心配は要らなさそうだという気がした。なぜなら、ワタリガラスは、やすやすと国境を越えていくからだ。
1987年生まれ。
2016年5月31日(火)~6月5日(日)午前10時~午後7時(最終日~午後5時)
スカイホール(札幌市中央区南1西3 大丸藤井セントラル7階)
□果澄's art home http://visionquest-jp.com/kasumin/index.html
□ブログ「風と星をさがす旅」 http://kasumiart.exblog.jp/
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