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■旅とアート 巡る・還る(2021年2月6日~4月11日、釧路)

2021年04月11日 11時31分57秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル

「旅とアート」は、一般的には、美術展としてそれほど斬新な課題設定とまではいえないでしょうし、しかも、所蔵品による構成とあっては、それほど注目されていたとは思えません。
 意地悪な言い方をすれば、屋外で描いた絵や撮った写真ならば、なんでもあてはまりそうですし、もっと言えば、人生はすなわち旅で、月日は百代の過客なのですから、ほとんどのアート作品なら「これは旅を表現している」と強弁することさえできそうです。

 しかし、実際に会場で見ると、構成が非常によく練られ、それぞれの作品の良さが際立ってくるような、すぐれた展覧会だったと感じます。
 これまた意地悪く書けば、釧路まではるばる出かけて行って見たことで、この「旅とアート」というテーマ設定がしみじみと感受されるという無意識の背景があったことを、完全には否定できないでしょう。
 ただ、会場のパネルにもありましたが、やはり新型コロナウイルスの感染拡大というタイミングが、この展覧会を見るという体験自体を、感慨深いものにしていたという面があることは、たしかなようです。旅すること自体が忌避されるという、きわめて珍しい時代を、わたしたちは生きています。巣ごもりの中で、ちょっと出かけて目にする、遠い異国や世界。それは、いつもと違う鑑賞体験を、わたしたちにもたらしたといえそうです。

 会場構成は、丸山直文の絵画「Color Shadows」を冒頭に、「巡る」パートが絵画、彫刻、写真計55点、「還る」パートが絵画やインスタレーションなど計6点となっています。
 数字だけをみると、バランスを失しているように感じる向きもあるでしょうが、実際には、額装された写真は小さく、「還る」の作品は大きいので、これはこれで釣り合いがとれています。

 「巡る」パートの作家は次の通り。

 岩橋英遠「彩雲」
 伊藤 正「アヴィニョン」
 増田 誠「競馬」 
 田中 良「オホーツク」
 舟越保武「若き石川啄木」
 日高理恵子「落葉松」
 長倉洋海「コーヒーを飲む老農夫」など10点
 水越 武「オリノコ河、ベネズエラ」など9点
 綿引幸造「中島と呼応する彫刻《意心帰》」など4点
 マイケル・ケンナ「Desert Clouds, Study 2, Merzouga, Morocco. 1996メルズーガ、モロッコ」など3点
 杉本博司「SEA SCAPES」シリーズの10点
 白岡 順「フィンランド、ヘルシンキ、1972年9月」など9点
 松江泰治「SOUTH AFRICA 1995」など6点

 こうしてみると、点数では写真が多く、あらためて
「釧路芸術館は、良いものをもってるなあ」
と思います。ほかにも、奈良原一高や川田喜久治、深瀬昌久などを所蔵しているのですから。

 いずれにしても、いわゆる風景画は「アヴィニョン」などわずかしかありません。
 絵はがき的なモチーフの作品はまったくなく、むしろ写真の多くは、杉本博司や白岡順、松江泰治にみられるように、題に地名を載せていながら、その地名の持つ先入観、あるいは固有性のようなものを、まったくといっていいほど反映していないのです。
 こういったことが、この展覧会を、誰にとっても普遍性のある旅の体験に似たものにしていたひとつの大きな要因になっていると思います。

 参考までに、増田と長倉は釧路出身。水越は釧路管内に住んでいます。
 杉本博司は近年現代アート作家として国際的評価が高まっており、意外なところでは、今年のNHK大河ドラマのタイトルを揮毫しています。


 「還る」は次の6点。

 望月正男「落日」
 中江紀洋「回帰(終章)」
 高坂和子「路傍抄」
 岡部昌生「根室落石岬・旧落石無線局床」
 池田良二「An inside frontier(内在する辺境)」
 羽生 輝「北の浜辺(小島望、大黒島望)」

 6人とも、釧路・根室出身なので「還る」という題がついているのでしょう。
 6人のうち2人による、根室・落石岬にある旧落石無線局をテーマにした作品がとなりあって展示されているのがおもしろいです。

 画像右下は、中江さんのインスタレーションというか、彫刻です。
 故郷の川に帰ってきたサケがテーマで、スケール感の大きさに圧倒されます。
(どうやって所蔵庫にしまってあり、どうやって出してくるのだろうと、つい気になってしまう)。

 会場出口の前にあるのが、釧路在住で創画会会員の日本画家羽生輝はにゅうひかるさんによる大作です。
 荒涼とした激しい風が吹きすさぶ、北辺の海岸。南国の人や都会人にはある種のエキゾティックなイメージかもしれませんが、釧路・根室の人にとっては、これこそがふるさとの懐かしいイメージであり、魂の還っていく場所なのでしょう。

 そう。
 旅はかならず「帰着」があります。

 絵の中の風景も、美術館の外もまだ厳しい寒さに覆われていましたが、筆者の脳裡にはひとつの詩句が浮かんでいました。

春の岬旅のをはりの鷗どり
浮きつつ遠くなりにけるかも
(鷗は機種依存文字。鴎と同じで「カモメ」。) 


 三好達治の代表的な詩集『測量船』の冒頭に置かれた作品です。

 彼にはこういう詩句もありました。

   僕は、さあ僕よ、僕は遠い旅に出ようね。



2021年2月6日(土)~4月11日(日)午前9時半~午後5時、月曜休み
道立釧路芸術館(釧路市幸町4)



・JR釧路駅から約1.2キロ、徒歩15分
・長距離バスの「フィッシャーマンズワーフMOO(ムー)前」停留所から約250メートル、徒歩4分

・来館者駐車場は8台分。徒歩3分の「釧路錦町駐車場」が1時間無料


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