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2024年の北海道のアートシーン(があるものとして)を振り返る・草稿

2024年12月23日 12時43分55秒 | つれづれ日録
 とりあえずアップし、気の付いたことがあれば追って追記・訂正します。


 先ごろ出た「美術ペン 173」(北海道美術ペンクラブ編集・発行)で本郷新記念札幌彫刻美術館の吉崎元章館長が「2024年の札幌のアートシーンを振り返って―未来への眼差し」と題して順に挙げているのは次の五つのトピックである。

イ)これからを考える芸術祭
ロ)未来に残していく活動
ハ)公共彫刻の再編
二)美術館の将来像
ホ)マンガミュージアムに向けての助走

 このうちロ)は6月に発足し10月に創立記念シンポジウムを開いた北海道芸術文化アーカイヴセンターについてであり、二)は道立近代美術館をはじめとする各館の老朽化についてである。このなかで吉崎館長は、札幌芸術の森に関しても、市が各分野の分科会を設けて今後の在り方を検討しはじめていることを明らかにしている。
 ここでは、上記や新聞紙面であまり取り上げられていないトピックについて触れたい。
 筆者がことし一番印象的だったのは、北海道関係作家が東京や海外で発表する機会が多かったことだ。
 マカオでは山本雄基が個展を開催中であり、台湾では高橋弘子が個展を行う一方、クスミエリカはアーティスト・イン・レジデンスで滞在するなど、海外での発表に臨む作家は珍しくなくなっている。
 道外となると、枚挙にいとまがない。3月末に上京した際、「装画を描くコンペティション vol.22」でグランプリを受賞した本田征爾の展覧会や、伊藤隆介実験映画特集上映など、道内関係者の展示・イベントが2泊3日では巡りきれないほど盛りだくさんだった。新人画家の登竜門「VOCA」展には中村絵美と大橋鉄郎がノミネートされたが、大橋は同時に、天王洲アイルのカフェでのグループ展にも出品していて、東京で同じ人物の展示のハシゴをする羽目になった。大橋はさらに、1~3月に永山武四郎邸(札幌)で開かれたグループ展「Future is in the Past」への出品や10月のマティックギャラリー(帯広)での個展など精力的に活動したことも触れておきたい。
 国松希根太は胆振管内白老町に誕生した brew gallery と東京で個展を開き、この秋に東京都現代美術館で開催されて話題を呼んだ「日本現代美術私観 高橋龍太郎コレクション展」にも出品した。同展と札幌国際芸術祭へのダブル出品を果たした作家には、早逝した札幌出身のガラス作家・青木美歌もいる。
 芸術祭では、深澤孝史は今年も引っ張りだこで、千葉県での「100年後芸術祭」に参加し、新潟県で7~10月に行われた越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭では「アケヤマー秋山郷立大赤沢小学校」という新規プロジェクトの監修を務めた。
 
 なぜ筆者はこのようなことをくどくどと書き連ねているのだろう。
 それは、1980年代から21世紀初頭あたりぐらいまでは自明のように感じられていた「北海道もしくは札幌のアートシーン」の存在が揺らぐ予感を抱いているからにほかならない。
 上述した時代には、全道展や道展、新道展や全国的な団体公募展に属する画家や彫刻家らが、毎年あるいは隔年など定期的に札幌時計台ギャラリーなどを会場に個展を開き、団体公募展に出す大作から小品までを並べて成果を問うていた。一方で、それらに属さない作家たちも、個展は行ったが、大がかりなグループ展をギャラリーや野外空間を舞台に仕掛けて、公募展作家たちに刺激を与えた。まさに、今年逝去した美術評論家吉田豪介が提起した「異端と正統のダイナミズム」の図式がそこにあったのである。
 2024年、高梨美幸、塚崎聖子、田崎謙一、西村一夫、永井美智子、野口秀子、川本ヤスヒロ、大地康雄、佐藤綾子らの個展が印象に残った。北村哲朗の彫刻展や、公募展には所属していないものの森本学史(旭川)や瀬川葉子、西辻恵三らの個展も忘れがたい。しかし、三大公募展の出品減少と高齢化による勢力低下が徐々に進んでいるのは明らかであり、正統が力を失うと、それに対抗する異端の側も、個々の作家はともかく、まとまって何かを北海道でぶつけてやろうというエネルギーに乏しくなるのは当然だろう。つまり、北海道のアートシーンというものを仮定してその場所に何かの旗を掲げる必然性が薄れていっているわけで、道内の作家が東京や海外に発表の場が得られてよかったね、というたぐいの話ではないように思うのだ。
 それには、美術展の1次批評に乏しいことや、美術館が北海道のアートシーンで活動した作家やグループをとり上げることの少なさ、かねて指摘されている市場の未成熟など、さまざまな事情が絡み合っている。この地で踏みとどまって発表する理由が、どんどん少なくなっている。
 さらに北海道教育大岩見沢校の修士課程廃止は、今後ボディブローのように効いてくることは間違いないように思われる。若い創り手が高校卒業後、道内に残らず道外に進学する率は、確実に高まるだろう。そして、就職先の少ない北海道にUターンしてくる人も減るのではないだろうか。

 しかし、北海道のアートシーンという枠組みの溶融を嘆いているばかりでは始まらない。
 溶けかかった場所(サイト)に別の土地から新たな創り手も訪れていることにも目を向けたい。
 その来訪は「中央画壇から来た先生のご高説をたまわる」というスタイルではなく行われるだろう。
 従来、札幌以外ではあまりみられなかったアーティスト・イン・レジデンスが今年は、小樽に登場したスペース「裏小樽モンパルナス」と、白老町で行われた。後者の作家は、9月に開かれたムロランアート・プロジェクト「鉄と光の芸術祭」に参加した。東京で現代美術のフリーペーパー「void」を発行していた2人が道内にも拠点を置き、しらおいルーツ&アートに関わっていたのは、おもしろい出来事だった。いちいち名は挙げないが、移住したり拠点を移したりする作家はほかにもいる。
 ここに、先駆的存在として、十勝管内にArtLabo 北舟を置いて多方面に活動している白濱雅也・シマフクロウMaki夫妻(今年は礼文島に移っているが)や、岩見沢市美流渡の來嶋路子、MAYA MAXX のことを想起してもよいだろう。根室市落石での「落石計画」は今年で17年目を迎え、オホーツク管内斜里町の「葦の芸術原野祭」も4年目の開催となるなど、道外作家と地元住民の協働は地道に続いている。
 もちろん、ここで生きようとする作家たちの営みを忘れてはならないだろう。森本めぐみや高橋喜代史の個展は、自分なりのしかたで、世界と切り結ぼうとする誠実な取り組みだった。
 さらに澁谷俊彦が道内外の茶室で展開したインスタレーションや、イコロの森ミーツアート(苫小牧)、宮崎むつ展なども挙げておく。
  
 ほかに目についたことを二、三挙げておきたい。
 一つはアイヌ文化への関心の持続。
 1~3月に道立近代美術館で「AINU ART モレウのうた」が開かれたほか、「藤戸竹喜の世界」が白老町と旭川美術館を巡回した。11~12月には釧路市阿寒湖温泉で阿寒アイヌアートウィークも催された。ただし、SNS(ソーシャルネットワークサービス)では陰湿な差別的言辞が跡を絶たないなど、課題も山積している。
 これに関連して、かつて網走にあったジャッカ・ドフニを紹介する展示が東京の高島屋で行われ、北方民族のウイルタが紹介されたことは記しておきたい。ウィルタやニヴフについて、もっと多くの人に知ってもらいたいと思う。
 もう一つは、アールブリュット(アウトサイダーアート)の展覧会が続いていること。
 なかでも市立小樽美術館が3月に開いた「障がいのある人とアーティストと私たち」は、障碍者アーティストと、一原有徳ら評価を得ている作家たちをシームレスで並べた画期的な試みだった。また、札幌の NAKAHARA DENKI Free Information Gallery、岩見沢のアールブリュット・ギャラリー、上川管内当麻町の「かたるべの森美術館」、帯広の「popke 地域活動拠点ポプケ・galleryしらかば通り美術館」など道内各地の関係者の地道な取り組みも忘れてはなるまい。

 札幌では、らいらっく・ぎゃらりいやMUSICA HALL CAFE が新しいビルに移転したが、都心の会場として親しまれた道新ぎゃらりーと、現代アートの貴重な発表の場だったテンポラリースペースが、歴史に幕を下ろした。新たな発表場所・ギャラリーについては、小さな音楽ホールであるCREEK HALL(札幌)がギャラリーコーナーを併設してオープンするなど、いくつか動きがあるが、今後の定着を望みたい。
 企画のフットワークの軽さでは今年も深川市アートホール東洲館が群を抜いていた。東川町文化ギャラリー・せんとぴゅあも健闘しているが、札幌にいると情報があまり入ってこないのが悩ましい。

 ディマシオ美術館の絵が世界一の大きさというお墨付きをギネスから得たのはユニークな話題。鳥獣戯画の道内初公開で話題を呼んだ「京都 高山寺展」は、「美術の窓」12月号によると、8万2千人を動員した。また、札幌芸術の森美術館「西洋の写本」展は、東京のほか唯一の巡回先で、貴重な展示品が圧巻だった。道内の「いま」を追う展覧会に消極的な美術館が多いなか、本郷新記念札幌彫刻美術館は今年も「共振」展を企画し、活躍中の7人と本郷新のコラボをユニークなかたちで実現してみせた。
 市立小樽美術館は、SEVEN DADA'S BABY 展や、炭鉄港の絵画3人展、ガラスアート展など、独自の企画が続いた。
「すすきの夜のトリエンナーレ」には、Chim ↑ Pom from Smappa! Group のうち5人がそろい、会場を埋め尽くした若者たちを激励した。賞関係では、若手の仲村うてなが山種美術館日本画アワード奨励賞を受賞。有力団体公募展の独立展で佐々木ゆかが35歳で会員推薦となったのは道内在住者では史上最年少と思われる(深川の渡辺貞之も83歳で同時に会員推薦)。
 北海道テキスタイル協会や、サッポロクラフトTAG(タグ)が最後の展覧会を開き、空知管内長沼町のポエティカを会場に20回にわたり開かれてきた「響き合う感覚空間」も終了するなど、工芸・クラフト畑でさびしいニュースが相次いだ。
 写真界は今年も「ポトレ」と略称されるポートレート業界が活況を呈した。HOKKAIDO PHOTO FESTA がモエレ沼公園で開かれ、フェスタ出身の桑迫伽奈が道内外で活発に発表。妹尾妹も現代アート的な方向にシフトした発表を道外で行った。東川賞では「北海道101集団撮影行動」が特別作家賞を受賞。学生たちによる1970年代の取り組みに脚光が当たり、写真における作家性・無名性が議論の的となった。そんな中で、ベテラン岡本和行の個展は、孤高の美ともいえる独自性を発揮していた。
 
 出版物は今年も活況。ミュージアムグッズ愛好家として活躍中の大澤夏美著『ミュージアムと生きていく』をはじめ、先述の深澤孝史の『アケヤマ』、國松希根太『この地で息吹く』、今村信隆『「お静かに!」の文化史 ミュージアムの声と沈黙をめぐって』、菊地雅子編著『北のボーダレスアート』などが出た。かつて長く札幌を拠点とした露口啓二の写真集『移住』も挙げておく。
 先に触れたとおり、美術評論家として道内アートシーンの発展と美術史の記録に尽力した吉田豪介が2月に亡くなっていたことが8月に報じられたほか、北海道抽象派作家協会などで長年にわたり制作・運営に力を尽くした三浦恭三、旭川の絵画・彫刻を長くけん引した神田一明・比呂子夫妻、ヒラマ画廊の母と慕われた平間文子、道展事務局長を10年余り務め抽象画家としても活躍した堀内掬夫ら多くの作家の訃報を聞いた。あらためてご冥福をお祈りします。
(文中敬称略)

2023年を振り返る(追記あり) - 北海道美術ネット別館

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