東京・六本木ヒルズの前にある巨大なクモの彫刻の作者(1911年パリ生まれ、2010年ニューヨークで歿)の大規模な個展(画像関連のクレジットは末尾にあります)。
昨年暮れに急逝した歌手・俳優の中山美穂が生前最後に足を運んだ展覧会だったと事前に知り、またTwitter(X)で、精神的に調子の悪いときはかなり来るという意味の投稿を目にしていたこともあって、かなり身構えて美術館に行きました。
結論からいうと、それほどこちらの精神を深くえぐり取るほどの内容ではありませんでしたが、おそらく男性と女性ではとらえ方がかなり異なることが推察されますし、筆者の神経や感覚が相当鈍いということでもありそうです。
最初のほうにあった展示作「家出娘」(1938)で、かなり気が緩んだのも遠因かもしれません。
というのは、この絵、筆者には、コロナ禍で一躍脚光を浴びた妖怪アマビエにしか見えなかったからです。
小品ながらアーティストの精神的な旅立ちを記念する重要な絵画なので、ちゃかすようで気が引けますが…。
全体で3章構成になっている展示のうち「私を見捨てないで」という第1章のタイトルを見て、筆者の頭の中にはあの歌声がリフレインして、響いていました。
John Lennon の “Mother” です。
「ママ、行かないで。パパ、帰ってきて」
と痛々しい絶唱が繰り返される曲です。
ジョン・レノンがビートルズ解散の直後に手掛けたソロアルバム『ジョンの魂』(原題は “John Lennon”)に収録されています。
まさに魂の叫びという感じです。ジョン・レノンはあまり幸福な少年時代をおくってこなかったようです。
彼はビートルズ時代にはここまで赤裸々に自分のことをうたいませんでした。
彼女のパフォーマンスを記録したモノクロ映像が会場に流れていて、その声が「私を見捨てないで」と繰り返していたためかもしれません。
MOTHER (Ultimate Mix, 2021) - Lennon & Ono w The Plastic Ono Band (Official Music Video 4K Remaster)
なので、作家が家族をめぐるトラウマを主題とし、戦後に精神分析の治療を受けたというのは、うなずけます。
展示全体が、とても「精神分析的」なのです。
壁面に投影されている文字は下から上へと流れていきます。
時折日本語訳が入りますが、どうやら全訳ではなさそうでした。
文字によるアートで知られるジェニー・ホルツァーの作品です。
「やり直す(内部要素)」。
いすに腰かけた女性の腹からへその緒が伸び、その先端に、赤ん坊がつながって空中に浮かんでいるという様子を表した彫刻。
まるいガラス器の中に入っています。
子育てを最初からやり直したい、ということなのか。
それとももっとさかのぼって、出産なんかするんじゃなかった、ということなのか。
あるいは、自分自身が誕生したことへの後悔なのか…。
いかようにも解釈できます。
ただ、出産がモティーフだと、やっぱり女性、とくに母親にがつんとくる作品なのではないかと感じました。
次の作品「ヒステリーのアーチ」は、東京の風景が借景のようになっていて、多くの鑑賞者がスマートフォンのカメラを向けていました。
ヒステリーという語は、筆者の世代にとっては、立腹した女性を、からかいを込めて差した言葉ですが、近年はほとんどその意味では用いられなくなりました。
実父への愛憎が主題となった立体作品。
父親は自宅に来ていた女性の家庭教師と密通していたのです。
筆者は「古来よくある話だよな」と思ったのですが、当の本人にしてみれば、そんなに簡単にまとめられる話ではないでしょう。
真っ赤な色が憎しみを表しているようですが、実の父親を憎むことも心理的な困難を伴うのはこれまた当然の話で、割り切れないアンビバレントな気持ちが反映しているようです。
刺繍やドライポイント、プラスチックなどのコラージュからなる16点組み「ウジェニー・グランデ」。
2009年とあるので、最晩年の作です。
『ウジェニー・グランデ』は、19世紀フランスの文豪バルザックの長篇小説で、筆者も2度読みました。
ケチな父親に育てられたウジェニーが、ようやく父親が死んで自分の人生を生き始めようとすると、自分もケチになっていて、「死んだお父さんそっくり」と言われるという、バルザック持ち前の容赦ない辛辣さが全面展開している物語なのですが、こういう愛すべき小品連作にこの題がついているということは、何を意味しているのでしょう…。
掲示した画像は上から
ルイーズ・ブルジョワ《かまえる蜘蛛》
ルイーズ・ブルジョワ《家出娘》
ジェニー・ホルツァー《ブルジョワ×ホルツァー プロジェクション》
ルイーズ・ブルジョワ《やり直す(内部要素)》
ルイーズ・ブルジョワ《ヒステリーのアーチ》
ルイーズ・ブルジョワ《父の破壊》
ルイーズ・ブルジョワ《ウジェニー・グランデ》
いずれの写真も「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています。
2024月9月25日(水)~2025年1月19日(日)午前10時~午後10時。会期中無休。12月24、31日を除く火曜日は午後5時)、※最終入館は閉館時間の30分前まで
森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー)
・地下鉄日比谷線「六本木駅」から約240メートル、徒歩3分
・都営地下鉄「六本木駅」から約590メートル、徒歩7分
・都営地下鉄「麻布十番駅」から約840メートル、徒歩10分
昨年暮れに急逝した歌手・俳優の中山美穂が生前最後に足を運んだ展覧会だったと事前に知り、またTwitter(X)で、精神的に調子の悪いときはかなり来るという意味の投稿を目にしていたこともあって、かなり身構えて美術館に行きました。
結論からいうと、それほどこちらの精神を深くえぐり取るほどの内容ではありませんでしたが、おそらく男性と女性ではとらえ方がかなり異なることが推察されますし、筆者の神経や感覚が相当鈍いということでもありそうです。
最初のほうにあった展示作「家出娘」(1938)で、かなり気が緩んだのも遠因かもしれません。
というのは、この絵、筆者には、コロナ禍で一躍脚光を浴びた妖怪アマビエにしか見えなかったからです。
小品ながらアーティストの精神的な旅立ちを記念する重要な絵画なので、ちゃかすようで気が引けますが…。
全体で3章構成になっている展示のうち「私を見捨てないで」という第1章のタイトルを見て、筆者の頭の中にはあの歌声がリフレインして、響いていました。
John Lennon の “Mother” です。
「ママ、行かないで。パパ、帰ってきて」
と痛々しい絶唱が繰り返される曲です。
ジョン・レノンがビートルズ解散の直後に手掛けたソロアルバム『ジョンの魂』(原題は “John Lennon”)に収録されています。
まさに魂の叫びという感じです。ジョン・レノンはあまり幸福な少年時代をおくってこなかったようです。
彼はビートルズ時代にはここまで赤裸々に自分のことをうたいませんでした。
彼女のパフォーマンスを記録したモノクロ映像が会場に流れていて、その声が「私を見捨てないで」と繰り返していたためかもしれません。
MOTHER (Ultimate Mix, 2021) - Lennon & Ono w The Plastic Ono Band (Official Music Video 4K Remaster)
なので、作家が家族をめぐるトラウマを主題とし、戦後に精神分析の治療を受けたというのは、うなずけます。
展示全体が、とても「精神分析的」なのです。
壁面に投影されている文字は下から上へと流れていきます。
時折日本語訳が入りますが、どうやら全訳ではなさそうでした。
文字によるアートで知られるジェニー・ホルツァーの作品です。
「やり直す(内部要素)」。
いすに腰かけた女性の腹からへその緒が伸び、その先端に、赤ん坊がつながって空中に浮かんでいるという様子を表した彫刻。
まるいガラス器の中に入っています。
子育てを最初からやり直したい、ということなのか。
それとももっとさかのぼって、出産なんかするんじゃなかった、ということなのか。
あるいは、自分自身が誕生したことへの後悔なのか…。
いかようにも解釈できます。
ただ、出産がモティーフだと、やっぱり女性、とくに母親にがつんとくる作品なのではないかと感じました。
次の作品「ヒステリーのアーチ」は、東京の風景が借景のようになっていて、多くの鑑賞者がスマートフォンのカメラを向けていました。
ヒステリーという語は、筆者の世代にとっては、立腹した女性を、からかいを込めて差した言葉ですが、近年はほとんどその意味では用いられなくなりました。
実父への愛憎が主題となった立体作品。
父親は自宅に来ていた女性の家庭教師と密通していたのです。
筆者は「古来よくある話だよな」と思ったのですが、当の本人にしてみれば、そんなに簡単にまとめられる話ではないでしょう。
真っ赤な色が憎しみを表しているようですが、実の父親を憎むことも心理的な困難を伴うのはこれまた当然の話で、割り切れないアンビバレントな気持ちが反映しているようです。
刺繍やドライポイント、プラスチックなどのコラージュからなる16点組み「ウジェニー・グランデ」。
2009年とあるので、最晩年の作です。
『ウジェニー・グランデ』は、19世紀フランスの文豪バルザックの長篇小説で、筆者も2度読みました。
ケチな父親に育てられたウジェニーが、ようやく父親が死んで自分の人生を生き始めようとすると、自分もケチになっていて、「死んだお父さんそっくり」と言われるという、バルザック持ち前の容赦ない辛辣さが全面展開している物語なのですが、こういう愛すべき小品連作にこの題がついているということは、何を意味しているのでしょう…。
掲示した画像は上から
ルイーズ・ブルジョワ《かまえる蜘蛛》
ルイーズ・ブルジョワ《家出娘》
ジェニー・ホルツァー《ブルジョワ×ホルツァー プロジェクション》
ルイーズ・ブルジョワ《やり直す(内部要素)》
ルイーズ・ブルジョワ《ヒステリーのアーチ》
ルイーズ・ブルジョワ《父の破壊》
ルイーズ・ブルジョワ《ウジェニー・グランデ》
いずれの写真も「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています。
2024月9月25日(水)~2025年1月19日(日)午前10時~午後10時。会期中無休。12月24、31日を除く火曜日は午後5時)、※最終入館は閉館時間の30分前まで
森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー)
・地下鉄日比谷線「六本木駅」から約240メートル、徒歩3分
・都営地下鉄「六本木駅」から約590メートル、徒歩7分
・都営地下鉄「麻布十番駅」から約840メートル、徒歩10分