(承前)
伊藤正(1915~89)といえば、戦後の道展の再建に尽くし(71年退会)、日展や一水会を舞台に活躍した画家で、札幌東高で長く教壇に立っていました。
戦後の道内画壇では著名な存在だったといえ、あらためて作品をまとめて見る機会があればと思い、栗山まで足を運んだのです。
北海道新聞の記事によると、伊藤さんの長女鞆子 さん=札幌在住=が栗山町に一時暮らしていた時期があり、その縁で96年、町に作品77点を寄贈。町教委は毎年作品の一部を公開しているとのこと。
筆者が知らなかっただけで、毎年展覧会を開いてきているのですね。
ネット検索したら2016年に見たというブログがヒットしました。23年の記事もいくつも上がっているようです。
しかも、帰ってからこのブログ記事を書くために、さかのぼって調べていたら、筆者は2008年に市立小樽美術館で「伊藤正展」を見ていたことがわかりました。
ぜんぜん記憶にないんだよな…。
その後も同館で、中村善策との2人展を見ているようです。
さて、今回の栗山での展覧会では油彩の人物画18点を紹介しています。
室内風景と女性像を組み合わせた「緑窓」(1945)や、子どものまわりに大根やカボチャをたくさん配した「晩秋の子供」(1949)といった作品もありますが、いわゆる風景画は1点もありません。
しかも18点すべてが、モデルは女性(幼時の鞆子さんを含む)です。そのうち13点が、いすに腰かけたポーズを描いています。
かなりわがままな意見であるとは承知していますが
「せっかく遠くから見に来ているのだから、もうちょっとバリエーションがあってもいいのに…」
と心の中でボヤかずにはいられませんでした。
伊藤正を紹介する文章には必ずといっていいほど「写実」という語が用いられていますが、昨今のスーパーリアリズム的な写実ではありません。
作品な年代順に並んでいるわけではありませんが、そこに「写実」の枠内で画風の変化を読み取ることはできます。
最も特徴的なのは、50年代終わりごろから、黒い輪郭線がモデルやモティーフを縁取るようになったことでしょう。
輪郭線は、やわらかな曲線ではなく、直線的で鋭角的なものです。
その輪郭線の中のストロークやタッチも直線が主体で、画面に緊張感をもたらしています。
個人的な好みで申せば、ポスターに印刷された「青衣」(1955)あたりまでのやわらかみを帯びた作風のほうがすきなのですが、おそらく画家本人は、黒い輪郭線が、他の画家と区別する自分の画風の特色であると認識していたのではないでしょうか。
とはいえ、この黒い輪郭線が、戦後フランス画壇の大御所ベルナール・ビュッフェの影響下にあることは、否定できないでしょう。伊藤さんご本人がどう考えていたかは知る由もありませんが。
現代の美術史の本をひもとくと、戦後のアートは米国の抽象表現主義やポップアートを軸に展開していたような印象を持つでしょう。しかし、それはもっぱら1980年代以降に確立された歴史観であり、50~60年代当時の日本の美術界では
「美術の中心はなんといってもパリ」
という見方が圧倒的に強くありました。
その中でも輝かしい存在だったのがビュッフェだったのです。
一部では「ピカソの後継者」ともいわれ、現代美術史に残る画家だと思われていました。
彼の大作絵画を、札幌市中央区北2西1のニューオータニイン札幌1階のカフェで見ることができます。
さらにいうならば、ビュッフェの輪郭線には何か病的というか、人間の精神が戦後に置かれた危機的な状況を感じ取ることができそうなところがあります。
その点において、ビュッフェの絵には、例えばジャコメッティの同時代人だな~と思わせる何かがあるのです。
翻って伊藤正の絵に筆者は、そのような時代精神につながるものを見いだすことができません。
なんか神経質そうだなと、感じるだけです。
伊藤正をめぐる文章はどれも、戦後の道内画壇でいかに偉い画家だったか、どんなに写実やデッサンに心血を注いだか、ということを述べているだけで、彼の作品そのものの良さを解き明かしてくれる文章にはウェブではなかなか行き当たりません。
「2605.7.28」と隅に記され、娘の誕生を祝う「鞆子」(1945)など、ほほえましさを感じる作品もあるにはあるのですが、例えば「第12回日展」の出品作「マダム・ヴィオレット」(1980)などを見ても、この絵の良さはどこにあるのか、当時はどこが評価の対象になっていたのか、洋画の見方に疎い筆者は戸惑うばかりなのです。
どなたかご教示願えれば幸いです。
他の出品作は次の通り。
自画像 (1975)
レモンを持てる像 (78)
娘の像 (76)
黒衣 (64)
女の像 (不詳)
夏衣の少女 (52)
婦人像 (56)
裸婦立像 (53)
帽子の女 (59)
少女像 (56)
裸婦 (51)
防空頭巾の子供 (43)
座像(41)
2024年7月12日(金)~21日(日)午前10時~午後5時 第1・3月曜休み
カルチャープラザ Eki(栗山町中央2)
過去の関連記事へのリンク
■ヨーロッパ風景画展~日本人画家のまなざし (2015、画像なし)
■札幌大谷学園開校100周年記念美術展「おおたにの100点」(2007、画像なし)
・JR栗山駅直結
伊藤正(1915~89)といえば、戦後の道展の再建に尽くし(71年退会)、日展や一水会を舞台に活躍した画家で、札幌東高で長く教壇に立っていました。
戦後の道内画壇では著名な存在だったといえ、あらためて作品をまとめて見る機会があればと思い、栗山まで足を運んだのです。
北海道新聞の記事によると、伊藤さんの長女鞆子 さん=札幌在住=が栗山町に一時暮らしていた時期があり、その縁で96年、町に作品77点を寄贈。町教委は毎年作品の一部を公開しているとのこと。
筆者が知らなかっただけで、毎年展覧会を開いてきているのですね。
ネット検索したら2016年に見たというブログがヒットしました。23年の記事もいくつも上がっているようです。
しかも、帰ってからこのブログ記事を書くために、さかのぼって調べていたら、筆者は2008年に市立小樽美術館で「伊藤正展」を見ていたことがわかりました。
ぜんぜん記憶にないんだよな…。
その後も同館で、中村善策との2人展を見ているようです。
さて、今回の栗山での展覧会では油彩の人物画18点を紹介しています。
室内風景と女性像を組み合わせた「緑窓」(1945)や、子どものまわりに大根やカボチャをたくさん配した「晩秋の子供」(1949)といった作品もありますが、いわゆる風景画は1点もありません。
しかも18点すべてが、モデルは女性(幼時の鞆子さんを含む)です。そのうち13点が、いすに腰かけたポーズを描いています。
かなりわがままな意見であるとは承知していますが
「せっかく遠くから見に来ているのだから、もうちょっとバリエーションがあってもいいのに…」
と心の中でボヤかずにはいられませんでした。
伊藤正を紹介する文章には必ずといっていいほど「写実」という語が用いられていますが、昨今のスーパーリアリズム的な写実ではありません。
作品な年代順に並んでいるわけではありませんが、そこに「写実」の枠内で画風の変化を読み取ることはできます。
最も特徴的なのは、50年代終わりごろから、黒い輪郭線がモデルやモティーフを縁取るようになったことでしょう。
輪郭線は、やわらかな曲線ではなく、直線的で鋭角的なものです。
その輪郭線の中のストロークやタッチも直線が主体で、画面に緊張感をもたらしています。
個人的な好みで申せば、ポスターに印刷された「青衣」(1955)あたりまでのやわらかみを帯びた作風のほうがすきなのですが、おそらく画家本人は、黒い輪郭線が、他の画家と区別する自分の画風の特色であると認識していたのではないでしょうか。
とはいえ、この黒い輪郭線が、戦後フランス画壇の大御所ベルナール・ビュッフェの影響下にあることは、否定できないでしょう。伊藤さんご本人がどう考えていたかは知る由もありませんが。
現代の美術史の本をひもとくと、戦後のアートは米国の抽象表現主義やポップアートを軸に展開していたような印象を持つでしょう。しかし、それはもっぱら1980年代以降に確立された歴史観であり、50~60年代当時の日本の美術界では
「美術の中心はなんといってもパリ」
という見方が圧倒的に強くありました。
その中でも輝かしい存在だったのがビュッフェだったのです。
一部では「ピカソの後継者」ともいわれ、現代美術史に残る画家だと思われていました。
彼の大作絵画を、札幌市中央区北2西1のニューオータニイン札幌1階のカフェで見ることができます。
さらにいうならば、ビュッフェの輪郭線には何か病的というか、人間の精神が戦後に置かれた危機的な状況を感じ取ることができそうなところがあります。
その点において、ビュッフェの絵には、例えばジャコメッティの同時代人だな~と思わせる何かがあるのです。
翻って伊藤正の絵に筆者は、そのような時代精神につながるものを見いだすことができません。
なんか神経質そうだなと、感じるだけです。
伊藤正をめぐる文章はどれも、戦後の道内画壇でいかに偉い画家だったか、どんなに写実やデッサンに心血を注いだか、ということを述べているだけで、彼の作品そのものの良さを解き明かしてくれる文章にはウェブではなかなか行き当たりません。
「2605.7.28」と隅に記され、娘の誕生を祝う「鞆子」(1945)など、ほほえましさを感じる作品もあるにはあるのですが、例えば「第12回日展」の出品作「マダム・ヴィオレット」(1980)などを見ても、この絵の良さはどこにあるのか、当時はどこが評価の対象になっていたのか、洋画の見方に疎い筆者は戸惑うばかりなのです。
どなたかご教示願えれば幸いです。
他の出品作は次の通り。
自画像 (1975)
レモンを持てる像 (78)
娘の像 (76)
黒衣 (64)
女の像 (不詳)
夏衣の少女 (52)
婦人像 (56)
裸婦立像 (53)
帽子の女 (59)
少女像 (56)
裸婦 (51)
防空頭巾の子供 (43)
座像(41)
2024年7月12日(金)~21日(日)午前10時~午後5時 第1・3月曜休み
カルチャープラザ Eki(栗山町中央2)
過去の関連記事へのリンク
■ヨーロッパ風景画展~日本人画家のまなざし (2015、画像なし)
■札幌大谷学園開校100周年記念美術展「おおたにの100点」(2007、画像なし)
・JR栗山駅直結
(この項続く)