北海道美術ネット別館

アート、写真、書など展覧会の情報や紹介、批評、日記etc。毎日更新しています

ライジングサン・ロックフェスティバル 極私的9年間のあゆみ(2)

2008年08月12日 23時23分19秒 | Rising Sun Rock Fes他
承前

 ついつい長文になってしまった。

 第2回の2000年は、ステージがふたつになった。
 筆者が大好きだったTHE YELLOW MONKEYが本番直前に出演キャンセルとなり、残念というか、大物が出ないというさびしさがあった。

 SUN STAGEの一番バッターは、沖縄出身で、インディーズ史上初のオリコン1位という快挙をなしとげた「MONGOL800」。まだ大学生で、「北海道、熱いネ」と、MCも初々しい感じ。
 当時、忌野清志郎が「君が代」を替え歌で歌って物議をかもしていたが、この年に「ラフィータフィー」名義で出演。「こけのムース、ムース、ポマード、ポマード」などと歌っていた。過去には原発批判の歌で放送禁止になったりしているが、とくに思想的な背景というより、永遠の反逆児なんだなあ、この人。
 がんの再発により今年の出演がキャンセルになってしまったが、ぜひまた復活してほしい。
 この替え歌に触発されたのだろうか、桃乃未琴が深夜の会場内で、「君が代」をスローバラードふうに歌っていた。

 この年の収穫は、一般的に「社会派」と片づけられそうなソウルフラワーユニオンが、音楽的にもなかなか良かったと思ったこと。
 トリは奥田民生。「ボクなんかでいいんでしょうか」などと言いつつ、熱唱していた。


 2001年
 この年から、北海道美術ネットに記録がある。
 アーティストの話なんかは、リンクをはっておくので、そっちを読んでください。
参照

 初の2泊3日開催。
 筆者は2日目しか行っていない。
 というか、仕事もあるので、たいていの年は1日目は涙をのんでいる。

 スピッツの草野マサムネが、ボソっと
「みんな、楽しそうだね」
とMCで言ったのが可笑しかった。


 2002年
 北海道美術ネット的に大きい意味があるのが、この年からアート関係のブースができたこと。
 そして、現時点で振り返っても、この年がいちばんにぎやかだったような印象がある。
 テーマは「ART has no design on ROCK」。現在も活躍中の作家では野上裕之、高幹雄らが参加していた。 

 ■参照

 この年からステージの数が一気に4つになった。昨年はプログラムが2日目だけだったSUN STAGEに、初日のライブが組まれるようになった。

 しかし、3時間眠った後、送別会に出てたんだなあ。若かったなあ。


 2003年
 この年はステージ数が5つに増加。

 めずらしく初日から参加した。
 しかも、徹夜明けで、2時間だけ眠ったあと、日勝峠経由で北見まで車を走らせ、その次の日にこんどは家族を乗せて北見から札幌へと戻っている(石北峠経由)。
 無謀にもほどがあると思う。

 ■参照

 チャゲアスが記憶にあるかな、やっぱり。
 意外さでは9年間の歴史でも上位にくるだろうし。


 以下別項


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
私は (フクメンねこ)
2008-08-13 09:47:23
2001年に初めて参加してから、
RSRにはちょこちょこ参加しています。

初参加の時の夜は本当に寒かった!
スウェットとウィンドブレーカーを
重ね着していても震えてました~。

この頃はステージ数も少なくて
今以上にマッタリしてましたよね。
マッタリしすぎて観ようと思っていたスピッツを、
トイレの中で聴いてしまったのが思い出です(笑)
返信する
2001年 (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2008-08-13 20:18:00
フクメンねこさん、こんにちは。

あの年は、ライジング史上、一番人が少なかった年だと思います。

あんまりフェスが巨大になるのも善し悪しだなあ、というのが正直なところです。

まあ、それだけいろんなアーティストが来る訳ですけどね。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。