少年カメラ・クラブ

子供心を失わない大人であり続けたいと思います。

プリントの色

2005-04-25 21:42:26 | 写真
現像をしているときは、もちろん暗室の中にいる。赤い光の中で見るプリントはイマイチいいのか悪いのか良くわからない。仕方がないので定着が終わったところで明るいところに出してもう一度眺めてみる。

結構いいなあと思って水洗をし乾燥させてみると、なんだか思ったほど諧調が豊かに見えない。最近の傾向は、ちょっと露光時間を長くしすぎてややハイライトがくすんだ感じになってしまっているようだ。印画紙のクセのようなものもあるのだろう。なかなか思い通りにはいかない。

何が変わった?

2005-04-25 21:32:54 | 写真
モノクロの現像を始めてから1年ほどたった。出来上がった写真をみると大分上達したなあとは思うのだけど、では一体何がかわったのだろうかと改めて考えてみた。

そう考えてみるのだけれど、実は大した変わりはない。やっているプロセスのほとんどは、現像を始めた頃と一緒だ。その中のキーとなる処理や設定がほんのちょっと変わったに過ぎない。そのほんのちょっとの差が、決定的な結果の差をもたらしているのだ。

例えば現像液の温度だったり、露出計を向ける向きだったり、マスコタンクの振り方だったりする。違うといえば違うのだろうが、まあどうでもいいといえばどうでもいいような細かいことだ。

振り返って、そうした重要な細かい点に気づくことができるようになった原因は、「きちん」と処理をするということだったと思う。マニュアル通りに繰り返し処理を行うことによって、それまで見えなかったディテールが顔を出してくるのだ。

「きちんとやること」の意味は、実は「きちんとやること」そのものではないのかもしれない。きちんとやることによってディテールを浮き彫りにすることが、その本当の意味なのかもしれない。

ゾーンシステムの意味も、そこにある。きっちりとしたゾーンシステムの実践によって、撮影するときの作者のイメージのビジュアライゼーションは大切なのだが、ただそれは機械化された「きちんと」したプロセスに過ぎないのではないだろうか。それを実践した後に残る、ほんのわずかなタッチこそがその作品に深みを与え芸術作品へと昇華させる。それは、僕の現像の上達プロセスと全く同質のものだ。まあ、そのレベルは大分違うけどね。