こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

娘のちいさなペット

2015年07月10日 20時20分10秒 | 文芸
「これ、なにか分かる?」
 娘が私に声をかけた。自分から問いかけるなんて最近はなくなっていたのに。いま大学1年生、父親との距離が開く年頃である。
 覗くと空ペットボトル利用の水槽。じーっと目を凝らしてみるが、何なのか分からない。
「ほら、ここ、ここよ。いるでしょ」
 娘が指し示し食い入るように見詰める一点に顔を近づけた。娘と顔が並んだ。
「お!」
 見えた。小さいメダカの赤ちゃん。しばらく娘と仲良く赤ちゃんの泳ぎに見とれた。
「一匹、やっと孵化したの」
 マジかに見る娘の笑顔。いつ以来かな。
 小さい頃生き物が好きで、よくザリガニ釣りや虫捕りに連れていった。あの頃はお母さんよりお父さんだったっけ。
 娘が飼っているメダカのおかげで、また父親に戻れた。ほんのつかの間でも、父親のしあわせを味わって喜ぶことにしよう。
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子の成長と親の自戒

2015年07月10日 14時35分56秒 | 文芸
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かけっこ2等の息子にウルウル

2015年07月10日 12時52分46秒 | 文芸
駆けっこ2等入賞涙で潤んだ運動会

 また来た小学校の運動会。わが子らも2年と3年に成長している。
 しかし、運動神経まるでなしのわが夫婦の血を受け継いで、これまでの運動会の駆けっこは、いつだってびりクラス。
 それで今年も期待せずに出かけた。
 ところが、なんと2年の長男が2等!しかも2等までに入った児童はクラスのリレー代表選手で走る。そのリレーも、な、な、なんと3等入賞で、楯を貰っている。
 あれよあれよと、まるで夢を見ているようで、ボーゼン!自失のわたし。
「なにボッとしてんの。あなたの息子のせっかくの栄光の姿よ。今度いつこんな機会にお目にかかるか分かんないわよ。ほら、喜んで」
 妻が慌ててわたしに感激するよう促すが、そう簡単に感激を表現出来たら本当の役者だ。
「もう、あんたって何もかも不器用なのね」
「おや?」と思って妻をふり返ると、その目は潤み、ワナワナと唇を震わせているのだ。
(お前こそ不器用な母親なんじゃないか。バカ…)
 そう心でののしり(?)ながら、わたしも…ホロリ。
(神戸・1992・10・9掲載)

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障害持つ子と一緒に

2015年07月10日 09時30分56秒 | 文芸
障害持つ子と一緒に
 障害のある子の通園施設の保母になって3年。漸く自分の仕事の難しさとともに、喜びも味わえるようになってきました。
 一年ごとに契約更新しなければならない臨時職の不安定な身分はありますが、仕事に入れば正規も臨時もありません。
 子どもたちとのふれあいに懸命になるだけです。ちょっとした気の緩みが思いがけない事故を呼びかねないだけに、かなりやりがいのある職場と言えます。
 行事がある月は、もう連日遅くなる日が続き、わが家の夫や子どもらに文句を言われたりもしますが、いまのわたしはこの仕事が大好き。園児らの笑顔を、体の弾みを感じたときの喜びは、何物にも代えがたいものがあるのです。
 それに顔を見れば何やかやと文句を言う家族たちも、結構理解してくれているのです。
「保母さんの仕事って、とっても大事なお仕事なんだね」
 と、娘が言ってくえました。夫も息子も、同じ気持ちでいてくれます。ズーッと続けたい。大切なわたしの仕事なのです。
(神戸・1993・1・1掲載)

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ゆとりが消える

2015年07月10日 03時17分49秒 | 文芸
競争意識強くゆとり消える

 実力本位の年俸制導入に向かう会社が出て来たのは、時代の要請があるからだろう。だが、国が進めている「生活大国」の施策に反するのではないだろうか。
 働き蜂の日本人にとって、年俸制によって生じる競争意識がバリバリの会社人間を生み出す要因になるのは目に見えている。
 過労死は当然のことながら増えるだろうし、成績を上げるため、家庭生活を犠牲にすることにもなろう。
 そうなれば、官民挙げて求めようと言う「ゆとり」はどこへやらである。
 また働きに応じて給料をもらえるので公平なように見えるが、弱者切り捨ての論理でもある。
 利益追求を主眼とする企業にとっては当然なのだろうが、使われる側にとっては、いやはや酷な話しだと思う。
(讀賣・1992・8・1掲載)

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残りは腰をかがめて…?

2015年07月10日 02時14分52秒 | 文芸
残りは腰をかがめて手刈りを

「今年の出来は最高!」と、重く垂れさがった稲穂が色づいていくのを毎日、眺めていたのがウソみたいな惨状だ。
 台風18号のせいで横倒しになったわが家の稲田を前に、しばらく思案した。
 コンバインを入れる方向が難しい。一方向への倒伏なら、ことは簡単。しかし、目の前はあっちこっちにと複雑に倒れている稲の絨毯だ。その下には、まだ水が抜けきっていない泥田がのぞいている。
「ええい!ままよ」
 とコンバインを突っ込む。そして…三日後、やっと刈り終えた。
 前年は半日仕事だったことを考えると、いかに大変なことだったか。そのうちコンバインで刈れたのは三分の一だけ。
 それも泥にまみれた作業のせいでコンバインは故障続き。結局残りは腰をかがめて手刈りを。腰が痛んでマヒした頃、作業はようやく終了した。
 乾燥機に入れるモミを手に、込み上げてくる収穫の感動は、苦労した分の何十倍、何百倍も大きかった。
(讀賣・2004・9・26掲載)

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自然いっぱいの公園

2015年07月10日 01時10分24秒 | 文芸
自然いっぱいの公園

 さほど期待もせず、小2の娘と「東はりま水辺の里公園に行った。
 暑い午後のせいか、来園者はわが家族だけ。手入れの行き届いた公園しか知らない身には、草ぼうぼうにしか見えない。だいたい、金がかからないという情報を得ての公園もうで。期待外れは覚悟のうえだが、これはまずったかな、との思いが強まる。
 ところが、娘はずっと目を輝かせて、興奮しっぱなし。最近は図鑑でしか見られないゲンゴロウやドジョウなどの生き物たちとの出会いがあったのだから、無理もない。
 ザリガニも二匹釣り上げて「ワァワァ」「キャアキャア!」。いつしか親も童心に戻って、一緒に大はしゃぎしていた。
 公園の指導員さんに、カミキリムシを捕まえてもらって大感激の娘は「お父さん、すごいとこ知ってたんやな」
 ザリガニをつかめなかった“情けないお父さん”は、娘にしっかり見直され、父親の権威回復!指導員さんに、思わず頭を下げていた。
(神戸・2004・8・22掲載)

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やむをえずに『参戦』

2015年07月10日 00時02分42秒 | 文芸
やむをえずに“参戦”

 車の免許は一生持たない、運転しない、なんて公言していたわたしが、なんと免許を取り、車を乗り回すまでになってしまった。
 家、職場、子どもの学校の行き来には、もっぱら徒歩か自転車を利用していたのだが、その道筋の交通事情のひどさに音をあげたからである。
 道筋一杯に走る大型トラックはもとより、乗用車まで、そこのけそこのけとばかりに、駆け抜ける。歩行者など眼中にないような交通マナーの悪さに、死ぬ思いさえした。
 ついにわたしも白旗をあげた。クルマ社会における安全は、車に乗ってでないと手に入らぬものだと、思い知らされた。目には目を、車には車をである。
 かくしてわたしは、かの悪名高き車社会の一員に取り込まれてしまった。
(讀賣・1992・6・28掲載)
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