こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

本屋さんのノルマ

2015年07月04日 20時02分02秒 | 文芸
 若い頃、地方の書店に就職した。店頭販売の担当に回された。ただ月に数回、外回りもしなければならなかった。婦人誌の新年号や新一年生の学習雑誌の発売にむけて、予約注文を獲得するために、連日飛び込みの戸別訪問に駆け巡った。ほかに百科事典や学習用教材ラボの売り込みといろいろあった。それらを販売するために懸命に回った。
 外販の地区別担当者Tさんがいた。Tさんの指導を得て効率よく回った。さすが外回り十三年、ベテランの助言は適格だった。
「いいか、本を売りつけようと思うたら絶対あかん。お客さんに、その本の必要性を理解して貰うんが、僕らの役目や。だから、二度三度、無駄と判っていても足を運ぶ。お客さんが僕らの顔を覚え、僕らの心の中にある真摯な思いを感じて頂けるまで。そこからや、本を具体的に薦めるのは」
 Tさんの意見に間違いはなかった。むしろわたしの販売に対する考え方と共通していた。
「まずボクのお得意さんのとこを回ってみたらいい。手慣らしのつもりでな」
 Tさんのお得意さんは、誠実な彼の性格に似あう思いやりを持ったタイプの人が多かった。
「こんにちは。○○書店ですが、お時間よろしいでしょうか?」
「ああ、○○さんかい。今日はTさんと違うんやな」
「はい。紹介して貰って、今日は私が来させて頂きました」
「あの人の紹介やったら、間違いないわ。まあ入って話を聞かせて貰おか」
 てな具合で、彼の仁徳はお得意さんの間には見事に浸透していた。
 後はわたしの勝負だった。
 世間話をする。といっても高校を出てすぐ就職した私に手持ちの話題は少ない。
「自分の方に話すことが思い当たらなかったら、お客さんに話してもうたらええ。聞き上手になるこっちゃ」
 Tさんの教えだった。それにしたがって、「はいはい」とお客さんの話を引き出した。最初は冷や汗ものだった。世間慣れしていないと、聞き役に徹するのも、かなり大変だ。
 それでも、相手の話に耳を傾けていると、不思議とお客さんの思いや希望が分かった。
「…実は、今回、学研からこども向けの百科事典が販売されることになったんですよ」
 おかげでスラーッと切りだせた。
「へえ、こども百科ね。うちの子にも読めるやろか?」
 そうなると、後はわたしの説明次第となる。もちろん売るべき商品の詳細はとことん勉強している。メリットもデメリットも隠すことなくお客さんの前に披露した。そして、お客さんの判断をじっくりと待つ。その間もお客さんとの雑談は続いている。カウンセラーでもあり友達のような感覚が生まれていた。
「ご注文有難うございました。さっそくお届けに上がらせて頂きます。また詳しいお話は、その時させて貰いますので。本当に今日は有難うございました。貴重なお話、大変勉強になりました」
 言葉に嘘はない。情報に生活の知恵…いろいろ学ばせて貰った。
「おい、一セット売れたそうやな?」
「はい、おかげさまで」
「お客さん喜んでたで。素直で気配りの出来る若い店員さんやった言うてはったわ」
 Tさんの報告に私は素直に嬉しさを噛みしめた。
 その体験はわたしに訪問販売の何たるかを教えてくれた。その魅力も。外回りなら任せとけって感じのTさんのおかげだった。
「御免下さい。□□書店ですが」
 玄関口に立ったのは、馴染みの顔だった。笑顔の絶えない年配者である。二百メートルほど車を走らせた町にある書店で外回りの店員だった。三年前から月刊誌の配達を頼んでいるが、配達がなくてもちょくちょく顔をみせてくれる。他愛もない世間話をして、「それじゃまた寄らして貰います」と帰っていく。
 高齢者の仲間入りをしているわたしには、彼の突然の訪問が妙に待ち遠しくてならない。時々、彼が置いて行くチラシやパンフレットに目を通す。新しい情報がスマートなレイアウトでまとめてある。滅多に出歩かなくなったわたしには新鮮な刺激を与えてくれる格好のものだ。
「もしもし。○×の齋藤ですが、こちらを回ってはるSさん、お願いします」
「はい、Sです。いつも当書店のご利用ありがとうございます」
 律儀な声に聞き覚えがある。ホッとする。
「日本浮世絵体系のパンフ見たんやけど、ちょっと説明によって貰えるかな」
「はい!すぐ伺わせて頂きます。いつも有難うございます」
 Sさんの対応に、自分の昔の姿がダブった。
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難関乗り越え好きな仕事を

2015年07月04日 15時20分52秒 | 文芸
難関乗り越え好きな仕事を

 昨年来、7年間やって来た喫茶店を全面禁煙喫茶店に切り替えたが、予想通り売り上げは激減した。
 いろいろ試行錯誤を重ねた末、ようやく落ち着き始めたものの、数字的には相変わらず苦しい。
「本来、喫茶店は一服するところ。煙草が駄目なら商売替えしろよ」と、知人の助言。しかし、もともと好きでやっているこの仕事、やめるなんてまず考えられない。家族や自分の健康を損なわずにやれるはずだとの確信にそって、あらゆる対策を講じてやっていくだけである。
 辞書を引けば、職業とは「暮らしを立てるためにする仕事」とあった。とすれば、現在四苦八苦しているわたしの仕事は職業に入らないかも知れないが、とにかく好きな仕事であるのは間違いない。それだけに何とかメドをつけるために必死にならざるを得ない。
 先日、常連客が悪戦苦闘する姿を見兼ねたのか、“嫌煙喫茶店支援コンサート”を開いてくれた。この時ばかりは涙が出るほど嬉しく感じた。
 自分の仕事が曲がりなりにも人に認められているんだという喜びは最高のものである。
 誰しも、自分が好きで満足し得る仕事につけるはずがないのに、なんと恵まれたことか。だから、たとえいかなる難関が訪れようと諦めずに、今の仕事に取り組んでいくつもりだ。
(神戸・1989・3・12掲載)

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まっすぐ育ったゴボウっ子

2015年07月04日 14時16分06秒 | 文芸
まっすぐ育ったゴボウっ子

保育園が春休みに入ると、4歳と5歳の子どもふたりを店に連れて来るのが恒例になっている。だからもう馴れっこって具合で、近くの児童公園へしょっちゅう遊びに行っている。
少し店が暇になった時を見計らって公園まで足を運んでみた。200メートルほど先にあるけれど、公園の様子が店の前からありありと見渡せる。
何人かの子どもたちが親に見守られながら、キャッキャッと遊び回っていて楽しい。
公演について子どもの姿を求める。(ア、いたぞ!)と、砂場で一心不乱に砂遊びをするふたりの背中を目標に走り寄る。しかし、振り返る気配すら見せない没頭ぶりだ。
(まあいいか。邪魔するのも悪いな)とあきらめ、ベンチにかけて公園内をじっくり観察する。すると面白いことに気がついた。
 田舎でふだん走り回っているわが子と、町の子どもたちとの際立った違いがすぐに分かった。
 雨が上がった後の公園だけに、地面に座りこんだり転げ回ったりする子どもは、どうやらわが子どもたちだけのようだ。
 服と言わず頭から足まで砂だらけ、泥だらけの様子。町の子どもたちは上品に遊び慣れているのか、全く綺麗そのものである。(泥だらけのゴボウみたいにまっ直ぐ育てば十分だろ)妻の呆れ顔を想像し、苦笑しているわたしに気がついた。
(神戸・1989・4・5掲載)

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検診結果通知に思う

2015年07月04日 12時10分29秒 | 文芸
検診結果通知方法に思う

 忙しくて、なかなか機会のなかった集団検診をやっと受診されたおしゅうとさん。まず一枚目のハガキが、「異常なし」の通知をもたらした。「張り合いないのう」なんて冗談口を叩きながらもおしゅうとめさんは嬉しそう。
 ところが、それから3日ぐらいして二枚目のハガキが。
「あなたの健診結果に異常が見られますので、○月×日下記に紹介しています医療機関に足をお運びください」
 これはかなりショックだったようです。
 さらに数日して、肺がん検診結果で「異状なし」の通知はがきが郵送されてきた。これで終わりかなと思っていると、また何日かして、今度は検診結果と表に記入された封書が。
 みんな同じときに受けたものである。確かに胃、肺、心機能、肝機能……など、それぞれ検診結果が出るまでの必要時間はかなり違ってくるとは思うけれど、結果が出るたびの通知では、本人が落ち着く暇がないのではないでしょうか。良い結果の通知ならまだしも…。
 それも健康、生命に関係した通知です。喜ばされたかと思えば、次はショックを受ける。何かもてあそばれてる気がしないでもありません。
 がん告知の是非が論じられている今日、他の健診結果の通知方法も、できるだけ心理的影響の少ない手段を選ぶべきです。それにまとめて通知すれば、経費も少なく済むのでは。
(神戸・1989・7・11掲載)
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休日こそ家族そろってくつろぎを

2015年07月04日 10時14分23秒 | 文芸
休日こそ家族そろってくつろぎを

 休みっていったい何だろう?つくづく考えてしまうこの頃です。これも、週休2日制とか、ゴールデンウィーク…大型連休の話題が、新聞・雑誌・テレビなどでよく取り上げられるせい。連休を利用の海外旅行、温泉、ゴルフ……騒々しいまでのレジャー志向で日本列島はどよめいているが、「ウーン!」と考え込まされてしまう。(はたしてこれでいいのかな?)なんて思っちゃうようでは、もう若くないのかも知れないが、何か違う気がしてしまう。
 仕事に追われおろそかになってしまう家族・親子関係の回復をはかるのが休みなんだというのがわたしの意見。それが後回しで、個人個人の娯楽を優先する風潮だから、どうも納得できないのかもしれません。
 家族の崩壊が叫ばれて久しいけど、その修復に休日の増加はもってこいと思う。遅々と息子、父と娘、そして夫婦が、同じ目的を持って遊び、語らい、笑いさざめく。経済大国化への道を歩んだ日本では無視されがちだった家族のくつろぎが帰って来るなんて、もう最高!
 でも現実はみんなバラバラに、それぞれがやりたいものを求めて散っていくばかり。できれば、増える休日を家族だんらんの日として、みんなが考え始めればいいなあと、夢見たいなあ。
(神戸・1989・5・3掲載)

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4コマ漫画・羽子板で勝負!

2015年07月04日 02時26分57秒 | マンガ
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母さんもっと優しくするよ

2015年07月04日 01時09分13秒 | 文芸
母さんもっと優しくするよ

 久しぶりに母を連れて姫路までドライブした。兄が亡くなってからなかなか誰も同行する時間が取れないので、寂しい思いをしていた母は、車の中でもよくしゃべった。
「結婚したころ、よくお父さんと自転車で姫路へ出て来たもんだよ。あのころは道も舗装されていなかったけど、二人で自転車を走らせてると、とてもいい気持でさ」
 初耳だったわたしは、思わず母の顔を見直していた。
 昭和20年代、父も母も若く、終戦後で自由の息吹きが感じられた時代を謳歌していたのだろう。しかし、今の母を見たらとても信じられない……。
「わたしらだってお前らに負けない青春があったんだからね。お父さんと同じように優しい息子も二人もできたし、本当に幸せだったよ」
 母は目を細めて、遠い昔を思い出すように車の窓から道沿いに展開する風景を眺めていた。心に、いまは亡き長男の面影をダブらせてみているのだろう。
(もっと長生きしろよ。おれ、まだおふくろに優しくし足りてないんだから……)
 たった一人残った不肖の息子は、胸の内にそう念じながら車を走らせた。
(神戸・1991・5・8掲載)

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通園バスに乗り遅れた朝

2015年07月04日 00時12分23秒 | 文芸
通園バスに乗り遅れた朝

 その日はうっかりしていて保育園の通園バスに乗り遅れました。子どもたちがグズグズしていたせいもあるけれど、バスが定時よりも早く来たためですが、主人は冷たく宣言したのです。
「ちょっと早めに行っておくのがマナーだろ。遅れたからって来るまで送らないからな。歩いて行かせろ。甘やかせたらクセになるぞ」
「もう理屈ばかり言ってないで、車で送ったら簡単じゃないの。あなた父親でしょ!」
 文句をいくら言っても駄目。主人は頑として譲る気配を見せません。仕方なくわたしが付き添って保育園に向かいました。保育園まで子どもの足で45分近くかかります。
 田園に挟まれた通学路をテクテクと親子並んで歩いて行きました。ところが歩いて行くうちに思わぬ発見。子どもたちがイキイキと話しかけてくるのです。
「この道さ、お兄ちゃんらが小学校に行くとき使ってるんだぞ」「ほら、こんな草あるよ」「お空曇ってるから、雨が降ってくるよ」「お母さん、歩きっこしよう。競争だぞ」
 ……など、保育園に着くまで喋りっ放しの子どもたちに正直驚きました。
 それに買い物ではすぐに「疲れた、帰ろうよ」を連発する長男なのに、どうしたのか最後まで元気いっぱい!
「昔はみんな歩いて通ったんだぞ。あの道には、オレの思い出が詰まってるんだ……!」
 それ見ろと言わんばかりに得意気な主人の言葉は聞き流して、やっぱり子どもと歩いたのは正解だったなあと、ひとり嬉しくなったわたしです。
(神戸・1989・12・7掲載)

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