
お目にかかっていないと思うが、てんかん総合的な施策の確立に尽力された方だ。
日本障害者リハビリテーション協会の雑誌の追悼文に以下のような記述があった。
「協会では先生を委員長とした『てんかん総合対策の樹立に関する研究委員会』を立ち上げ、当時のてんかん学の国内最高の専門家や各分野のエキスパートなど総勢50数名による研究調査活動を行っていました」、「この研究は、疫学、研究体制、医療、予防、法制度、リハビリテーション、社会啓発の7委員会を中心にん当時の可能な限りの現状分析とそのデータに基づく提言を目標と」した活動を推進された方ということが分かった。
1986年に400ページに渡る報告書「てんかん制圧への行動計画」が完成したということだ。何年かかったか分からないが相当な期間と労力がかかったことは間違いない。
難聴者施策も福祉、教育、就労、情報通信、補聴技術と各分野に跨るが統合的なものはまだない。
この難聴者施策のグランドデザインは何年かかってもやりとげないとならない。
人工内耳に挑戦するのもこのためとも言えるかもしれない。
ラビット 記