難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

この難聴者に誇りと勇気を!

2007年11月12日 13時59分08秒 | 権利
071111_1839~001.jpg071111_1222~001.jpg近畿地域の人口9万5千人の小さな市の難聴者協会支部と地域の要約筆記サークルが結成15周年と20周年を向かえた。
サークルが先に生まれて、各専門部長もいる30人の大きな組織になった。
支部はサークルから分かれて7人から十数人に増えた。


祝宴の席で寂しそうな顔をしている高齢の女性に話しかけた。
「おばあちゃん、ウーロン茶だけどどうぞ。講演、どうでした?」
筆談でやりとりをしていると
「(家では)聞こえないので、怒られる。なんで怒られているのかわからない、私はじっと我慢している。じっと我慢している」と声は小さいが怒気がこもった声で言う。


講演では、障害者自立支援法や国連障害者権利条約等も話そうかとレジメも用意した。
しかし、講演前の打ち合わせで要約筆記サークルの実行委員長に、毎日難聴会員に接していてどうですかと聞くと「私は聞こえません、書いて下さいと言えるお年よりになって欲しい」という。
団体や各種行事の派遣やボランティアは多いが個人派遣の依頼が全くないのでとのことだった。

これを聞いて、講演の内容と話し方を全く変えた。


行きの電車の中では、老夫婦が話し合っていた。妻の方が怪訝な顔をしている。二人が席を入れ替わったが妻は右耳を夫に向けて聞こうとしているので補聴器が見えた。妻は難聴だったのだ。夫は老妻を労わって席の端に替わったのに、補聴器と反対側に夫が座ったので、妻は話しかけられても余計に聞こえなくなってしまった。妻は聞こえていないかのように床を見ているだけだった。これを正面で見ていてやるせなくなった。

この二人の老婆を誰がどのように支援するのか、片や虐待の懸念も感じられ、片や夫の労りが妻に届かない夫妻の関係が懸念される。


要約筆記者は派遣先で、差別や虐待の事実を知ることもある。要約筆記者は対人支援の専門性も持つ必要がある。

権利擁護の要約筆記の意味と国連障害者権利条約の意味を再確認した一日だった。


ラビット 記