●基礎研究はなぜ大事なのか
いずれの研究も、それでどうなるの、という研究ばかりである。しかし、だからといってそこに費やされたコストもすべて無駄だったのかと、問いつめられれば、即座にいくつかの反論をしたくなる。
まず、個人的なメリットを挙げるなら、基礎研究は、リサーチマインドを体得するのに絶好の場を提供する。ここでリサーチマインドとは、研究者としての心がまえ、さらに言うなら心理学の研究文化である。これは、夾雑物のない純粋な研究環境のもとで興味にあかせて脇目もふらずに、そして周囲、とりわけ指導教官などとの議論などを通して一定期間——大学院5年間くらいが一つのめどーー研究に没頭することで体得できる。時折、大学院の3年編入で他大学からやや異なった研究文化を身につけた学生が入ってくると、あらためて、我が研究室の研究文化の存在に気がつかされる。
さらに、個人的なメリットを挙げるなら、研究者としての力量アップである。研究は、個人でおこなうにしても、一大知的プロジェクトである。そこでは研究のアイディアを生み出すための発想力、それを調査や実験として具体化するための企画力、それを実際におこなう実行力、結果を分析する解析力、そして得られた結果を外に向かってアピールする表現力が求められる。基礎研究は、研究テーマを限定することで、こうした力量を訓練する恰好の場を提供する。これについては、さらに次項で考えてみる。
次に基礎研究の社会的意義を2つほど挙げておく。
一つは、人材養成機能である。どんな人材が養成されるかは、上述の個人的メリットの2つである。心理学の研究文化や心理学的な知的素養が外部でどれくらい役立つかは時代によって変わってくるが、すくなくとも、心理学化している現在の社会(斉藤環氏による)では、至る所で役立っていると思っている。
基礎研究の社会的意義その2は、基礎研究の知見が積み重なると、そこからおのずと出てくる鍵概念や理論が、心理学の場合なら、人間の営みの不思議を説明したり解き明かしたりする機能を果たすことが多い。それは、後述する応用研究が寄ってたつ、いわば知識のインフラになる。