月刊「祭御宅(祭オタク)」

一番後を行くマツオタ月刊誌

117. 都東側の三条小鍛冶番外-小狐と祇園会に残る藤原氏-(月刊「祭」2019.6月27号)

2019-06-29 12:34:24 | 民俗・信仰・文化-伝承・信仰-
●道真太政大臣に
『日本紀略』正暦四年(993)十月廿日条
「重贈故正一位左大臣菅原朝臣太政大臣」
と、猛威を振るった道真の怨霊に、ついに太政大臣の地位を与える日がきました。
この時の天皇が小鍛冶宗近に刀剣作成を命じたとされる一条帝です。

●祇園会にほんのり残る藤原氏、かすかに残る道真

祇園会で神輿に匹敵して大切とされるだしものが、久世駒形稚児です。祇園社内で馬上渡御が許される唯一の人間(祭期間は神)です。


久世駒形稚児は京都市南西部の綾戸国中神社の国中神社より出されています。
由緒書き(後に別文献確認します。)を見ると、興味深いことが書いてありました。





国中神社は、もとはすぐ北の光福寺・こうふくじ境内にあったと言います。光福寺は、延暦寺が東北鬼門を守る寺院であるのに対する裏鬼門の守りの寺院であると言います。
ここには、祇園系寺院の藤原氏の氏寺伝承が今まで色濃く残っていると言えます。





そして、この、寺院の創建は浄蔵貴所となっています。浄蔵は道真の怨霊である火雷天神が清涼殿落雷で時平や醍醐帝を襲った時に、彼らを守るように祈祷を担った天台僧です。
本堂は蔵王権現、右側に浄蔵貴所がいらっしゃいます。


天神縁起では、蔵王権現が浄蔵貴所の弟・日蔵を冥界招待し、地獄の業火に苦しむ醍醐帝や大政威徳天となった道真と巡り会わせます。

つまり祇園会で最も重要な役割を果たす久世駒形稚児を出していた光福寺は、天神縁起絵巻そのものの寺院と言えます。このような伝承があったからこそ、摂関家の作刀伝承を持つ三条小鍛冶もまた、祇園社の長刀鉾の長刀として取り入れられたと言えるでしょう。

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