ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2020.8.23 エンハーツ2クール目投与後18日目のこと 開湯1300年の温泉まち歩き外湯巡り

2020-08-23 22:23:16 | 

 昨夜はあまりに疲れすぎてなかなか眠りにつけず。日付を超えてちょっと悶々としてしまった。夫はいつもながらすやすやで憎たらしい。朝日がカーテンから漏れて起こされる。今日もいいお天気だ。目指すは720年に開湯し、今年開湯1300年の節目の年を迎えた城崎温泉だ。朝からお風呂は諦めて部屋で足湯だけ済ませる。

 レストランの朝食ビュッフェは昨日と全く同じメニューでテンションが下がる。今日が日曜日ということで、昨日の朝よりレストランはかなり混雑している。密状態を避けながら盛り付けるのに苦労する。

 部屋に戻り荷物のパッキングを終え、チェックアウト。息子とロビーで待ち合わせ、駅を目指す。既に「特急こうのとり」の指定席券は息子が購入済みなので、今日購入するのは乗車券のみだ。発車まで20分。乗車時間はおよそ3時間である。車内販売や自販機がないというので、飲み物やおやつ等をゲットしてからホームへ。
 
 当駅始発で、5分前の入線だ。定刻通りに発車し、車窓の風景については息子の解説が続く。いい感じでガタンゴトンと揺れるので、寝不足な私は眠くてたまらない。途中、あの福知山線脱線事故の現場を教えてもらい、ここで・・・と胸が痛んだ。1時間もしないうちに景色は渓谷のようになる。田んぼの緑、空の青、入道雲の白のコントラストが美しい。

 立派なお城を望める福知山駅で京都からの「特急はしだて」を待って発車して、山陰本線に入る。つくづく兵庫県は縦長なのだなと思う。
 がらがらだった昨日の「特急こうや」に比べ、「こうのとり」は結構混んでいる。日本屈指の温泉に向かう人はこんな時期でも多いな、と思う。
 予定時刻より若干遅れ、終点城崎温泉駅に到着。駅前の観光センターで地図等を頂く。実に風情のある由緒正しき温泉の駅である。
 既にお昼を1時間以上過ぎ、ランチをどうしようと周りを見ながら温泉街をだらだらと歩く。駅前通りを超え、沢山の太鼓橋がかかっている大谿川に出る。柳の木の緑が揺れて、実にフォトジェニックである。ランチ探しも一休みで写真撮影タイムだ。ちょっと洒落たバーベキューのお店があったので、ではここにしようかと言ったが、コロナの影響で今は飲み物だけだと言われ、ちょっと残念。道なりに歩いた古き良きおそば屋さんで遅いお昼を摂った。

 そうこうしているうちに今晩お世話になる日本旅館に到着する。創業300年、国の登録有形文化財の宿、「小説の神様」と呼ばれた文豪、志賀直哉が投宿し、名作「城の崎にて」を生み出したところである。ここ最近宿泊といえばホテルばかりだったので、こうした日本旅館に泊まるのは久しぶりのこと。
 チェックインまでは小一時間あったので荷物だけお預けして、身軽になってから街歩きを続けた。

 お天気が変わりやすく、雨が降らないうちに、とロープウエイを目指す。途中「温泉寺」があり、息子が険しい階段を家族代表で登り始めたが、とてもではないと汗だくで帰ってきた。マスクをしたままあの急な階段を延々と登って途中で具合が悪くなったら大変なことだ。その間、私達は薬師堂の薬師如来様にお参り。

 ロープウエイまでも結構な階段で、登り口には杖が置いてあったけれど、だんだん無口になる私である。山頂駅まで往復チケットを買って赤い車体に乗り込む。定員60名のところコロナ対策で30名としているというが、30名も乗ったらかなり密状態だ。途中雨がぽつぽつ落ちてくる。遠く日本海まで見渡せる絶景がなんとなく煙ってくる。

 ロープウエイを降りると展望台までまた階段。それでも登らないと見晴らしがイマイチである。温泉寺の奥の院に息子が代表でお参りし、そのついでにかわらけ投げも終えて、ふうふう言いながら戻ってきた。展望台で写真撮影を済ませ、山頂での滞在時間僅か10分で帰りのロープウエイに乗ろうとしたが、定員一杯となり次の臨時便に乗ることに。

 10分ほど待って定員3分の1の10人で出発したけれど、先に並んでいた私達がなぜか順序を抜かされて、前の景色が全く見えないまま。なんだかなぁと黄色い車体に揺られたブーイングの復路だった。それでも雨に降られずラッキーだった、としよう。

 戻ってくるまで1時間たっぷり時間がかかった。汗だくでちょっとぐったりして宿に入る。
 玄関を入って広がるロビーは開放的で自然な光が溢れている。正面に望む緑豊かな日本庭園は直哉の小説「暗夜行路」にも描かれているという。陽光が差し込むテラスがとても落ち着いた雰囲気を醸し出している。ロッキングチェアに揺られるのもとても気持ちよさそうだ。右手には洒落たライブラリースペース。本好きにはたまらない空間が広がっている。

 宿帳を書き、おしぼりと冷たいお茶と銘菓を頂き、人心地ついてから外湯巡りのパスポート等の説明をして頂く。タオルとセットで持って行くと明日の夕方まで好きなだけ全ての外湯を何度でも楽しめるという。
 お部屋まで案内される途中、浴衣コーナーがあり、町散策を楽しめるように、と沢山の種類から好きな浴衣を選ばせて頂いた。私は薄紫の地にとんぼの柄、紺と紫のリバーシブルの帯をチョイス。お部屋は2部屋続きの和室。外は賑やかな温泉通りに面している。

 荷物整理を終え、一服してから3人で浴衣に着替えて、外湯巡りに繰り出した。夕食まで2時間弱である。まずは3人揃って「一の湯」へ。開運・招福の湯と言われ、江戸時代の医師・香川修徳が「天下一の湯」と推奨したという。洞窟風呂が自慢だそうだ。パスポートのQR コードをスキャンして大浴場へ。30分後にロビーで集合ということで2人と別れる。

 中はかなりの混雑で、30分で全て済ませるのにはかなり大変だった。長い髪の女性が多く、ドライヤーは4つしかなく、順番を待っていたら日が暮れそうだった。とりあえず滑り込みセーフで上がってみたら、2人は2階の休憩所で寛いでいた。冷たいジュースを夫からご馳走になってほっと一息。お風呂好きではない夫は「もうこれでいいや」と言い、お風呂大好きな息子は「お母さん、次は隣のお湯に行ってみよう」と。

 お隣は柳湯。子授安産の7つの外湯のうちで一番小さいお湯というが、檜の香りの和風のお風呂は天井が高く、お湯は熱めで、空いていて良かった。20分後に息子と待ち合わせにした。入った時には一人の先客がいたが、すぐに貸し切りになった。こちらでゆっくりすれば良かったと思うが、出て脱衣所で身支度をしていたらいきなり混んできたので、まあどこに行っても同じということか。その間夫は前にあった足湯で時間潰しをしたらしい。

 からんころんと下駄を鳴らしながらお土産物店を冷やかしつつゆるゆる宿まで戻って、早くも夕食である。
 夕食は1階の食事処で。4人家族と私達3人の7人で、他の3つのテーブルはソーシャルディスタンスなのか使われていなかった。そもそも16室しかない宿だから、もう一つの食事処と合わせると満席になることはあまりないのかもしれない。
 先付け・前菜からお食事、水物まで合計12品、食べ終えた頃を見計らって一品ずつ提供される。サザエや鮑や但馬牛など海の幸、山の幸がふんだんに。私のお腹にはとてもヘビーで、途中から殆ど息子に横流し状態。2時間半近く頂き続けた。

 食後2人は「温泉街に来たら、これでしょう!」と射的やらスマートボールやらに出かけ、可愛いアヒルを賞品にもらって地ビールを飲み、ソフトクリームを食べて帰ってきた(どれだけ飲んで食うのやら・・・)。射的は2人とも結構当たったんだけど・・・、とのこと。これぞ正しい温泉街の過ごし方、である。

 私と息子は、この後再びお腹ごなしに外湯巡りに繰り出した。3湯目はホテルからほど近い「まんだら湯」。一生一願の湯とされ、商売繁盛、五穀豊穣の湯。檜造りの露天桶風呂や気泡風呂が自慢で寺院風の屋根が個性的だった。夜風が涼しく気持ち良い。
 それにしても、脱毛が酷く進んでいなくてこうして外湯巡りが叶って良かった。かつらで共同浴場に行く勇気はなかったので、ギリギリまでこの1泊延泊については迷ったところ。こうして実現出来て、良い思い出が出来て有り難かった。

 明日は朝食をラストの時間にして頂き、ゆっくりと。お昼頃に出発する「特急きのさき」に乗って、京都経由で帰京の予定である。

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