I先生の囲碁啓発活動はますます盛んで、最近は伝道者の趣がある。
(Iっても、僕じゃないよ)
熊本県の宇土中学校に何度か足を運ばれたことは週刊「碁」で見ていたが、今日は中学生から来たお礼状のコピーを配布なさった。温顔がいつもにましてほころんでいる。
先方の校長先生に了解を得ての配布ということだから、これをブログに挙げても許される・・・と思うんだけど、まずいかな?
個人名が特定される内容でもないし、サムネイルで小さく挙げておこうっと。

I先生、最近お得意のフレーズは、「囲碁は平和のゲーム」というものだ。
将棋やチェスは王様を詰めるゲームなので、結果が白黒はっきりして容赦がなく、敗者には何も残らない。これに対して囲碁は地の多寡で勝負を決めるし一局の経過が長いから、負けた側にもそれなりの満足を得る余地がある。
勝ち負けは鮮明だとしても、半目負けならまさしく惜敗、大差中押しとは意味が違う。
現に碁聖と呼ばれる本因坊道策は、生涯最高の一局として一目負けの局を挙げている。
ただし二子局、つまり相手に二子置かせてのハンディキャップ・ゲームではあるが、それでも御城碁というれっきとした公式戦だ。
道策のコメントは以下の通り。
「春知は当代の逸物にして古人に恥じず、また後年も稀なるべし。しかしてこの対局に於いて、春知の手段、毎着妙ならざるはなし。余もまた思いをきわめ、功を尽くしてこれに対抗し、いささかの遺憾もなく打ち終わらせて、ついに1目の負けにせしは、自ら大いに誇りとするところにして、一生中再び得られざる対局なり。」
強敵が二子のハンディを背景に完璧な着手を繰り出すのに対し、自分もよく善戦敢闘、一目負けまでもっていったのが誇りだというのだ。こういう誇り方は他のゲームではちょっと難しかろう。
話が逸れたが囲碁はそういうゲームだから戦略も常に give and take、どこを相手に与え、見返りに自分はどこを取るか、その積み重ねで進行する。やらずぶったくりでは、必ずどこかで破綻する。
囲碁は相手にも与える平和のゲーム、これを世界に広げねばならない。
・・・・というありがたい講義を毎回拝聴しているのに、打ち手の中には「何もやらない、全部取る」式の乱暴者が少なくない。碁は陣取りではなく石取りだと勘違いしている。アマチュアの力自慢にはけっこういるんじゃないだろうか。
教室の五段にも3~4人の乱暴者がいて、実は僕の苦手の人たちなんだな。
これは技術よりもメンタルな問題で、筋も定石も無視してむやみに突っかかってこられると、じきに腹が立ってくるのだ。腹を立てたら勝負事は負けである。
そもそも、理に適った美しい碁をきちんと打てていれば、ヤクザ打法に負けるはずがないんだよ。
というわけで、技量に優れたMさんとKさんに追いつくことは表の目標、乱暴者たちに膺懲を加えられるよう不動心を養うことが裏の目標、今日はその裏の目標に一歩近づけたから良しとする。
ところで、
I先生によれば、井山五冠と高尾九段がベスト8進出を果たしたLG杯で、何と開催国の韓国は二回戦までに全員負け、つまり残りの6人はすべて中国勢だというのだ。
日本の優位が崩れた後、しばらくは韓国が強かったが、今や中国の時代らしい。
それというのも御多分に漏れず国を挙げての英才教育で、見込みのある子供は学業そっちのけで徹底的に囲碁を仕込むのだという。
琴棋書画の言葉があるとおり、囲碁はもともと君子のたしなみだった。
人格の総合的な養いの一環なんだよ。
いずれそこへ戻っていくことを願う。
*****
乙武さん事件について、Mさんからコメントあり。
「盲導犬同伴のばあい、店やレストランなどへ入るのを断られたこともあります。補助犬法ができて、だいぶ違ってはきましたけどね。」
そういえば僕のところの向かいのマンションにも、「犬猫立ち入り禁止、ただし盲導犬を除く」と書いてある。
身体障害者補助犬法(平成14年5月29日 法律第49号)というのがあるんだな、またひとつ勉強した。
Mさんは勤め先でイジメらしき扱いを受け、犬に影響が出たこともあるそうだ。
でも、これは「障害者」であるがゆえの差別かどうかわからないね。
イジメは健常者間でも普通に起きるし、どんな些細な標徴でも「理由」とされ得るから。
腹の虫が治まらないのは、スマホを見ながら歩いていた健常者が、視覚障害者に激突したという類いの話だ。年寄りでも肢体不自由者でも同じことだけど。
自分がホームから落ちるのは勝手だが(でもない、そのたびに緊急停止ボタンが押されて電車が止まるからな)、人を巻き込むのはやめてくれないかな。
スマホと自転車は、そのうち法規制が必要になるんじゃないかと心配する。
スマホしながら自転車漕ぐのは、さしずめ現行犯逮捕で一発免停だ。
あ、自転車は免許いらないのか・・・
(Iっても、僕じゃないよ)
熊本県の宇土中学校に何度か足を運ばれたことは週刊「碁」で見ていたが、今日は中学生から来たお礼状のコピーを配布なさった。温顔がいつもにましてほころんでいる。
先方の校長先生に了解を得ての配布ということだから、これをブログに挙げても許される・・・と思うんだけど、まずいかな?
個人名が特定される内容でもないし、サムネイルで小さく挙げておこうっと。


I先生、最近お得意のフレーズは、「囲碁は平和のゲーム」というものだ。
将棋やチェスは王様を詰めるゲームなので、結果が白黒はっきりして容赦がなく、敗者には何も残らない。これに対して囲碁は地の多寡で勝負を決めるし一局の経過が長いから、負けた側にもそれなりの満足を得る余地がある。
勝ち負けは鮮明だとしても、半目負けならまさしく惜敗、大差中押しとは意味が違う。
現に碁聖と呼ばれる本因坊道策は、生涯最高の一局として一目負けの局を挙げている。
ただし二子局、つまり相手に二子置かせてのハンディキャップ・ゲームではあるが、それでも御城碁というれっきとした公式戦だ。
道策のコメントは以下の通り。
「春知は当代の逸物にして古人に恥じず、また後年も稀なるべし。しかしてこの対局に於いて、春知の手段、毎着妙ならざるはなし。余もまた思いをきわめ、功を尽くしてこれに対抗し、いささかの遺憾もなく打ち終わらせて、ついに1目の負けにせしは、自ら大いに誇りとするところにして、一生中再び得られざる対局なり。」
強敵が二子のハンディを背景に完璧な着手を繰り出すのに対し、自分もよく善戦敢闘、一目負けまでもっていったのが誇りだというのだ。こういう誇り方は他のゲームではちょっと難しかろう。
話が逸れたが囲碁はそういうゲームだから戦略も常に give and take、どこを相手に与え、見返りに自分はどこを取るか、その積み重ねで進行する。やらずぶったくりでは、必ずどこかで破綻する。
囲碁は相手にも与える平和のゲーム、これを世界に広げねばならない。
・・・・というありがたい講義を毎回拝聴しているのに、打ち手の中には「何もやらない、全部取る」式の乱暴者が少なくない。碁は陣取りではなく石取りだと勘違いしている。アマチュアの力自慢にはけっこういるんじゃないだろうか。
教室の五段にも3~4人の乱暴者がいて、実は僕の苦手の人たちなんだな。
これは技術よりもメンタルな問題で、筋も定石も無視してむやみに突っかかってこられると、じきに腹が立ってくるのだ。腹を立てたら勝負事は負けである。
そもそも、理に適った美しい碁をきちんと打てていれば、ヤクザ打法に負けるはずがないんだよ。
というわけで、技量に優れたMさんとKさんに追いつくことは表の目標、乱暴者たちに膺懲を加えられるよう不動心を養うことが裏の目標、今日はその裏の目標に一歩近づけたから良しとする。
ところで、
I先生によれば、井山五冠と高尾九段がベスト8進出を果たしたLG杯で、何と開催国の韓国は二回戦までに全員負け、つまり残りの6人はすべて中国勢だというのだ。
日本の優位が崩れた後、しばらくは韓国が強かったが、今や中国の時代らしい。
それというのも御多分に漏れず国を挙げての英才教育で、見込みのある子供は学業そっちのけで徹底的に囲碁を仕込むのだという。
琴棋書画の言葉があるとおり、囲碁はもともと君子のたしなみだった。
人格の総合的な養いの一環なんだよ。
いずれそこへ戻っていくことを願う。
*****
乙武さん事件について、Mさんからコメントあり。
「盲導犬同伴のばあい、店やレストランなどへ入るのを断られたこともあります。補助犬法ができて、だいぶ違ってはきましたけどね。」
そういえば僕のところの向かいのマンションにも、「犬猫立ち入り禁止、ただし盲導犬を除く」と書いてある。
身体障害者補助犬法(平成14年5月29日 法律第49号)というのがあるんだな、またひとつ勉強した。
Mさんは勤め先でイジメらしき扱いを受け、犬に影響が出たこともあるそうだ。
でも、これは「障害者」であるがゆえの差別かどうかわからないね。
イジメは健常者間でも普通に起きるし、どんな些細な標徴でも「理由」とされ得るから。
腹の虫が治まらないのは、スマホを見ながら歩いていた健常者が、視覚障害者に激突したという類いの話だ。年寄りでも肢体不自由者でも同じことだけど。
自分がホームから落ちるのは勝手だが(でもない、そのたびに緊急停止ボタンが押されて電車が止まるからな)、人を巻き込むのはやめてくれないかな。
スマホと自転車は、そのうち法規制が必要になるんじゃないかと心配する。
スマホしながら自転車漕ぐのは、さしずめ現行犯逮捕で一発免停だ。
あ、自転車は免許いらないのか・・・