2016年8月10日(水)
アヤメ/ショウブの件、落ち着いて考えれば、それほど込み入った話ではないのかな。
分類学上のややこしい論争はあるが、何しろサトイモの仲間であるところのショウブ。これが菖蒲湯に使われるものであり、芭蕉が仙台で送られたものである。この植物は花らしい花を咲かせない。というのは人間の言い草で、必要な機能を果たす「花」はちゃんと咲かすのだが、目を楽しませる派手派手しい花弁をつけないということである。
ところで、これとは別の植物で、葉はよく似ているが鮮やかな花を咲かすものがある。これをノハナショウブ(園芸種:ハナショウブ)と呼ぶ。目立った花を咲かせない本来のショウブに対比して、花を咲かせるショウブという意味だろうが、分類学上はサトイモではなくアヤメの仲間で、血筋は別物ということだ。
ここまでなら似たような紛らわしい話はたくさんありそうだが、たぶん混乱を深くしたのは「菖蒲」を「アヤメ」と読ませる習慣の成立である。実際、この画面上でも「アヤメ」と打ち込むと「菖蒲」と変換される。そして「アヤメ」を漢字で書こうとした場合には、他の書き方が存在しないのである。そうなると「菖蒲」の字は日本の庶民生活になじみの深いアヤメ科の広範な一群全体を象徴する栄誉を担うことになり、それは本来自然な読みとして「ショウブ」でもあることから、サトイモ科の本来のショウブをあっさり蹴散らしてしまうことと相成った。間違いなく、漢字表記が一役買っているのである。
かなと漢字の使い分けに厳しかったという芭蕉先生が、こうした曰くを知ってか知らでかショウブをアヤメと称しているのが面白い。
ところでカキツバタ(杜若)、アヤメ科三者の中でいちばん水辺に親和性が高い。いずれがアヤメ、カキツバタという言い回しがなければ気にも留めずに「アヤメ」で括ったかもしれないが、なかなかどうして。井伏鱒二に『かきつばた』という短編があることを、八月上旬のこの時期にあわせて書き留めておく。大江健三郎が「私小説にも侮りがたい力がある」ことの例証として示した逸品である。
http://www.hana300.com/kakitu.html より拝借
Ω (やっと!)